テラーノベル
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付き合い始めてからの葵生は、びっくりするくらいよく笑った。
「零くん、これ見て!」
「零くん聞いて!」
「零くん今日ね!」
毎日、
小鳥みたいに喋る。
僕は元々口数が多い方じゃない。
だから会話のほとんどは、
葵生が勝手に始めて勝手に盛り上がっていた。
それなのに。
葵生が静かになった瞬間、
妙に寂しく感じるようになっていた。
⸻
「……何見てるの」
ソファに寝転がったまま訊くと、
葵生は真剣な顔で雑誌を見ていた。
「ん〜?」
「これ」
差し出されたページには、
“同棲カップルの理想部屋特集”と書いてある。
「……気が早くない?」
「えっ、嫌なの!?」
「嫌とは言ってない」
そう返すと、
葵生はぱっと顔を明るくした。
分かりやすい。
煙草を咥えようとして、
葵生に取り上げられる。
「ダメ」
「なんで」
「私の前では本数減らす約束したでしょ」
「覚えてたんだ」
「馬鹿にしてる?」
してない。
むしろ。
自分との何気ない約束を、
ちゃんと覚えていてくれることが少し嬉しかった。
⸻
結局。
半年後には、
本当に同棲が始まった。
古いマンションの二階。
狭いし、
風呂も小さいし、
壁も薄い。
でも葵生は、
やたら楽しそうだった。
「見て零くん!」
「新しいカーテン付けた!」
「うん」
「リアクション薄」
そんな他愛ない毎日。
朝起きると、
葵生が眠そうに「おはよぉ……」と抱きついてくる。
夜中にコンビニへ行って、
アイスを半分こする。
僕が曲作りで徹夜すると、
葵生は隣で寝落ちしている。
それだけだった。
それだけなのに。
時々、 怖くなることがあった。
幸せすぎて。
この生活が、
いつか終わる気がして。
⸻
「零くん」
夏の夜。
ベランダで煙草を吸っていた僕に、
葵生が後ろから抱きつく。
「ん」
「売れてもさ」
「ん」
「いなくならないでね」
煙を吐いた時、 遠くで車の音がした。
「……どこ行くんだよ」
「分かんないじゃん、バンドマンだし」
「偏見」
「でもモテるでしょ」
「別に」
葵生は少し黙った。
それから。
「私ね」
小さく呟く。
「零くんと、普通に歳取りたい」
振り返ると 葵生は笑っていた。
でもどこか、
不安そうにも見えた。
「おばあちゃんになっても、一緒にいたい」
「……想像つかないな」
「えぇ?」
「葵生がおばあちゃんとか」
「失礼すぎる!」
笑いながら、
葵生は背中を軽く叩く。
僕も少しだけ笑った。
その時は、 本当に
そんな未来が来る気がしていた。
コメント
1件
第3話、拝見しました。葵生さんの「零くん!」の小鳥みたいな明るさと、零くんが感じる「幸せすぎて怖い」という不安の対比が、もう本当に優しくて切なかったです。特に「普通に歳取りたい」という言葉——あの、未来を信じたいけどどこか怖がっているような言い方に、胸がぎゅっとなりました。日常の何気ない一瞬一瞬が、ちゃんと愛おしく積み重なっていく感じが上手くて、続きが気になります🌷