付き合いでコンパに顔を出すことになった金曜日。
落ち着いた照明で、ちょっとバーのような雰囲気のある地下の店に蓮形寺唯由は来ていた。
カウンター付近はバーのような造りなのだが。
オススメは特製オムライスとかいう、じゃあやっぱり、ここ居酒屋? みたいな店だった。
そろそろ帰りたいんだが……ともうあまり酒の減らなくなったグラスを手に唯由は思っていたが、友だちが盛り上がっているので帰れなかった。
唯由の隣に座っている、一見、爽やかな感じの男が語り出す。
「そういえばさ、この先のホームセンター側の坂の下にさ。
動物病院があるじゃん。
……聞いてる? 蓮形寺さん」
あ、はいはいっ、と慌てて唯由は隣の男を振り向いた。
カウンターで呑んでいる合コン風のグループの中に、自分と似た雰囲気を漂わせている男が居たので、なんとなく、そちらを見ていたのだ。
ああ、あの人も付き合いで来てて、コンパ興味ないんだろうな、と唯由は勝手に思う。
男は一番端に座り、カウンター奥に並ぶ酒瓶をぼんやり眺めている。
なんとなく参加しているコンパのときなど、自分もそんな風にしていることが多いので、たぶん、この人も同じ感じなんだろうなと思っていた。
ただ彼には、自分のような凡人とは違うところがあった。
誂えた物らしき身体に馴染んだスーツに、手入れの行き届いた靴。
濃い整った顔でグラスを傾けるさまは、絵になりすぎていて。
なんか王様みたいな人だな、と唯由は思った。
いや、こんな居酒屋に王様がいるわけもないのだが……。
唯由がそんなことを考えている間も隣の人は話していた。
「それで、その動物病院の息子が俺の同級生なんだけど」
「あっ、それ、森村裕輝だろっ」
と誰かが言った。
「そうそう。
その森村がさ」
とその誰だか知らない森村さんの愉快な話を男はしてくれた。
場を盛り上げようと頑張ってくれているようだ。
いい人だ、名前も知らない人だが……。
私もぼんやりしてないで、話盛り上げなきゃ、と唯由が心を入れ替えようとしたとき、カウンターの方で、どっと笑い声が上がった。
「そうなんだよ。
それで、森村がさーっ」
「ああ、あいつだろ。
動物病院の息子の森村裕輝っ」
全員がそちらを振り向いた。
振り向かれたことに気づいたらしい、カウンターの一団が話しかけてくる。
向こうのグループとこちらの男性たちに面識はないようだったが。
どちらもその、誰だか知らない森村裕輝の友人のようだった。
「これもなにかの縁ですね~」
「一緒に呑みましょうか?」
と彼らは盛り上がる。
ちょうど奥の半個室になっている広い場所が空いたらしく、お店の人たちが、
「よろしかったら、あちらにどうぞ」
と言ってくれた。
というわけで、友だちの友だちというよく知らない人たちとコンパをしていた唯由たちは、その友だちの友だちの友だちの友だち、という更によくわからないグループと呑むことになってしまった。
新しいメンバーが加わると、新しい話題が増えるので、また一から盛り上がる。
コンパは長くなりそうだった。
「よし、席替えしようっ」
と向こうの女子のひとりが手帳を破る。
番号の紙を作り、男女に分けて配った。
三番三番、と確認しながら、唯由が新たな席に座ると、横はあの帰りたそうな濃い顔のイケメンだった。
「あ、ど、どうも」
と挨拶しながら、唯由はホッとしていた。
この人もコンパ乗り気じゃなさそうだったもんね。
ゆっくりできそう。
案の定、男は無言でみんなの話を聞いていた。
女子たちは、みんな彼が気になっているようではあったのだが。
他のメンバーもイケメン揃いで高収入だったらしく。
とっつきにくい彼には、誰も積極的に話しかけてはこないようだった。
あー、なんか安心したら、お腹空いちゃった、と唯由はメニューを眺める。
「蓮形寺さん、なにか頼む?」
向かいのソファから、さっき横に座っていた人が訊いてきてくれる。
「あ、なにか頼まれますか?」
と唯由は彼にメニューを向けた。
大丈夫だよ、こっちにもあるから、と彼は断ったあとで、
「そうだね。
ちょっと軽く頼もうか。
皆さん、なににします?」
と音頭を取って訊きはじめてくれた。
自分もなにかしなければ、と思った唯由は隣の無口な男に訊いてみた。
「あの、なにか頼まれますか?」
すると男は暖色系の照明のせいか、鳶色に見える瞳で、まっすぐ唯由を見つめてくる。
思わず、どきりとしてしまったとき、男が言った。
「お前は蓮形寺というのか」
「はい」
「変わった名前だな。名字か?」
と男は確認してくる。
まあ、名字ですよね。
あんまり蓮形寺って名前の女の子、いないんじゃないですかね……?
と思いながら、唯由は、
「蓮形寺唯由と申します」
と頭を下げた。
「……イヨか。
邪馬台国二代目女王の名だな」
字、違います……。
そして、コンパで自己紹介して、そんなコメントいただいたの、初めてですよ、と唯由は思っていた。
「俺は雪村蓮太郎」
と男が名乗る。
「真田幸村の幸村ですか?」
「違う。
それに、ユキムラは名字だ」
どうやら、自分も似たり寄ったりなことを言っているようだ。
ちなみに自分、ザルなので、酔っているわけではもちろんない――。
唯由が取り分けられた特製オムライスとシーザーサラダを食べていると、誰かが、
「じゃあ、お腹も膨れてきたので、ここでひとつ、王様ゲームでも」
と言い出した。
王様ゲーム。
ある意味、不朽の名作ゲームだな。
一体、いつの時代にはじまったのか知らないが、未だにコンパでやっている。
「どうした、蓮形寺。
一点を見据えて」
そう話しかけてきた蓮太郎に、
「はあ、王様ゲームの起源について考えていました」
と唯由は答える。
すると、蓮太郎が少し困ったような顔で訊いてきた。
「蓮形寺よ。
王様ゲームとはなんだ」
知らないのか、王様ゲームッと唯由は衝撃を受ける。
日本で知らない成人男子はいないと思っていたっ。
かと言って、この人、箱入り息子という雰囲気ではない。
どちらかといえば、ネズミの群れの中の虎というか。
王者の貫禄みたいなものが蓮太郎にはあった。
ネズミな唯由は、虎な蓮太郎に王様ゲームのルールを説明して差し上げる。
すると、蓮太郎は深く頷き言った。
「つまり、選ばれし者は選んだ下僕に、なんでも言うこと聞かせられるということだな」
……なにかこう……。
あなたの口から王様ゲームを語られると、楽しいゲーム性を廃してしまったような。
空恐ろしい雰囲気が漂うのですが。
絶対に、この王様っぽい虎の人を王様にしてはいけないっ、と唯由は思った。
「あっ、あのっ。
王様ゲームで下僕に言うことを聞かせられるのは、この場でだけですからねっ」
一生奴隷になれ! とか言い出しそうな蓮太郎に釘を刺すように唯由は言った。
さっきの女の人が王様の札を作ってくれ、席替えの番号札を集めて、王様ゲームがはじまった。
「王様だ~れだっ」
みんなが楽しげに裏返された番号札を引く中、唯由だけが緊迫した空気で蓮太郎が札を取るのを見つめていた。