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2025.1.3 更新
帰ろうと思ったのだが……
由宇子には先ほど赴任先での女子社員から世話になった時のことを
何故部屋に入れたのだと責められてしまったこともあって、
改めていろいろと当時のことを思い出し、あれもこれももしかして
離婚される原因だったのだろうかと思い始めると聞かずには
いられなかった。
「なぁ、赴任する少し前に来た匿名の手紙の件、あれももしかして……いや
あのことは、ちゃんと説明したのだし理解してもらえてたと思ってたけど
俺の独りよがりだったりするのか?」
「そうよ独りよがりだった。
どうしてそんなに無防備なの?
どうして妻を不安にすることを仕出かすの?
当時のあなたの言い草を思い出すだけでなさけないわ。
得意げにオウムのように何もなかったばかりを言うのではなくて
反省の言葉を述べて次からは気をつけるすまなかったと言ってほしかったわ。
それにね、女房思うほど亭主モテもせずって確かにそんな夫たちも
いるけれど自覚がないのか、ない振りをしているのか知らないけど、
あなたは昔から女性にモテるじゃない。
結婚してからだって結婚指輪しているあなたに粉をかけてくる
女子社員は少なからずいたはず。
会社にいない妻に何が分るんだとか、舐めない方がいいわよ?
もう今更なことだけどね。
案外妻ってそういう情報網持っててよく把握してたりする
もんなのよ?」
32-2
「同僚や部下からよく相談と称して、あなたのスマホには
一体何人の女性たちからメールが入っていたことか。
私が知らなかったとでも?
休日家に居た時、あなたから手が離せないから電話に出てほしい
と言われたことがあって代わりに出たら会社の女子社員からだった。
今は出られないから後からかけさせますと言って電話を切った後
なんとなく気になっていろいろと送受信着暦を見てしまったの。
それ見てすごいなと思った。
男は妻子がいても外ではパリっと仕事の出来る、男の顔で
いられるもんだから。
独身の頃と代わらずモテてますな……って思った。
手紙に書いてあった女性の話だけど、ホテルの部屋の中まで付いて行って
あなたを押し倒してくるなんてよっぽど好きでないと出来ないことよ」
この元夫は分かっているのだろうか。
毎度毎度寝言は寝てから言えよって言いたくなるような
言い訳しかしない元夫。
赴任先で元夫がインフルエンザに罹った時に様子を見に来てくれた
女性だって相手が元夫じゃなくて、ジャガイモのような顔をした
如何にも女性と縁遠い容姿の男性だったなら、2日間も
訪ねてきて細々と世話をやいてくれただろうか?
聞くところによると、初日は汗まみれになったパジャマ代わりの
スエットまで洗ってくれたらしい。
きっと脱がすのも手伝ってもらってたんじゃないかな。
元夫は病気で動けない病人だから世話をしてもらったと思ってるのかも
しれないけれど、女性のほうに1mmも下心がなかったと言えるだろうか。
きっとその女性は前々から元夫に好意を持っていたと思う。
私の母が突然訪ねて行って、ふたりでひとつ部屋の中にいる所を見られ、
あの後女性は元夫に接近するのを止めたのか、はたまたあの時のことを
きっかけに妻が側にいないのをいいことに親密になったのか、
知る由もないけれど。
私はそんな異性問題で悩まないでいられる男性と
結婚したから、今となっちゃ知ったこっちゃないって感じ。
「俺はそんなに信用をなくしてたのか?
君を欺いて不倫していると思われていたのか?」
君のことを妻として大切に思っていないと思われてたんだ?」
由宇子は瞬きひとつせず真っ直ぐに俺を見つめてきた。
その瞳に後悔や言い訳や、そしてそんな感情と共にもはや俺に対する
怒りさえも灯ってはいなかった。
何故ならその瞳は確かに俺を見ているのだが
心が……
魂が……
俺の目を突き抜け、遥か遠くを見ていた。
そしてもはや、俺の問い掛けに由宇子が答えることはなかった。
今度こそ俺は元家族の住む家を出た。
家を出た時に思い知った。
反対していた由宇子に、無理やり単身赴任を決めて俺が赴任先に旅立った
あの日、多少の違いはあるにせよ由宇子もまた、今の俺のように寂しい想いで
いたであろうことを。
由宇子、ごめん。
君の不安を思い遣ることのできない、思い遣りのない夫だった。
心の中で元妻に詫びた。
もう怒りは消えていた。
ただひとつ心残りがあった。
美誠と智宏に、ただいま……父さんやっと帰って来た。
ずっと会えるのを楽しみにしてたよ。
そんな台詞を考えて帰って来たのに言えなかった。
それが切なく、悲しかった。
ひとまず今夜は引き続きホテルに宿泊して、明日は不動産巡りだな。
ホテルに向かう電車の中で俺はいつの間にか泣いていた。
泣いたのは子供の頃以来だなと思った。
単身赴任には、落とし穴があるとは聞いていた。
まず由宇子が言っていたように、相方の浮気。
気楽な独り暮らしが捨てがたくなる。
単身終えて帰ると父親の居場所がなくなってる。
いろいろ聞こえてきたが、俺の耳にはまさに馬耳東風だった。
妻の浮気については全く心配していなかった。
彼女は独身の頃、それはそれはモテた。
俺はそんな中、他の男どもを跳ね除け勝ち取った。
モテるが浮気症な所のない女性だ。
それに家庭的で子供たちをとても愛していた。
だから彼女の異性関係は安心していられた。
自惚れもあった。
彼女は俺に惚れていると思っていたから。
そして俺自身の浮気についても、ほぼほぼ走らない自信はあったし
元妻以外の女に惚れる可能性はなかった。
そう、俺が由宇子に惚れていたからだ。
油断して間違いを犯したとしても浮気止まりなら許してくれるだろう
とも頭のどこかにあったかもしれない。
だって元妻は俺に惚れているからと。