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「……んー……」
寝ぐせのまま、ぼさっとした髪を片手でぐしゃぐしゃとかき上げながら、
元貴が洗面所にふらふらとやってきた。
「おはよ……」
すでに洗面台の前には滉斗がいて、歯ブラシをくわえたままスマホをいじっていた。
「……おはよ、寝ぐせすごいよ。」
「うるさい……朝の俺に期待すんな……」
元貴は隣に並んで、同じように歯ブラシをくわえる。
静かな朝。
歯磨き粉のミントの香りと、2人分のしゃかしゃかという音だけが空間に響いている。
そして、ふと。
滉斗が鏡越しにちらっと元貴を見る。
(あれ……)
「……ちっさ。」
「……は?」
ボソッとこぼしたその一言が、元貴の聴覚を正確に射抜いた。
「今……なんて言った?」
「いや、なんでもないですー。」
涼しい顔でごまかそうとする滉斗。
でも、元貴の目つきは鋭かった。
「……ちっさ、って言ったよね。」
「……言ってません。」
「完全に言ったよね。」
ぴたりと歯磨きを止めて、
元貴は肘でぐいっと滉斗の脇腹をつついた。
「おい、てめぇ。」
「ふぐっ!ちょ、やめろ!くすぐったいっ!」
「俺がちっさいんじゃなくて、お前がデカいだけだろ!」
「いや、事実を述べただけで……あ、また突いてくる!!」
「うるさい!」
身長差のある2人が、歯ブラシくわえたまま、笑いながら小競り合い。
鏡には、ちょっとくしゃくしゃな寝起きの顔と、
それでもどこか幸せそうな2人の距離が映っていた。
やがて、元貴が息をつきながら言った。
「……ったく。朝からうるせーわ。」
「え、でも俺、こういう朝わりと好きだけど。」
「……は?」
滉斗は笑って、もう一度鏡越しに元貴を見た。
今度は、からかうでもなく、まっすぐに。
「お前が隣にいる朝、ちっさいなぁって思える朝。……全部、好きだよ。」
「……っ、は?」
元貴の手が止まる。
ミント味の泡をくわえたまま、鏡越しに赤くなっていく頬。
「……お前、マジでバカだろ……」
「うん。でも好きだもん、元貴のそのちっちゃいとこも、全部。」
「……あー、うぜぇ。口すすいでから言え。」
「はーい。」
結局、歯磨きひとつとっても、
2人の“身長差”は、いつもどこかで甘さに変わっていた。
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