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臣桜
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#ギャップ
ひより
1,908
潮の匂いがする
そよ風に乗って
海鳥が優雅に舞い
花びらが揺れ
草木がざわめく
都会の喧騒では感じることのなかった
自然で
繊細な
音が
匂いが
五感を刺激する
小高い丘から眺める
見渡す限り一面の海
初めて見る水平線の広大さに呆気に取られ
これまで思い悩んでいたことの小ささを知る
思えば私は
ごみごみとした首都圏で生まれ育ち
行動範囲を広げることもなく
これまで狭い人間関係の中だけで生きてきた
リュカと出会い
人の多様さに触れ
人間関係の在り方を知った
私の知らないことはそれだけではなかった
土地も
風景も
風も
匂いも
ここは私の知らなかったものだらけ
私は
この世界を知らないままに生きていた
「いやあ~良い景色だね」
「ほんとに……」
「今までの人生が嘘みたい」
私たちは
超多忙な日々を乗り越え
全ての手続きを済ませ
会社を辞め
都心から遠く離れた田舎に引っ越した
時間の流れる速度が違い過ぎて
慣れるまで多少の時間を要したが
慣れてしまえば
都心の煩雑な世界など忘却の彼方
新たな世界が見えてくる
今までと違う角度から見る世界は
見る物全てが
触れる物全てが新鮮で
私の全てを刺激する
それが
考え方や性格にも影響するのがわかる
「さあ、そろそろ行こうか」
「足元気を付けてね」
膨らみ始めたお腹を庇うように手を当て
もう片方の手をリュカが引いてくれる
登った小高い丘を
二人寄り添い
ゆっくりと下りながら
見るもの全てに感動を覚え
尽きる事のない話題に笑い合う
「夕飯に食材買って帰ろうか」
ここに来てからはリュカが料理をしてくれている
本人曰く
料理の練習も兼ねてとのこと
きっとリュカのことだから
私の体を気遣い
今後私が身重になった時の事も考えて
今の内から覚えようとしているのだろう
「こんにちは~!」
「はいはい、こんにちは」
「今日も挽き肉にして貰いたいのですが——」
「いつもありがとうね、どのお肉にする?」
牧場のご婦人とも顔見知りになり
すっかり溶け込んでいるリュカ
妊婦の食事事情に関しても
経産婦の彼女から色々と教わっている
しかし
実際のところ
ここに通う本当の目的はお肉
すっかりハンバーグにドハマりしたリュカは
究極のハンバーグを作るべく
日々食材の選定にご執心
その類稀なる探求心からか
今では畜産業にまで興味を持ち始めている
他ならぬリュカだけに
本当に畜産農家を始めそうな気すらする
何はともあれ
私は見習い調理師の作る
美味しいハンバーグにありつけている毎日だ
人生とは
本当に不思議なもので
想像すら出来ない未来が待っていたりする
それまでの流れやバイオリズムとは無関係に
何かのきっかけで突然動き出す
今想像する未来など
今の自分が
今までの経験を基に
今知り得る範囲で妄想しているに過ぎない
ましてや運命など知る由もない
運命などと決めつけることは
自分を縛ることでしかない
そんな無意味なものだと今の私にはわかる
運命が定められた未来ならば
変わった運命に限らず
変わる前の運命もまた
一本の運命線の上
これから起こる喜怒哀楽全てもその線上にある
それはつまり運命とは
人生そのものなのだろう
それでも
リュカとの出会いは
運命以外の説明がつかず
私はその
運命だけは信じている
生物には稀に
そんな気まぐれな定めがDNAに刻まれていたりする
もしも運命があるのだとしたら
これまでの全てが私の運命なのだろう
これから先
お腹の双子はどんな子に育つのだろう
会社を辞めたリュカは何をするのだろう
私とリュカは
私たち家族には
どんな未来が待っているのだろう
純也との婚約時を思い返しても
決して初めから悲観的だったわけではない
私たち家族の未来も
決して平坦な道だけではないだろう
良い時も
悪い時も
あったりなかったりするだろう
それでも
楽しみで仕方がない
リュカが導いてくれた私の運命の分岐点は
希望で満ち溢れている
全てをひっくるめて
これが私の運命なんだ
***
カラン……カラン……カラン……
透き通るような晴天の青空の下
チャペルの鐘の音が天に舞う
微かに鼻につく潮の香り
眼下に眺める水平線
頬を撫でるそよ風
空では海鳥がホバリングし
私たちの式に参列する
花びらが風に舞い
草木がざわめき
私たちを祝福している
膨らんだお腹を庇いながら
一歩一歩ゆっくりと
赤いカーペットの上を歩く
ヒールを履いて歩く私を
リュカが心配そうに見守りながら
私の手を引き
神父の下までゆっくりとエスコートする
何も知らないこの土地で
知人もいないこの場所で
私たち二人は
お腹に二人の子を宿しながら
私たち二人だけの結婚式を慎ましく挙げた
そして
永遠に感じるほどの
永い口づけとともに
私たち二人は誓い合う
病める時も
健やかなる時も
永遠に愛し合う事を
— 完 —
コメント
1件
最終話、読了しました……本当に綺麗な終わり方でした。 潮の匂いや水平線、風の描写が優しくて、読みながら一緒に深呼吸してる気持ちになりました。とくに、リュカがハンバーグにハマって畜産に興味持つところ、微笑ましくて好きです。 運命って決めつけるんじゃなくて、自分で選び取って紡いでいくものなんだなって。お腹の双子と一緒に歩む結婚式、胸が熱くなりました。お疲れ様でした、BrownSugarさん。たくさんの感情をありがとうございます。