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巻き込まれ若様。
元貴から涼ちゃんが好きだと打ち明けられたのは、かれこれ10年前に遡る。
『俺、涼ちゃんが好きなんだよね、恋愛対象として』
好きな食べ物でも語るようにサラリと告げられ、驚きはしたもののすんなりとその事実を受け入れていた。同性だからという嫌悪感は全く起こらず、衝撃はあったがそれ以上に納得の方が強かった。
だって涼ちゃんは、音楽の他に元貴自ら望んだ唯一の人間なのだから。
その頃の俺は多感な時期の反抗期みたいなもので、涼ちゃんを苦手としていた。
他人を寄せつけない元貴が自分から手を伸ばした稀有な人間が涼ちゃんで、それに嫉妬していた部分もあったのだろうなと今になっては思う。俺は元貴と音楽をしたくて必死だったのにあっさりと人柄だけで選ばれるなんてと嫉妬し、なんなんだコイツってなったのだ。
だけど同時に、遠い未来を見据えて生き急ぐ元貴にとって必要な存在なのだと心のどこかで理解をしていた。それがまた羨ましかったのだ。だってそんなの、演奏の技量も音楽への熱意も関係なく、ただ元貴に必要とされているってことじゃないかと、それが冷たい態度に繋がって、だけど涼ちゃんはそんなこと気にしないで俺の不満もすべて受け止めてくれた。
涼ちゃんは不足している技量は努力でカバーし、音楽への熱意は誰にも引けを取らなかった。今はちゃんとそれが分かっている……いや、あの時もちゃん分かってた。音楽に対する気持ちと元貴の楽曲に対する理解度は本物で、それがまた悔しかったんだよね。
休止期間中の共同生活を経て俺も涼ちゃんのことが大好きになった。もちろん元貴とは違う種類で、あくまでも友人として、だ。自分の気持ちに素直になれたっていう方が正しいかもしれない。
驚くくらいやさしさの塊で、いい人だねの一言に尽きるくらいの人格者で、抜けているところや天然なところが彼の魅力だと気づくのには時間が掛かったが、今は間違いなく愛すべきポンコツである涼ちゃんを、友人のような家族のような存在として愛おしく思っている。歳上だと思ったことはないけど。
とは言え、今回のポンコツ具合はいただけない。俺が元貴のことを理解していると言われればそうだろうし、努力は惜しまないし、芸能関係者にも合致する。だけど、いの一番に笑顔がかわいいって元貴が言った時点で涼ちゃんを除いたほとんどの人間が「あ、涼ちゃんのことね」ってなっただろうに、なんでよりにもよって俺なんだよ。可愛いじゃなくてかっこいいでしょ、俺は。
とにかく、元貴の好きな人は俺じゃないってことを早いところ理解してもらわなければならない。涼ちゃんの暴走に巻き込まれるなんてごめんだし、せっかく動き出した親友の恋愛を正しく応援してあげたい。
食事やお出かけに誘ってもなんの成果もなかったけれど、傍にいられるならいいやくらいに思っていた元貴が、今になって動き出したのには訳がある。
フェーズ2に入ってからやたらと涼ちゃんがモテるのだ。本人にその気はないだろうけれど、天然人誑しな涼ちゃんと好い仲になりたいという輩が格段に増えたのである。見た目の美しさからお近づきになりたいなんていう、不埒な野郎は後を絶たない。女性からのアプローチがないわけではないが、その多くは美容に関するもので、言うなれば女子トークだからあまり心配はしていない。
これはまずいと焦ったものの元貴の恋愛偏差値は低く、涼ちゃんに至ってはほぼ底辺だった。それがこの結果を招いたのだろう。俺だって別に恋愛に慣れているわけではないがこの2人よりはマシだ。
天はそんな俺や元貴の敵なのか味方なのか、ある意味ではもってこいのバラエティー番組のオファーが舞い込んだ。
いろんな分野で経験を積んでMrs.の活動に還元しようという考え方のもと、面白そうな企画は積極的に受けるようにしている。
「デート企画……」
涼ちゃんの声に喜びが滲む。そうだろうね、涼ちゃんにとっては渡りに船な企画で、俺と元貴にとっては地獄への片道切符だ。元貴の顔がわかりやすく引き攣る。俺は頭を抱えた。
そんな俺たちにお構いなしで、涼ちゃんはキラキラの笑顔を浮かべて「楽しそう!」とはしゃいでいる。
内容は単純で、男4人旅だけれど途中でペアに分かれてどちらかが企画したデートプランを実行していくというだけのもの。何が面白いのか分からないけれど、音楽から離れた俺たちの姿を撮りたいのだと思いますとマネージャーが説明してくれる。
俺たちが好きにプランを組んでいいという、確かに楽しそうな企画だった。涼ちゃんの勘違いさえなければ、二つ返事で請け負ってもいい仕事だった。番組のお金で好き勝手遊んでいいってことなんだから。
「……あと1人は?」
「大森さんと共演経験があるとしか聞いていませんが、受けるなら午後から顔合わせがあります」
元貴の質問にマネージャーが答え、元貴がちらっと俺を見て涼ちゃんを見た。キラキラの笑顔の涼ちゃんは可愛いけどなんで今なんだよと言いたげな目をしている。
トークや歌を主に置かないバラエティーに3人揃っての出演は珍しく、話題になるであろうことは明白で、断る理由が見当たらないことは分かっているが、俺と元貴の心中は穏やかではいられない。
これはなんとしても涼ちゃんと元貴をペアにしなければならない。あと1人が誰なのかによって多少は変わるけど、2人にデートをしてもらうしかない。
「受けようよ、すっごく楽しそうだよ!」
単独でロケ経験のある涼ちゃんがワクワクしながら言う。そのワクワクには「元貴と若井がデートできる!」っていうオーラが滲んでいる。したくないからね、デート……。
悩ましげな表情で数秒間考え込んだ元貴が絞り出すだろう言葉を察して、俺は決意をかたくした。フロントマンたる元貴の決定は絶対で、うちのフロントマンはキーボードのキラキラの笑顔にめっぽう弱いのだ。この笑顔が見られるならいっかぁとか思っちゃうくらいには惰弱である。
Mrs.の活動にも利益があって、涼ちゃんの喜ぶ顔が見られるなら公私共に得しかないと判断するだろう。
「……受けようか」
案の定の言葉にさらに顔を輝かせた涼ちゃんと、冷静に業務を処理していくマネージャーの対比がもはや美しいくらいだ。俺と元貴の脳内は、いかにして涼ちゃんの暴走を止めるかでいっぱいであるにも関わらず話はまとまってしまった。
「承知しました。では、14時に打ち合わせでお願いします」
決まってしまったものは仕方がない。絶対に元貴と涼ちゃんにペアを組ませてみせる――という俺の決意は、数時間後に無惨にも容易く打ち砕かれた。
「では、当日は大森さんと若井さん、菊池さんと藤澤さんのペアということで! 詳細は追って連絡いたします」
番組プロデューサーがにこやかに宣言し、席を立つ。
お願いしますと口では言いながら、俺と元貴は遠い目をしていたと思う。
なんでこういう時ばっか言葉が上手いんだよ藤澤ぁ……。
どこの企業のプレゼンかってくらい言葉巧みに話して、俺と元貴のデートシーンがいかに需要があるかを熱弁し、自分だと進行が心配だから菊池さんに助けてもらいたいと相手を持ち上げ、俺や元貴が口を挟む間もなく話をまとめてしまった。やる気に満ちている涼ちゃんを止めることなんてできやしなかった。
うなだれる俺と元貴を不思議そうに見つめる菊池さんが、なんか疲れてない? と気遣ってくれる。先の大ヒットを記録した映画で共演経験がある元貴は、あぁ、うん、ちょっとね、と言葉を濁した。
ただ1人元気な涼ちゃんが、よろしくお願いしますねと菊池さんに微笑みかけ、俺の横に座る元貴の手の中でミシッと鈍い音がした。
……おい、ペン折るなよ、元貴。涼ちゃんに他意はないんだから物にあたるなよ?
「こちらこそ。でも、俺のプランでいいんですか? 藤澤さんの好きなところとか分からないですけど」
「いいです、僕なんてデートしたことほとんどないんで、むしろお任せしたいです」
「えー、じゃぁ張り切っちゃおうかなぁ」
張り切らないでくださいお願いだから。うちの繊細な魔王を刺激しないでください。
楽しみだなぁって笑ってんなよ藤澤涼架ぁ……トドメ刺すなよ……。
「元貴たちはどっちが予定立てるの?」
ロケ日まで時間があまりない。文句を言っても始まらないし、これもちゃんとした仕事だ。事情はともかく請け負った以上きちんとこなさなければならない。
涼ちゃんの言葉に元貴が俺に視線を向ける。
「……どうする若井」
「あー……じゃぁ俺が立てるわ……」
「ん、任せた」
涼ちゃんの目がまた輝く。よかったねぇ元貴、と音にこそなっていないが表情がうるさい。違うんだって、そうじゃないんだって……。元貴のこの表情は照れてるとかじゃなくて呆れて絶望してるんだって……。
ロケ地の情報に目を通しながら頭の中で涼ちゃんの肩を掴んで揺さぶる。
「……風磨くん」
「うん?」
おい、変な牽制すんなよ? 涼ちゃんは気付かないだろうけど菊池さんは気付くかもしれないんだから。
「うちの藤澤、ほんっっっっっっっっっっとに変な人だから覚悟しておいてね」
「ちょ、失礼だな!」
言葉に抗議する涼ちゃんに、失礼じゃねぇよ、変な人だろ、アグレッシブなポンコツじゃんと捲し立てそうになって溜息に変える。
元貴の言葉に菊池さんはふっと男前に笑った。
「退屈しなくていいじゃん」
あーあ、見事に返り討ちにされちゃってまぁ……。
被害がペン1本で済むうちに作戦を練らなければならない。
ロケ日まで2日。まずは今日中に涼ちゃんに好きな人がいるのかどうかを確かめなければならない。
どうしようもできないことはさっさと諦めて、なんとかなりそうなところから攻めるしかない。
こんなんもう、完全に巻き込まれ事故じゃん……。
続。
このふまくんはまだ魔王としかほぼ付き合いがないふまくんです。
コメント
7件
繊細な魔王、地獄の片道切符持った巻き込まれ事故中のギターさん、やる気満々な💛ちゃんとみんな大好き💜くん!!! 楽しみすぎます🫣
事故ってるうえに風磨くんという追突事故まで起きてる🤣 もうニヤニヤが止まりません!続き楽しみです😍
魔王、笑顔によわっ🤣絶対ふまくんとデートになるのにプレゼンも反論しないなんて笑 ふまくんへの牽制も返り討ちにあってるし、あの魔王が恋愛偏差値低めで楽しいです🤭若様の完全もらい事故もファイト!ふまくん今はまだそこまで気持ちはないだろうけどデートなんかしちゃったらもう…ねぇ❤️ ちょっと昼間に💜💛を妄想しちゃったのでそれはそれで楽しみだし、❤️💙がどんなふうにデート阻止を頑張るのかも楽しみです✨