大雨のあとの、晴れ渡った朝の空を、磨りガラス越しに眺めていた。
昨夜までの、バケツをひっくり返したような土砂降りの雨は何処へ行ってしまったのやら。
そんなの、何処でもいいだろう。
なんにせよ、もうここに彼女は居ない。
それだけのことで、おれの存在価値を忘れてしまうほど、
おれは彼女を愛していた。
けれど、おれにチャンピオン就任の知らせが来た途端、彼女は明らかにしおらしくなった。
もうそろそろ、この不確かな関係に幕を閉じたい、と切に願っていた故の、彼女の行動なのだろう。
「おれはまだ十二分に彼女を知れていないのに、きみはおれから離れようとするんだな」
こんな抉れた台詞、娑婆から見たおれとは、かけ離れすぎている。
似合わないなんて思いつつも、嘘は吐けない性故、結局はその事実を受け入れるしか道がないのだ。
ふと、昨晩の事が頭を過った。
最後の彼女は、いつもより優しかった。まさに、氷肌玉骨と言っても過言ではないだろう。
その肌は薄氷のように白く透き通り、冬の気温に晒されてか、おれの指から触れた体温は微かに冷たく、極めて静かな脈拍が感じ取られた。
その肌の下には、幾つもの毛細血管が張り巡らされているのが見え、水彩絵の具を水で溶いて、薄く蒼を落としたような滲み具合だった。
また、鎖骨付近は、真珠を中に埋め込んでいるかと思ってしまうぐらい丸々としていて、その存在を浮かび上がらせる輪郭の、柔らかさが明らかだった。
部屋は、雨の咽かえるような匂いが彼女独特の雰囲気と混じり、鼻腔を覆いつくすほど、色香が漂っていた。
なんて、幽玄な女なのだろうか。
その髪をなだらかに梳れば、まるで正気を抜かれてしまうかのような。
その眼をじっと見つめれば、彼女に思考を読まれてしまうかのような。
その唇をゆっくりなぞれば、おれの悪態が打壊れてしまうかのような。
あゝ このひとは。
本当に生きているのだろうか。
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