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宿雪がまだ空気を冷やし、夜空を白雪が翔ける、冬の終わりのことでした。
彼のダウンコートとわたしのファーコートが、まだ冷たい床暖房の上で乱雑に混ざりあっているのを見て、不覚にも体が強ばりましたが、
暖かい人肌を求めたのは、紛れもなくわたしの方でした。
彼は優しい人でした。わたしが何処にいようと、何をしていようとも、彼はわたしを愛す、と言ってくれました。
そんな彼に、わたしは少し、いや、かなり、甘えていたのかもしれません。依存していたのかもしれません。
でもきっと、彼にはそんな気はなくて、無理にでもわたしの気持ちに寄り添って、こうして事を行ってくれるのだろうと、薄々は気づいていましたけれど。
それを自覚するのが、怖いのです。
この不明確で生微温い関係が、何故か心地よくて、貴男がここを去るとなれば、すぐに遣らずの雪でも降らせてしまいたいと思うほど。
でもそんなことはできないから。
今日も彼の気を使いながら、わたしは彼の強靭な身体に身を委ねました。
こうして居ると、日々の孤独からいっぺんに解放された気分になります。彼の心拍が、わたしの心拍と合わさる瞬間そのものが、中毒性の高い心地よさで、すぐに身体中が熱れてしまいます。
この関係がいつまでも続きますように。なんて彼にとってはすごく迷惑な事を願いながら、わたしは無抵抗のままで身ぐるみを剥がされ、一言こう呟くのです。
「ぐちゃぐちゃにしてください」
それに続いて、彼の顔は遺憾をあからさまにしたのです。
「しないよ、そんなことは。もしそうしたら、きみが本当に壊れてしまうだろう」
あぁ、この男は。一体今まで何人の女をその声色で口説いて来たのでしょうか。
本人が思っていなくとも、きっと彼に夢中な女は何人もいるのでしょうに。
少しの優越感を噛み締めながら、一晩中、彼の無骨で大きな手に踊らされ続けました。
結局、彼は言葉通り、わたしをぐちゃぐちゃにはしませんでした。
その中途半端な行為が、わたしの息の根を苦しめているとも知らずに。
でもそれが、彼なりの優しさであること、彼もまた、わたしと同じように、一線を超えてはいけない立場であることを知っているから、何も文句は言えないのです。
なんて、難痒い物語なのでしょう。
「雪が降っているね」
玄関先で外に降り積もる銀色を見て、彼は一言呟きました。
わたしは彼に聞こえないように、そっと愛を囁きました。
「 」