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第二話 ――水の記憶、祈りの声
「今日は、水の間にご案内いたします」
青年の静かな声がホールに響く。
りうらの“赤”の記憶を見た翌朝。
六人の少女たちは再び中央に集まり、少しだけ表情を和らげていた。
特にりうらは、どこか心の重荷が降りたような穏やかさを纏っていた。
「ほとけ様、準備はよろしいですか?」
青年の問いに、ほとけはゆっくり頷いた。
淡い水色のドレスが、朝の光を受けて波のように揺れる。
「……はい。僕も、自分と向き合う準備ができたと思います」
彼女の声は穏やかで、静かな決意が滲んでいた。
扉の向こうは――一面の水だった。
澄みきった湖の水面が広がり、遠くで鳥が羽ばたく音が聞こえる。
水色の空に浮かぶ雲は、ゆったりと流れ、空と湖がまるで繋がっているようだった。
少女たちは水辺に立ち、視線を交わす。
そして、その景色の中――また、ひとりの少女が現れた。
それは幼いころのほとけだった。
小さな体に水色のワンピース、両手を胸に当てて祈るような姿勢をしていた。
「……あれが、私?」
ほとけがぽつりと呟く。
すると、どこからか教会の鐘の音が聞こえてきた。
視界がふっと切り替わる。
目の前に現れたのは、小さな村の古びた教会だった。
「これは……僕が通っていた場所」
ほとけがゆっくり歩き出す。
記憶の中の教会では、十人ほどの子供たちが椅子に並び、ひとりの年配の女性が優しく語りかけていた。
『この世界には、六つの運命があると伝えられています。
それは、“赤”の情熱、“水”の祈り、“白”の希望、“桃”の癒し、“青”の誇り、“黒”の真実――』
子供たちは静かに聞いていた。
その中に、幼いほとけの姿もある。
しかし――その顔には、笑顔がなかった。
「……笑ってないね、あの子」
ないこが呟く。
初兎が、少し首をかしげる。
「なんか……無理してるような顔やな」
ほとけは、黙ってその姿を見つめていた。
記憶は次第に進む。
ほとけがひとり、教会の裏の湖の前に立っていた。
風が吹き、白いスカーフが水面を舞った。
ほとけの手には、古びた手紙。
「……それは?」
りうらが問いかけると、現在のほとけは口を開いた。
「それは、僕が……ずっと隠してた気持ち」
彼女は静かに語り始めた。
「小さいころ、僕は“いい子”でいなきゃいけなかったの。
教会では祈るように言われて、笑顔で人のことを思いやって……
でも、本当の僕は、そんなに立派じゃなかった」
湖の前で泣きながら立ち尽くす幼いほとけ。
その姿に、現在のほとけが言葉を重ねる。
「――誰かに“優しいね”って言われるたびに、僕は怖くなってた。
それが嘘だったらどうしようって。
誰かの期待に応えられなかったら、“僕”じゃなくなっちゃうって」
記憶の中のほとけが、湖に向かって叫ぶ。
『誰か、僕を見つけて……! 本当の僕を、見つけてよ……!』
その声が、少女たちの胸に強く響いた。
そして、風景がふたたび霞み――少女たちは館のホールに戻ってきた。
*
静まり返った空気の中、誰もが何かを言い出せずにいた。
その沈黙を破ったのは、関西弁の声だった。
「なぁ、ほとけ」
青のドレスのいふが、ゆっくりと近づく。
「ウチ、なぁ……昔からよう言われるんや。
“強いな”“頼れるな”って。でもな、ホンマは弱っちいし、怖いもんばっかりや」
彼女は照れくさそうに笑いながら続けた。
「せやから、あんたが今日話してくれたん、ホンマにありがたかった。
ウチも、本音出してええんやって思えたわ」
いふの言葉に、ほとけの目にじわりと涙が浮かぶ。
「いふちゃん……ありがとう……」
ないこがそっと、ほとけの手を取る。
「大丈夫。優しいほとけちゃんも、泣き虫なほとけちゃんも、全部“本当のほとけちゃん”だよ」
初兎もうんうんと頷く。
「そやそや。ちょっとくらいズボラでも、気ぃ抜いててもええやん。うちら、もう“仲間”やで?」
「仲間……」
ほとけはゆっくりとその言葉を繰り返す。
そして、涙をぬぐいながら微笑んだ。
「うん。ありがとう、みんな」
二日目の儀式が終わり、少女たちはそれぞれの部屋へと戻っていった。
館の夜は静かだったが――
その静寂の中、少しずつ確かに“絆”が育まれていく。
選ばれた“6色のドレス”。
それぞれが背負った痛みと祈り。
それを共有し合い、乗り越えていくことが、この館での唯一の救い。
だが。
館の奥、誰も立ち入れぬ黒の間で、黒のドレスの少女――悠が、ひとり扉の前に立っていた。
「……ほんまに、全員揃ってしもたな」
その瞳の奥には、他の誰も知らない“深い影”が揺れていた。
コメント
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つすさ づぎい きてご たきい のにみ しなし みるん !
メチャ続き気になるおわりかたぁ...