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第8話 光を探した少女
小学五年生。
黒羽月乃には、一つ年上の大切な友達がいた。
名前は――凌。
いつも少しだけ先を歩いていて。
いつも月乃が追いかけると、振り返って笑ってくれる。
「遅いぞ、月乃!」
「待ちなさいよ!」
「待ってるって!」
「待ってる人の走り方じゃない!」
くだらないことで言い合って。
くだらないことで笑って。
そんな時間が、ずっと続くと思っていた。
凌はスキージャンプをしていた。
高いジャンプ台から飛び出し、空へ舞い上がる。
その姿を、月乃は何度も見ていた。
「……すごい。」
雪面から飛び立った身体が、風をつかむ。
ほんの数秒。
それなのに、その瞬間だけは世界から何もかもが消えたように見えた。
凌だけが、空にいる。
月乃は、その姿に憧れていた。
「私もジャンプやりたい。」
けれど。
「月乃はアルペンをやれ。」
父親はそう言った。
月乃に向いている。
将来性がある。
ジャンプより安全だ。
理由は分かっていた。
父親が自分のことを考えてくれていることも。
それでも。
「……私のやりたいことなのに。」
胸の奥には、ずっと小さな引っかかりが残っていた。
⸻
ある日の夕方。
二人はいつもの公園にいた。
ベンチに座った月乃は、頬を膨らませている。
「私は本当はジャンプがやりたいの!!」
「うん。」
「なのに父さんはアルペンやれって!」
「うん。」
「私は自分で決めたいの!」
「うんうん。」
「絶対! 父さん裏切ってジャンプやるんだぁーーー!!」
#恋愛
雪音
31
#スポーツ
眠野ねつき無断転載とか❌
903
40
「ははははは!」
「笑うなー!」
凌が腹を抱えて笑う。
「だって月乃、面白すぎるんだもん!」
「もう知らない! 凌なんか嫌い!」
「じゃあ、嫌いな俺が買ってきたアンパンも食べないんだな?」
「……食べる。」
「食べるんだ。」
「アンパンは別!」
二人は顔を見合わせる。
そして。
また笑った。
凌が笑うと、月乃も笑ってしまう。
いつもそうだった。
⸻
帰り道。
雪がちらちらと降り始めていた。
凌は空を見上げる。
「なあ、月乃。」
「何?」
「雪ってさ。」
「うん。」
「たまに、すげぇ綺麗に光るんだよ。」
「……?」
「ダイヤモンドダストって知ってる?」
月乃は首を傾げた。
「名前だけ。」
「いつか見せてやるよ。」
「本当?」
「本当。」
「約束だからね。」
「ああ。」
凌は笑った。
そのあと、少しだけ真面目な顔になる。
「……でも、見られる条件がめちゃくちゃ厳しいんだ。」
「何それ。」
「晴れてて、風がなくて、すげぇ寒くて……」
「そんな都合よく揃う?」
「だから綺麗なんだよ。」
凌はそう言った。
月乃には、その意味がまだよく分からなかった。
⸻
数日後。
凌は新しいブレスレットを月乃に見せた。
「どうだ?」
「確かにかっこいいけど。」
月乃はブレスレットを眺める。
「この柄は何?」
凌は得意げに笑った。
「ちっちっち。」
「……なんかムカつく。」
「月乃は分かってないなぁ。」
「早く言って。」
凌はブレスレットを指差した。
「ダイヤモンドダスト。」
「え?」
「前に話しただろ?」
「……あ。」
月乃は思い出す。
凌は嬉しそうに続けた。
「ダイヤモンドダストの発生条件って知ってるか?」
「なんとなくだけど……めっちゃ条件が合わないとできない現象だったよね?」
「さっすがぁ!」
「ちょっとだけ合ってる!」
「うるさい。」
凌は笑いながら説明した。
「空気中の水分が凍って、光を反射して輝くんだ。」
「へぇ……。」
「気温がマイナス十度以下。」
「寒っ。」
「晴天。」
「うん。」
「無風。」
「風がないの?」
「そう。」
「あと高い湿度。」
凌はブレスレットを見つめた。
「この条件が全部揃って、やっと見られる。」
「……すごいね。」
「ああ。」
凌は笑った。
「だから俺、これ好きなんだ。」
「なんで?」
少しだけ間があった。
「厳しい条件が揃ったときにしか見られないから。」
「……?」
「でも、ちゃんと存在してる。」
月乃はその言葉を、深く考えなかった。
ただ。
「いつか一緒に見ようね。」
そう言った。
「約束な。」
凌は笑った。
⸻
その日の夜。
凌からメッセージが届いた。
『コンビニ行ってくるけど、何か食べたいものある?』
月乃は少し考えた。
『んー、アンパン!』
すぐに返事。
『オッケー! そしたら月乃の家でコーラ飲むか!😙』
「一杯コーラで飲むって何よ。」
月乃は吹き出す。
『ウチは居酒屋じゃ無いぞwww』
『気をつけてねぇ〜』
それが。
二人にとって最後のメッセージになった。
⸻
午後8時28分。
月乃は時計を見る。
「……遅いな。」
スマートフォンを開く。
『どうしたぁ?』
送信。
既読はつかない。
「……凌?」
胸の奥がざわついた。
何度もスマートフォンを見る。
それでも。
返事はない。
月乃は上着を羽織った。
「……迎えに行こう。」
外へ飛び出す。
⸻
夜の街。
雪が降っている。
遠くから。
サイレンが聞こえた。
赤い光が、雪を照らす。
「……え?」
救急車。
パトカー。
人の声。
嫌な予感がした。
月乃は走る。
走って。
走って。
人だかりへ近づく。
「すみません!」
「通してください!」
肩と肩の間をすり抜ける。
「凌!」
誰かが月乃を止めようとする。
「危ない!」
それでも。
月乃は止まらなかった。
野次馬の中を必死に駆け抜ける。
そして――
その先に。
凌がいた。
雪の上に倒れている。
衣服には赤い跡があり、雪の白さとの対比があまりにも強かった。
「…………。」
月乃の血の気が引いた。
足が止まる。
頭が真っ白になる。
「……凌?」
返事がない。
「……嘘。」
一歩。
また一歩。
月乃は震える足で近づく。
「凌……?」
その場に膝をつく。
「ねえ……。」
声が震える。
「アンパン、買ってきてくれるんでしょ……?」
返事はない。
「コーラも飲むんでしょ……?」
それでも返事はない。
「……ねえ。」
月乃の目から涙が落ちる。
「一緒に食べるって……約束したじゃん……。」
そのとき。
凌の指が、ほんの少し動いた。
「……月乃。」
「凌!」
月乃は顔を上げた。
「ここにいるよ!」
凌は苦しそうに目を開ける。
そして。
いつものように、ほんの少し笑った。
「……泣くなよ。」
「無理だよ……!」
「月乃……。」
凌は弱々しく息を吐く。
「お前は……アルペン……続けろ……。」
「そんなのどうでもいい!」
月乃は首を振った。
「今は凌が助かることのほうが大事だよ!」
凌は静かに月乃を見る。
「いつか……光が……お前を導く。」
「……光って何よ。」
「……。」
「そんなの……分かんないよ……。」
月乃は凌の手を握った。
「私、ジャンプがしたい。」
「……。」
「凌と一緒に……飛びたかったのに……。」
凌は何かを言おうとした。
けれど。
言葉は最後まで続かなかった。
「……月乃。」
「うん……。」
「俺は……ずっと……お前を見守ってる。」
「嫌だよ……。」
「……。」
「見守るんじゃなくて……隣にいてよ……。」
月乃の声が震える。
「一緒にいてよ……凌……。」
凌は、最後まで月乃を見つめていた。
その目には。
いつもの優しさがあった。
「……アンパン。」
「え?」
「月乃の分……ちゃんと……買ったから……。」
「……うん。」
「一緒に食べるって……約束……。」
「うん……!」
月乃は何度も頷く。
「だから帰ろうよ……!」
「一緒に帰ろう……?」
返事はなかった。
「凌……?」
月乃は手を握った。
「ねえ……。」
返事はない。
「凌……。」
何度呼んでも。
凌がいつものように、
「なんだよ。」
と笑ってくれることはなかった。
⸻
その夜。
月乃は知った。
凌が亡くなったことを。
何も理解できなかった。
理解したくなかった。
家に帰っても。
部屋に入っても。
スマートフォンを開いても。
そこには最後のメッセージだけが残っている。
『気をつけてねぇ〜』
「……。」
月乃は画面を見つめる。
指先が震える。
「……なんで。」
返事はない。
「なんで……。」
涙が落ちる。
「凌……。」
その日から。
月乃の中に、大きな空白ができた。
コメント
1件
……もう、やばい。読んでて涙が出そうになったよ😢 月乃と凌の、あの何気ない日常のやりとりが全部、今の月乃の傷になってて。アンパンとかコーラとかダイヤモンドダストとか、一つ一つの約束が重すぎて胸がぎゅってなった。 「気をつけてねぇ〜」が最後のメッセージなの、ほんとに辛い……。 それでも「お前を導く光」って言葉を遺した凌の想い、ちゃんと月乃の中に生きてるんだね。 雪音さん、このエピソード、心に刺さりました。ありがとうございます🌙