「フーム……」
公都『ヤマト』の―――
冒険者ギルド支部に隣接した牢獄施設、
その食堂で……
切れ長の目をした、ロングのシルバーヘアーを
した女性が、料理を口に運ぶ。
出された料理は少量ずつで、揚げ物を中心として、
さらに麺類、スイーツと続き……
試食のようにテーブルの小皿に分けられたそれを、
作ったであろう2人の男が緊張気味に見つめる。
2人は、魔狼の赤ちゃんと母親の毛皮を求めて、
投獄されたデイザンとジャーバだった。
ただ、デイザン伯爵は元のガリガリの細身だった
体がある程度、肉付きが良くなり……
刈り上げられた髪はある程度伸びてマッシュルーム
カットのようになって、
ジャーバ伯爵はモヒカンのような髪型をバッサリ
切られ、うっすらと生えてきた薄毛に―――
球体のようであった体は、少しだけ凹凸が見られる
ようになっていた。
「ル、ルクレセント様―――」
「お、お味の方は……」
おずおずとたずねる両伯爵に、人の姿をした
フェンリルは、
「極上、とは言い難い。
だが―――
つたない腕で、何とか作り上げたという
努力、気概は伝わってくる。
ティーダはどうだ?」
彼女の横に座っていた褐色の少年は、
犬のような耳を黒髪の中からピコピコと
動かして、
「この公都で出される麺類や甘味は―――
すごく手間が掛かっていると聞いております。
一流の料理人と比べれば落ちるとは思いますが、
聞けば短期間でここまで覚えたとの事ですから」
それを聞いたルクレセントは、いったん
ナイフやフォークから手を放し、
「……デイザン、ジャーバよ」
その言葉に、2人の貴族は直立したまま
姿勢を正す。
その2人の後ろで―――
私は白髪交じりの筋肉質のアラフィフ……
ジャンさんと一緒に待機していた。
私は『無効化』させた2人の魔法を元に戻すため、
ギルド長はその見届けと、今後の手続きをする
ためである。
そして茶番、もといルクレさんの判決が
近付いていた。
「そなたらが、ウチが庇護する魔狼やその
子供たちにしようとした事……
許し難いにもほどがあろう。
いかなる国、種族であれ―――
子が母を慕い、母が子を想うは天地万物の
自然の理。
そうは思わぬか?」
「はっ、ははい!!」
「ま、誠に申し訳なく……!」
彼らは息ピッタリに頭を下げる。
「聞けばそなたらは、魔力・魔法至上主義―――
強力な魔法や膨大な魔力こそが最高の価値と
位置付けておるそうだな?
その傲慢、思い上がり……
それがそのままならば、元に戻すどころか
この場で食い殺しておっただろう」
直立のまま頭を下げていた彼らは、床に額を
こすりつけるくらいになる。
「……だが、この料理……
魔力も魔法も関係なく、ただひたすらに練習し
覚えなければならぬ事を―――
そなたらはやってのけた。
くだらぬ価値観を持ったままであれば、
こうはなるまい」
「で、ではルクレセント様―――」
獣人族の少年であり、夫(予定)である彼が
先を促す。
同時に彼女はこちらにいったん視線を向けて、
「わかっておる。
力は『返して』やろう。
今後、このような事が無いようにな。
くだらぬ勘違いをしている仲間にも言い聞かせて
やるがよい」
ルクレさんの言葉を確認後―――
私は小声でつぶやく。
「(魔法を使う事は―――
この世界では
・・・・・
当たり前だ)」
そして土下座したままのデイザンとジャーバ、
両伯爵は頭を上げて、
「ブ、身体強化が……!
使える! 魔法が使えるぞ!!」
「吾輩もだ!!
か、感謝いたします、ルクレセント様―――」
ペコペコと2人とも頭を下げる。
それを見たジャンさんは、
「(……ったく。
えらい変わりようだな。
まあ、気持ちはわからん事も無いが)」
「(まあまあ……
それじゃ、打ち合わせ通りに)」
ギルド長はそのまま伯爵2名へ近付くと、
「おし、じゃあ―――
2人とも釈放の手続きをするぞ」
それを聞いたデイザンとジャーバはキョトンと
するが、すぐに気を取り直し、
「い、いや釈放って」
「どういう事だ……!?」
事態を飲み込めずに困惑する両伯爵に、
彼は書類を見せて、
「魔狼や被害者に対する賠償金は―――
先日王都から届いた。
そして神獣・フェンリル様がお前らを
許した今、拘束する理由はない。
ま、しばらくまだ公都に滞在するか、
王都に戻るかは好きにしてくれ」
こうして、魔法を元に戻す『芝居』は終わり―――
私とルクレさん、ティーダ君は一足先にギルドの
応接室へと向かった。
「お疲れ様でした、2人とも」
炭酸ジュースを用意し、テーブルに座る男女に
勧める。
彼らは、例の魔導具の『無効化』を元に戻した
10日後くらいに、公都へと戻ってきた。
『急進派』の件で―――
また王都騎士団の時のように協力してもらうため、
(73話 はじめての とりなし参照)
手紙をチエゴ国へ送っていたのである。
ただ演技とは言っても、ルクレさんは私の
『能力』を知ってはいるが……
ティーダ君は知らない。
彼に協力してもらっているのは、あくまでも
『消極的なルクレセント様に対し、ティーダ君が
何とか穏便にお願いする』事であり―――
だから『事情を知らない人間がいる場合』の
応接室を選んだのである。
「そういえば、チエゴ国で婚約発表をした
そうですが」
「ウム!
結婚式は数年後になるだろうけど、
その時はよろしくお願いするっ!」
「お、お願いしますっ」
鼻息荒く語る神獣と、対照的に焦ってペコリと
頭を下げる少年に、こちらも一礼する。
「しかし、お二人だけで来たんですか?」
話を聞くに、まずウィンベル王国の王都・
フォルロワを経由し―――
その後一直線で公都まで来たとの事だが……
「そうですね。
僕一人だけなら、ルクレセント様に乗せて
頂いて―――
半日で到着すると仰られたので」
「手紙の内容から、早い方がいいんじゃ
ないかなーと思ってね。
途中、チエゴ国の王から預かった書簡を
ウィンベル王国へ届けて―――
それから公都へ向かったんだ」
なるほど。
大勢乗せるのでも無ければ、ほぼ単独で
動くのと同じという事か。
しかしそれを聞いた上でも、改めて恐ろしい
機動力だなと実感する。
「すぐに戻られるんですか?」
私の問いに、彼女は微妙な表情になって、
「んー、あちらさんは用が済んだらすぐ帰ってきて
お願いって空気が充満してたから……
まあ長居はしないけどさ」
「ただすぐ行き来出来るので―――
2・3日は滞在しても問題無いと思われます」
チエゴ国としては、神獣・フェンリルをなるべく
自国に留めておきたいが……
行動制限したりして不興を買う事はしないし、
出来ないだろう。
そこで婚約者のティーダ君が、現実的な妥協点を
見つけて制御しているように思える。
そこへノックの音がして、
「おう、待たせたな」
手続きを終えたジャンさんが入ってきて―――
改めて4人で情報を共有する事になった。
「ウィンベル王国への書簡……
そりゃ多分、同盟要請だろうな」
「は、はい!
それまでの敵対関係を改めて、友好締結を前提に
交渉に入りたいとの事です」
獣人族の少年は背筋を伸ばしてハキハキと答え、
「ほーん、そんな内容だったんだ」
「何でお前さんが知らないんだよ」
ティーダ君の膝枕で他人事のように感想を述べる
ルクレさんに、ギルド長がツッコミを入れる。
「人間の世界の事なんて、ウチはあまり関係が
無いというか……
というワケにもいかないか。
ティーダのいる国だし」
そこで上半身を起こし、改めて隣り合って座る。
「婚約発表した事で―――
国内はどんな感じだった?」
ギルド長が世間話を兼ねて、情報収集の
ために問う。
もしここにサシャさんとジェレミエルさんが
いれば、それは彼女たちの『仕事』だったの
だろうが……
『急進派』の件が片付いていた以上、長く
滞在する理由も無く―――
数日前に公都を離れていた。
「基本的には、歓迎ムード一色でした。
特に、僕と婚約した事で―――
獣人族の地位向上になるとの期待も
されております」
明るい顔で答えるが、言葉の最後に一瞬
陰が差す。
彼と同じ種族の地位向上につながる……
そう言えば聞こえはいいが、
逆に言えば、それまで被差別対象であった事の
裏返しでもある。
獣人族は―――
いやたいていの亜人種は人間と比べれば
少数派だろう。
リープラス派もいるし、ロッテン『元』伯爵様も
言っていた通り、差別的な意識はどこの国も
少なからずあるはずだ。
そういう連中からしてみれば……
好ましい事態ではないに違いない。
「それと、翻訳担当として要請していた
獣人族の件ですが……」
本来、ワイバーンや魔狼との通訳をしていた
ティーダ君が去ってしまった事で―――
細かい意思疎通が出来なくなっていた。
人間化した魔狼はもちろん人間の言葉を
しゃべれるが、ワイバーンは人の言葉を
理解しているものの、当然それを伝える
術はない。
私が話を切り出すと、彼は首を横に振る。
「人数が少ないというのもありますが、
選定に手間取っているようですね。
友好関係を結ぶ方針とはいえ、未だ一応
敵国でもありますので……」
―――というのは表向きの理由だろう。
亜人や獣人族の地位向上の機運が高まる中、
これ以上彼らの活躍する場を作っては、
あまりに目立ち過ぎる。
ジャンさんの方を見ると、彼も察しているのか
口元が少しだけ歪んでいた。
「チエゴ国に行った後は……
首都とか王都にいたんですか?」
私は話の流れを変えて会話を続ける。
「いえ、一度チエゴ国の王に会うためと、
婚約発表のために都まで行きましたが―――
それ以外はナルガ辺境伯様の領地におりました」
「ティーダのお義父さまとお義母さまが
いらっしゃる土地ですもの。
嫁ぐ身としては当然の事よっ!
あ、そういえば―――
あの手紙の返事、帰りにもらっていくの?」
ルクレさんの何気無い質問にギルド長が苦笑し、
「いやいや……
検討・議論・採択を経て―――
回答には一ヶ月以上かかるだろ」
「そうなんだ。
人間の世界ってメンドイ……」
国家としての返答なのだ。
そう簡単に即決出来る事でも無い。
しかし、いい感じに緊張が和らぐ。
「そうだ、ルクレさん。
時間があれば児童預かり所に
行ってもらえませんか?
貴女がいなくなって、子供たちが寂しがって
いるので」
「ウチに懐いていたからなー」
「そうですね。
後でお邪魔するとしましょう」
話が一段落したと見て、それぞれが飲み物を
口にする。
「でもこの公都へ来た時、また新たな料理が
作られていた事に驚きましたよ」
政治的な立場から離れ、獣人族の少年が
年相応の会話になる。
「そうそう!
特にあのソースとかいうのはスゴかった!
フライや麺類が全てあの味に……!
ティーダ!
アレ絶対持ち帰ろうね!!」
困ったように微笑むティーダ君―――
それを見て私もジャンさんも苦笑する。
「そういや、アルテリーゼやシャンタルは
元気してる?」
「ええ。
良ければ後で、挨拶がてら遊びに来て
ください」
すると彼女は急に下を向き、プルプルと肩を
震わせる。
一体どうしたのかと思って見守っていると、
「ふ、ふふふ……!
ウチはもう独りやない。
独りやないんや……!
なぜならティーダがおるから!!」
私もギルド長もどう声をかけていいかわからず、
ただ黙って先を待つ。
「そうや!!
別に運命の人が別種族でもええやないか!!
ていうかフェンリルって同族が!
出会いが少な過ぎるんじゃあああ!!
これでどーやって相手見つけるんじゃああ!!」
一通り騒いだ後、彼女は肩で息をしながら、
「でもまあええわ……
ウチはティーダを見つけた……!
アルテリーゼやシャンタルよりも!
若くて! ぴちぴちで!! 可愛いオスを!!
ウチの方が勝ち組やー!!」
何かのスイッチが入ったのか、一人で盛り上がる
ルクレさんを、あわあわと困惑したティーダ君が
こちらと交互に視線を向ける。
「これ、チエゴ国に伝えられたら―――
ドラゴン族との間に確執アリとか
取られませんかね?」
「う~む……
ちと落ち着かせるか」
その後、私とジャンさんはルクレさんを
なだめるため―――
時間と神経をすり減らす事になった。
「……何をしておるのじゃ、お主は」
「め、面目ない……」
夕食後―――
ルクレさんはティーダ君と共に、私の屋敷へと
来ていた。
黒髪ロングの妻が呆れとも疲れとも取れる目で、
旧知の友人が下げている頭を見下ろす。
同じくセミロングの黒髪のもう一人の妻が、
「いやまー確かにシンはいい年したオッサンだし、
ティーダ君は美少年だけど……
それなら年上としてルクレさんが、もっと
しっかりしてないとダメじゃない」
「至極ごもっともです反論の余地も
ございません」
頭を下げっぱなしのルクレさんに、獣人族の少年が
付き添いながら戸惑う。
「第一、我らからしてみれば―――
たいていの種族は年下であろうに」
「ピュー」
身も蓋も無いトドメを刺しながら、アルテリーゼが
ため息をつく。
「ま、まあ2人ともそのヘンで……
そういえばティーダ君、明日からワイバーンとの
通訳をやってもらう予定だけど大丈夫?」
「はい。すでに何頭かのワイバーンさんに話を
聞いておりますので―――
今日は児童預かり所に泊まった後、
明日から本格的に動こうと思っています」
良く出来た子だなあ……
これならルクレさんに多少の事はあっても、
カップルとしてはバランスが取れているのかも
知れない。
「あと、シャンタルさんのところへは?
先に行って来たと聞いているけど」
そこでルクレさんはようやく頭を上げ、
「いやー、アイツはブレないよ。
『わたくしのパック君に手を出さなければ
別にどうでもいい』
だと」
「そ、それとパックさんから―――
ワイバーンの巣で体調を崩した子供や成体が
いないか、聞いて欲しいと言われています」
彼女の後にティーダ君が補足して話す。
「でも、通訳がいないのはホントもどかしいねー。
意思疎通がスムーズに出来ている事の方が
おかしいんだろうけど……」
「しかし、魔狼は人間の言葉をしゃべれるので
あろう?
彼女たちに通訳はしてもらえぬのか?」
妻2人が指摘した通り、リリィさんを始め
人間化出来る魔狼は普通に―――
言葉でコミュニケーションが可能だ。
それは気付かなかったな、と思っていると、
「ウチは難しいと思うでー。
ティーダのような獣人族っちゅうのは、
特別なんや。
神獣であるウチの加護や影響を受けやすいし、
人間と同じように言葉という文化を持ち、
動物と同じような生活スタイルでも生きて
いける。
いわば双方の特徴を持っているからこその
通訳であって……
魔狼やワイバーンには厳しいんじゃないかな」
ドヤ顔でルクレさんが胸を張る。
「ですが―――
リリィさんは、夫のケイドさんと問題なく
会話しているように見えますけど」
私の疑問に、獣人族の少年が口を開き、
「多分それは―――
人間の姿の時のみではないかと。
魔狼は魔狼で、ワイバーンはワイバーンで……
意思疎通の手段を持っていると思われますし、
人間の言葉もある程度理解しています。
ですが恐らく……
魔狼の姿のままの子供とも、言葉で意思疎通は
出来ないのではないでしょうか」
ここでようやく理解が追いついた。
要は、例え血のつながった我が子でも―――
人間の姿の時は『別種族』なのだ。
人に完全に合わせたからこその会話であり、
母子であっても人間と魔狼では話す事は不可能……
という事なのだろう。
地球での人間と動物におけるような
コミュニケーションが、せいぜいと言った
ところか。
「そういえばラミア族の人たちも―――
ワイバーンと交流している事自体、驚いて
いたような……」
私の言葉に、家族と獣人族の少年の視線が
ルクレさんへと向かうが、
「確かにウチは獣に対する加護というか影響力を
持っているけど、アレは対象外というか」
一転して神獣が微妙な表情になる。
「ま、人間と暮らすのが当たり前のように
なっていけば―――
魔狼もワイバーンも、何百年か先には普通に
会話しているんでない?」
ルクレさんの言葉に妻2人が反応し、
「ドラゴン族も、どちらの姿でも普通に
しゃべっておったからのう。
ワイバーンも魔狼も、何世代か経てば可能に
なっておるかも知れぬ」
「そりゃまた、気の長いお話で……」
アルテリーゼの言葉にメルは苦笑する。
「でもそうなるとやはり―――
獣人族の派遣は必要だなあ」
特にワイバーンたちとの交流は増えつつある。
最低でも公都と王都にそれぞれ欲しい。
「それについては、早めに検討するよう本国に
申しておきます」
申し訳なさそうにティーダ君が頭を下げる。
その辺りの事情はメルとアルテリーゼとも
共有しており―――
わかっているだけに、こちら側としても
いたたまれなくなる。
私は視線を天井へと向けると、前に戻し、
「考えてみれば留学生って……
ティーダ君一人で途絶えてしまって
いますよね?」
「あ、そういえばそうですね」
彼は今まで忘れていたかのように、ハッとなる。
「人間・獣人族問わず―――
追加で留学生を迎え入れる用意があると
チエゴ国に戻った際に伝えてもらえませんか?」
多分これなら角は立たない……だろう。
こちらの意図を察したのか、ティーダ君も
パァッと明るい表情になった。
「わかりました」
「王都へは冒険者ギルド支部経由でこちらから
伝えてもらいます。
えーと……
この後は児童預かり所に?」
そこでルクレさんが一度軽くあくびをして、
「そうね。
ウチもそろそろ眠くなってきたわ。
子供たちも楽しみにしているだろうし、
このまま戻るね」
「チエゴ国でも―――
ルクレセント様は、子供たちに大人気
でしたからね。
それではまた……
失礼いたします」
こうして、玄関まで2人を見送り―――
夜は過ぎていった。
「新規開拓の候補地の……」
「見回りとな?」
「ピュ?」
翌日―――
午前中にティーダ君の通訳にルクレさんと共に
付き添い、それをギルド支部に報告した後、
宿屋『クラン』で家族と待ち合わせし、昼食を
取っていた。
「ああ。以前―――
メン専門の施設を作るって話があったよね。
結局、まあ……
公都の外に作る事になった。
というより、物理的な事情でそうするしかない」
(82話 はじめての そーす参照)
「でも今は、確か『ガッコウ』の……
調理実習のスペースを使って作っているんじゃ
なかったっけ」
「あそこではダメなのか?」
妻2人が現状と疑問を口にするが、
「今はガッコウが冬休みだからね。
さすがに子供たちが戻ってきたら、継続は
出来ないよ」
その答えにメルとアルテリーゼはうなずく。
「ギルド長が公都長代理と話し合って、
大方の位置は選定してくれたらしい。
第一候補は東の村との中間地点。
第二候補は、ブリガン伯爵領との境目付近に
作ろうかという話が出ている。
まあそっちは共同開拓っていう事になるから、
まだまだ先かな」
私の説明に2人は少し考え、
「となると、今回見回るのは第一候補?」
「東の村との中間か。
だが問題は無いのか?
客を取ってしまったりとかは」
「ピュウ」
確かに、東の村がコンタクトを取ってきたのは
そういう理由からだったのだが……
聞き返してくる彼女たちに私は、
「あっちの方も、今はいっぱいいっぱい
らしくてね……
むしろ新規開拓地の方は、すぐにでも
やって欲しいとの事らしい。
聞けば、当初は100人にも満たなかった村が、
今じゃ人口300人に迫る勢いだって」
何せ一番最初に―――
この町……今は公都であるココの予備として
機能するよう、投資・開発した土地なのだ。
最も近いという地理的条件もあり、料理や水路、
風呂トイレなどの最先端技術は真っ先にあの村が
反映される。
おかげで、公都『ヤマト』の富裕層地区である
西側に入れなかった下級貴族や―――
豪商ではないが、そこそこ裕福な商人たちの
隠れた穴場になっているのだという。
「だから、メン専門の施設を作るためというより、
本格的な新規地区の開拓となる。
一日で行って帰ってこられる距離だけど―――
測量その他、本格的に調査するんだって」
「ほうほう」
「ふぅむ」
「ピュッ」
納得した家族の答えが返ってきたところで、
食事を再開し―――
ギルド支部でパック夫妻と待ち合わせして、
その後、候補地へ向かう事を告げた。
「……でね、『ハヤテ』『レップウ』『ノワキ』が
巣へのお土産の件で―――」
「結構、ワイバーンさんたちも好みが別れて
いるんですよ」
(※『ハヤテ』『レップウ』『ノワキ』は
シンに敗れて奉仕に来たワイバーン。
71話
はじめての はなしあい(わいばーん)参照)
アルテリーゼが運ぶ『乗客箱』の中……
私とメルは、他のギルドのブロンズクラスや
職人さんたちと共に、ルクレさん・ティーダ君の
話を聞いていた。
ギルド支部へ行ったところ、本来はパックさん・
シャンタルさんと合流した上で―――
出発するはずだったのだが、
魔狼の一人に陣痛が起こり始めたとの事で、
パック夫妻は急遽病院へ。
そこでピンチヒッターとしてルクレさんが
立候補し、自動的にティーダ君も同行。
他、ワイバーン『ハヤテ』に乗ったレイド夫妻も
一緒に、候補地へ向かう事になったのである。
(ラッチは児童預かり所)
しかし……
「へー、家が飛んでいるみたい。
わらわも飛べるけど、この体験はなかなか
新鮮だー♪」
『乗客箱』の中で―――
透き通るような白い、ミドルショートの髪をした
12・3才くらいの少女が、窓の外を見ながら
はしゃぐ。
「……どうして氷精霊様までが?」
「だって、公都にいるより―――
貴方について行った方が面白そうだし?」
屈託のない無邪気な笑顔で答える。
この子の戦闘能力は不明だが……
万が一の時は空も飛べるという事だし、
危ない目にはあわないだろう。
「でもコッチは獣人族とフェンリルの
カップルさんかー。
ホント、初めて見るものばっかりで
退屈しないよ」
不意に視線をルクレさんとティーダ君に
向けると、
「ウチもこうしてちゃんと―――
精霊と話すのは初めてかも」
「そうなんですか?」
少年が聞き返すと、少女の方が先に口を開き、
「交流する理由が無いもんねー。
会ったとしても素通りとかそんな感じ」
やたら淡泊な気もするが―――
双方とも人知を超えた存在っぽいし、それらが
関わり合う事は少ないのかも知れない。
基本的には一人で生きていけるし(精霊がどういう
生命活動をしているのはわからないけど)、
協力する、もしくは敵対する必要が無ければ、
無理に関係を築く理由は無いのだろう。
「レイドからの指示じゃ。
そろそろ降りるぞ、シン」
15分も飛んだところで、アルテリーゼから
『乗客箱』内へ通達が入る。
「お、もう到着か」
東の村まで、アルテリーゼは片道20分ほどで
飛べる。
その中間地点まで15分かかったという事は、
それなりに速度を落としつつ飛んだのだろう。
乗客もいるし荷物もあるのだから。
バサッ、バサッとゆっくり地上へと降下し……
調査隊の一行は現地へ到着した。
「ではみなさん、作業に入ってください。
今日のところはあくまでも測量と周辺調査
だけです。
ブロンズクラスの方々は職人さんたちの
護衛を―――
危険があれば『乗客箱』に避難してください。
また上空では、レイド君が範囲索敵で警戒中
ですが、連絡があれば即退避をお願いします」
降り立った場所は―――
ある程度開けてはいるものの、人の手がほとんど
入っていない森林地帯だった。
東の村までは何度か行き来した事があるが……
道は本当に通り道以外は放置状態であり、
自然がやりたい放題している印象。
整然と並んだ木々や平な地形など、本来は
あり得ないという事実を実感する。
「ウチは何をすればいい?」
「出来れば周辺警戒をお願いします」
ルクレさんの問いに答える。
本来、こういった仕事は魔狼ライダーたちの
役割なのだが……
大人の魔狼は全員メスであり、しかも今は
軒並み妊娠しているので―――
開店休業状態なのである。
「わかった!
ティーダ、乗ってや!」
「は、はいっ」
フェンリルの姿になった彼女は、獣人族の
少年を乗せると、のそりと歩いていく。
私とメル、アルテリーゼは『乗客箱』の
近くで待機し―――
「わらわはどうするー?」
「と言われても……」
氷精霊様に問われた私が困惑していると、
不意に地面に振動が走る。
「!?」
「えっ!?」
「何じゃ?」
地震!? とも思ったが―――
周囲を見渡すと土が盛り上がりながら、
こちらへ向かって来て、『それ』が直前で
顔を出す。
体は毛で覆われ、細い鼻を突き出し―――
鋭い爪を前方へピタリと並べ、
「……モグラ?」
地球で言えば、それが一番近い外見だろう。
地上に突き出た頭の部分だけでも、2メートル
近い事を除けば。
そいつは周囲を確かめるように頭を左右に
振っていたが、アルテリーゼの姿を確認した
途端、すぐに方向転換し地面へ戻っていく。
「アース・モール……!
基本的には臆病な魔物だけど」
「だが、あやつは肉食じゃぞ!」
メルがその名前を口にし、次いでアルテリーゼが
危険性に言及する。
「皆さん、退避、退避ー!!
ルクレさんはなるべく人を回収して!!」
声が聞こえたのか、フェンリルはその速度を
上げて駆け出す。
「わらわはー?」
「上で待機して!」
氷精霊様に向かって指示を出すと、土が
盛り上がる後を私と妻2人で追いかける。
ドラゴンに追いかけられている事が
わかったのか―――
その盛り土の道は途中で止まった。
多分、地中の真下へと方向を変えたのだろう。
こうなると追跡は不可能だが、あちらも
手を出してくるには時間がかかるはず。
とにかく、全員に『乗客箱』へと避難して
もらう事にした。
まだ作業は始めたばかりだったので、
5分もしない内に撤収。
そしてドラゴンになったアルテリーゼによって、
私以外は上空待機となった。
「さてと……」
基本的にモグラというのは、メルの言う通り
臆病な動物だ。
ただそれが―――
こうして人間、しかも複数いるところへ姿を
現すというのは、理由は1つ。
地球であれば『空腹』が挙げられる。
しかし、成体であれば必須ではないし、危険を
犯すほどの事とは思えない。
もう1つは―――
『ナワバリ』に入ってきた侵入者の排除。
実はモグラというのは、非常にナワバリ意識が
高い動物だと聞いた事がある。
しかもここは恐らく、普段人が入ってこない場所。
ドラゴンは想定外だっただろうが、あの巨体なら
人間の団体を退けるくらいは容易いだろう。
私はあえてウロウロと歩き回り……
『ここにいるぞ』とシグナルを送る。
すると振動が起こり、地響きとなり―――
再びその巨体が姿を現した。
地中に住む動物は視力に頼らず、匂いで識別を
しているが……
その鼻をヒクヒクと鳴らしつつ、こちらへと
向ける。
「手っ取り早く済ませますか……」
職人さんやブロンズクラスたちははるか上空、
能力がバレる心配は無い。
私は小声でつぶやく。
「この巨体で動き回る哺乳類など―――
・・・・・
あり得ない」
すると、地中から出していた上半身を
ドスンと地面の上に落とす。
恐らく地中は這うようにして進んでいたの
だろうが―――
そのサイズ比の手足では無理だろう。
自分の体重に潰され、長い事はない。
私はメルかアルテリーゼにトドメを刺して
もらおうと見上げると、
「ふ~ん……?」
「な……!?」
そこには、ニヤニヤしながら浮かぶ―――
氷精霊様の姿があった。