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第五章
募る悲しみ、離れる心
あの日以降、これまで撮影に時間を掛けることの無かった千鶴は、撮影自体に苦戦するようになった。
「千鶴、どうした? その服にその動きは合わない。それではお前の良さも服の良さも映らない」
「す、すみません……」
蒼央と千鶴の間にも距離が出来、それが影響して意思の疎通も出来ずに何度も撮り直すということが増えていく。
周りも二人のやり取りを見て何かあったのではと思うものの口出しも出来ず、和やかな撮影風景は全くと言っていい程無くなり、終始緊張感の漂う現場になっていた。
今日もほぼ一日掛けて何とか撮影を終えた千鶴。
スタッフや蒼央に向かって頭を下げた彼女は一人スタジオを出て外の空気を吸いに行く。
(……撮影、また凄く時間掛かっちゃった……このところずっと、迷惑掛けっぱなしで申し訳ないな……)
自分のせいで周りに迷惑が掛かったことに申し訳無さを感じた千鶴は自己嫌悪に陥り、浮かない表情が更に暗いものへと変わっていく。
「――千鶴」
「!!」
そんな彼女を心配した蒼央が片付けもせずにやって来て声を掛けるも、千鶴は身体をピクリと震わせるものの気まずさから振り返ることをせずに俯いたまま。
けれど蒼央はそんな千鶴の思いに気付いていないようで当たり前のように彼女の横に立つと、
「千鶴、やっぱり調子が悪いんじゃ無いのか?」
心配そうに声を掛けた。
「……いえ、そんなことは、無いんですけど……」
「本調子じゃ無いことくらい誰が見ても分かる。無理はするなと言ったろ?」
「無理なんて……」
「今日のところは何とか撮影を終えることが出来たが、本調子で無いお前を撮り続けることはしたくない。明日の撮影は延期にしてもらおうと思う」
「え?」
「明後日は元から休みだし、明日も休んで調子を整えた方がいい。二日休めば、少しは疲れも取れるだろう?」
「そんな! ただでさえ撮影押してしまったのに、その上休むだなんて! スケジュールだって組み直すのは大変ですし……」
「それはお前が心配することじゃない。スケジュールについては俺が何とかするから任せておけ」
「でも……」
「とにかく今は休むことが最優先だ。分かったな?」
「……っ、分かり、ました……」
色々言い分はあるものの、マネージャー業を担ってくれている蒼央に遠慮していることや、自ら蒼央と距離を取っている後ろめたさから意見することを諦めた千鶴は素直に頷くことしか出来なかった。
千鶴は蒼央と顔を合わせるたび、会話をするたびに胸を痛め、更には自分のせいで周りに迷惑を掛けることに申し訳なさを感じていく。
そんな千鶴を心配するも、そもそもの原因が自分であることに全く気付いていない蒼央は彼女のことを思い、どうすることが最善なのかを考えるも、悪化の一途を辿るばかり。
そんな状況の中、千鶴の社長である佐伯は不調が続く彼女を心配し、スケジュールを調整して時間を作り、撮影スタジオへ足を運んでいた。
編集長やスタッフたちに混じって遠巻きに撮影風景を覗いていた佐伯は、あまりの千鶴の出来の悪さに驚き、このままではいけないと蒼央がスタッフたちの方へ向かったタイミングを見計らって声を掛けに向かう。
「千鶴」
「社長……」
「今日これから少し時間を貰えるかな?」
「はい」
佐伯が来ていたことに驚いたものの、このところ撮影に影響を及ぼしているのだから当然のこと、そして、そのことに関して注意されるのだろうと覚悟を決めて頷いた千鶴は辺りを軽く見回してから小声で、
「……あの、それって蒼央さんも一緒でしょうか?」
蒼央も同席するのかを尋ねると、
「私としてはどちらでも構わないが、千鶴はどうしたいのかな?」
佐伯はまるで試すような口振りで質問を返した。
実は佐伯は、今回の千鶴の不調の原因が蒼央では無いのかということに密かに気付いていた。
ただ、確信は無い為、千鶴の様子を窺っていたのだけど、先程の彼女の言葉がほぼ確定であることを悟る。
その上で、千鶴自身の口から彼女の意志を聞き出そうと、あえて試すような形で質問を返したのだ。
そんな佐伯の返しに、若干気まずそうな表情を浮かべた千鶴は、
「……出来れば、蒼央さん抜きで、お話がしたいです……」
今の自分の気持ちを佐伯に打ち明けたのだった。