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夕方、ふたりきりのスタジオ。
さっきまでレコーディングしていた空間は、すっかり柔らかい空気に包まれていた。
「……なぁ、滉斗」
「ん?」
ちょっといたずらっぽく笑う元貴が、すっ…と滉斗の前に立つ。
「キスしていい?」
唐突なその一言に、滉斗は不意を突かれて思わず目を見開いた。
「えっ……い、いきなりだな……」
「だめ?」
「いや、だめじゃないけど……」
元貴は少し背伸びして、そっと滉斗に顔を近づける。
けれど、あと数センチ。
微妙に——ほんの微妙に——届かない。
「……あれっ、ちょっと……」
つま先でバランスを取りながら、唇を差し出そうとする元貴。
その姿があまりにも愛おしくて、滉斗の脳内は爆発寸前。
(だめだ……かわいい……かわいすぎるだろ……)
だがそこで、滉斗は思いついてしまった。
“ちょっとだけ、いじわるしてみたい”という欲望に。
そして、元貴が「あとちょっと…!」という距離まで来たその瞬間——
滉斗が、すっと背中をのけぞらせた。
「えっ……おいっ!?」
バランスを崩しそうになった元貴が、慌てて滉斗の肩を掴む。
「お前、今わざと逃げたな!?」
「え?気のせいじゃない?」
「気のせいなわけあるか!明らかに、のけぞったじゃん!」
ぷくっと頬をふくらませて怒る元貴。
つり上がった眉毛、膨れっ面、ちょっと赤くなった耳。
その全部が、もう、かわいすぎて。
「……あぁ……ごめん……無理……」
滉斗は顔を手で覆って、笑いを堪えきれずしゃがみ込む。
「なにが“無理”なの!?キスしようとしてんのに笑われるとか、ありえんから!!」
「いや…だってさ、怒った顔までかわいいとか、反則すぎて……だめだよ、俺の心臓が……」
「……うるさい。もう知らん。」
元貴はツンとそっぽを向くけれど、その耳は真っ赤なままだった。
滉斗はゆっくり立ち上がり、後ろからそっと腕を回す。
「ほんとに、ごめんって。からかっただけ。ちゃんと……してあげる。」
そう囁くと、今度は滉斗が少しだけ腰を屈めて、元貴の唇にそっと口づけた。
静かに触れるだけのキス。
けれど、その一瞬が、さっきまでのやりとりすらすべて溶かしてしまうほど甘くて、温かかった。
「……ずるい」
「どっちが?」
「全部。身長も、余裕も、俺よりちょっと上なのが、ずるい。」
「でも俺は、ずっと下から見上げてくる元貴が、一番好きだよ。」
「……もう……やめてよ。惚れ直すじゃん。」
滉斗は、目を細めて微笑んだ。
その笑顔に、また心臓が跳ねる。
「じゃあ、何回でも惚れさせてやるよ。」
元貴がふっと目を伏せて、そっと頬を染める。
そんな表情も、滉斗は愛おしくてたまらなかった。
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