高校の体育館で、学年集会が開かれていた。
ステージの前では何人かの生徒がパフォーマンスをしていて、
他のみんなは壁際に体育座りをして静かに見ていた。
その穏やかな空気の中で、突然――地震が起きた。
床がぐらっと揺れて、ざわめきが広がる。
ドアの近くにいた私は、近くの数人と目を合わせて
「外に出よう」と急いでドアを開けた。
外に出てしゃがみこみ、
まだ揺れている体育館を心配そうに見ていた数分後――
中から悲鳴が響いた。
思わず顔を上げて中をのぞくと、
そこには刃物を持った2、3人の生徒たちがいて、
パニックになった他の生徒を次々に刺していた。
信じられない光景に体が固まって、声も出なかった。
ドアは開けっぱなし。
中から響く泣き声と足音が、冷たい空気に溶けていく。
刃物の光が反射して、チラチラと外にまで届いていた。
「行かなきゃ…誰か…」
誰かがつぶやいた。けれど、誰も動けなかった。
私は震える手でスマホを取り出そうとしたけれど、
指が思うように動かない。
通報しようと思っても、目が離せなかった。
そのとき、中から血に染まった生徒がふらふらとドアの方へ走ってきた。
目が合った瞬間、その子は足を取られて外に倒れ込んだ。
制服の袖は赤く濡れていて、何かを言おうとしたけど、声にならなかった。
世界がぼやけていく。
心臓の音だけが、どくどくと耳の奥で響いていた。
――次の瞬間、音がすべて消えた。
悲鳴も、足音も、何も聞こえない。
静まり返った体育館の中で、生徒たちは動きを止めていた。
まるで時間が止まったみたいに。
「……え?」
立ち上がって見つめると、
空気が歪み、床がまた“ドン”と揺れた。
視界が真っ白にかすんで、私は瞬きをした。
気づいたら――
また体育館の中で体育座りをしていた。
前では何人かの生徒がパフォーマンスをしている。
まるで何も起きていないように、集会は普通に続いていた。
だけど、私の手のひらには、
さっき外で見た生徒の血のような赤い跡が残っていた。
「……夢?」
思わずつぶやくと、隣の友達が
「え? どうしたの?」と笑いながら首をかしげた。
その瞬間、スピーカーからアナウンスが流れた。
――“次のグループ、準備お願いします。”
……その声、さっきも聞いた。
同じトーン、同じタイミング。
ステージの生徒たちが、同じ順番で動いている。
笑い声も拍手も、まるで録画を再生しているみたい。
「……ループしてる?」
小さくつぶやいた瞬間、
また地震が起きた。
ドアの近くにいた私。――同じ流れ。
でも、今度は違った。
開けっぱなしのドアの向こうに、もう一人の私が立っていた。
外の“私”の手は真っ赤に染まっていて、
無表情のまま、こちらをじっと見ている。
視線が重なった瞬間、世界がぐらりと揺れて、
眩しい光が視界を覆った。
……気づくと、私はベッドの上にいた。
朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいる。
心臓が速く打っていて、全身が汗で濡れていた。
「夢……だったんだよね……?」
息を整えながらそうつぶやいた。
けれど――
右手を見た瞬間、言葉が止まった。
手のひらには、まだ赤い跡が残っていた。
朝。
夢だと思っていたあの夜のことが、頭から離れなかった。
けれど、学校に行くとすぐにおかしなことに気づいた。
――体育館の前に、黄色い立入禁止テープが張られていた。
先生たちは「地震のあと点検中」と言うけれど、
あのときの集会で地震にあった生徒たちの姿が、
ひとり、またひとりと学校に来なくなっていた。
最初は偶然だと思った。
でも、出席簿には確かに名前が残っているのに、
誰もその子たちの顔を思い出せなくなっている。
写真にも写っていない。
クラスLINEの履歴も、いつの間にか削除されていた。
“本当に、その子たちは存在してたの?”
怖くなって家に帰ると、
あの夜に見た赤い跡がまだ手のひらに残っていた。
それはもう、血のしみじゃなかった。
線のような模様が浮かび上がっていて、
よく見ると――それは体育館の見取り図にそっくりだった。
試しに、手の上の線を指でなぞると、
ふっと頭の中に体育館の映像が流れ込んできた。
誰もいないはずの体育館の中で、
体育座りをした生徒たちが並んでいる。
動かない。
まるで時間が止まっているみたいだった。
その中のひとりが、
ゆっくりと顔を上げた。
それは――あの集会にいた、はずのクラスメイト。
だけど、名前が思い出せない。
その子が何かを言おうと口を開いた瞬間、
映像がプツリと途切れた。
我に返ると、部屋の窓の外に体育館の方向が見えた。
暗闇の中で、誰もいないはずの体育館が、
ほんの一瞬だけ中から明かりがついたように光った。
私は、その場から動けなかった。
スマホを手に取るけど、画面に映るカメラのプレビューは真っ暗。
シャッターを押すと、
撮れた写真には誰もいない体育館が写っていた――
けれど、よく見ると、
その奥に無数の人影が体育座りをしているのが見えた。
心臓が止まりそうになる。
次の日、ニュースでは何も報じられなかった。
学校も普段どおり再開された。
でも、集会にいた学年だけが、校内のどこにもいない。
そして、私の手の赤い跡は、
少しずつ薄れていき――やがて完全に消えた。
けれど、それと同時に、
“あの日一緒にいた友達の名前”が、
ひとつ、またひとつと頭の中から消えていった。
[完]
コメント
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背筋がゾクッとしました。素敵な作品です…!!