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処女作

イギ江戸です。話が右往左往し過ぎておかしくなる前に供養します。恥ずかしくなったら消す



特定の国への反感及び侮辱、犯罪や虐殺賛美による戦争の誘発、反社会的思想を促す意図等は一切御座いません。又、本小説は実在する国や出来事との関わりも御座いません。







上は提灯、下に煤砂利、横には奢侈淫佚の民。

艶やかに色付けされた花魁共々の練り歩きが夜の淋しさを棄て、性の香った蜜を舐るような、人よりも艷冶な朧夜を、ひたすらに見下ろしている。どうやら夜蝶は蛾と違い、光であって、光に集らないらしいのだ。その代わり、蛆も大概なほどに、蛾がまとわりつく場合も確かにある。それが、たとえ展翅に晒されても……今やその様だが……人の手を加えて、より一層翅を拡げた蝶は、素人目線でも達者だと感嘆する。蛾が集るのも無理はない。実際、目の前の光景は、イギリスにとって正にそのようなものだった。

美しいものは嫌いではない。

宝石、花、絵画、場の風景。目に収めた美しいものは、只管狩り獲るのが主流故、欲を言えば、命を殺めてでも好きである。だが、この夜の蝶は、触れたら崩れる儚さ云々、殻にこもるばかりで、少しばかり恐怖を感じる。

目を見張る代物だろう、と、江戸が優しく笑った。

「どうだい。この眺めは。なんとも惨くて美しい園だろう。坊主の家にもあるかい」

果たして、あって良いものではないが。

へらりと笑う江戸は、白無地の寝衣を装い、生白く薄い体は華奢だが、骨張った手や足は男のそのものであった。とはいえ、些細な仕草一つまでもが艶めかしく、嫋やかに、そこいらへ蔓延る着飾った女子供よりも確かに、手弱女に見えないこともない淑やかさを魅せる。

──嗚呼、全く美しいものですよ。

蝶に纒はす蛾は勿論、園に居坐る蝶よりも、吊るされた提灯の光すら、貴方には敵いませんよ。たった一つ、私の瞳に映る貴方は、美しいですよ。

言うか否か、いや、言うまでもなかったが、口説き文句では飽き足らず、その微かに色付いた頬へキスを落とそうと、イギリスは窓外の景色から身を離し、江戸の方へゆっくりと近付いた。理由は無いが、なんとなく、丁寧に扱うべきだと感じたからだ。

「……やはり、西洋にゃ寝衣は堅苦しいかい」

「どうしてそう思うのです」

「坊主がいやにゆったりしているからだよ、和蘭も然り、しゃんとした身なりの時は機敏に働くクセして、だのに、郭中を練り歩く花魁のような……まあ、無理して寝衣を巻かなくて良いだろう。生憎ここには、俺と坊主以外、誰もいないさ」

だが、坊主はバタ臭い背広でも着て、八方美人のまま、俺なんかにゃ目もくれず生きていたら良かったのになあ。此処に一人でも誰か居りゃあ──和蘭でも、米利堅でも構わないが──顔を変えて、こんなに隙はない筈だ。まったく、後ろから突く余裕なんか作っちまって、こんな者を、あずまの老いぼれを、どうにも離しておけなかったのか。

坊主も可哀想に。江戸が、ぽつりと呟いた。

「不幸者だよ。何方構わず、化身だ。それに、坊主は国だ。そうでなければならない。俺は、俺が望んでも、坊主のものにはなれないのだろう。俺は国じゃ無いからなあ。血を見ることは御免だが、唯一の占領は、主と下僕の立ち位置で、生殺しなら、戯れなんか出来やしないんだ」

躾は愛と思わない質なものだから、生殺与奪は、流石の江戸もイギリスに寄越すことには躊躇する。国が国であるものならば、一時の混じり合いは出来ても、それを永遠に誓うのは、限りなく不可能に近い。植民地すら時々逃げ出すのだ。それを知った上で、イギリスは江戸に思いを馳せる。好きであることに変わりはないと、いつか確かにそう言った。だから、

「それが国であろうと、国がたとえ恋情を馳せても、何、おかしくはないでしょう?」

と、応えを寄越した。

「嘘をつけ、対面で鉄砲を突きつけた野郎が今更、ハハ、犬以下を愛でるなんて。花を茎から抉る者が、抑制が効かなくなったらどうするってんだい」

「謁見時に刀を提げるお方に言われたくありませんでしたねえ。ですが、私だって、小さき美しさを重んずるのですよ。幾年を重ねて得た美しさというものは、一時の解釈から盲目に過ぎず、然し、確かに存在するので、何度でも惚れ直すことが出来るのです」

貴方のことですよ。そんな戯言が幾らかまろび出た後、何方かが言葉を紡ぐ前に、子供の戯れの如く、軽いキスを幾つか交わした。ささやかなリップ音の後、毎度顔をほんのり赤らめて微笑む江戸の、その一瞬が、とても美しいとイギリスは思う。最長寿国へ名を連ねるにも関わらず、押されると弱気になる姿勢も同様に。

瞬きが勿体無いほど、何度も恋に落ちる。言葉で言い表せない感情、口説き文句で済まされない言い訳。

絶対に結ばれない、滑稽な恋慕を前提として。

──何かに、似ている。

何故か、なんとなく、イギリスは先程の練り歩く花魁を思い出した。

花魁、遊郭の女郎、女を売り、女として生きる者。夜の街の花で、蝶で、客は幾ら気に入られようが、売り物に自身の名札を付けることが出来ない。唯一の一夜が、薄っぺらな身体の関係だけが表面上愛し合った証拠として残る。それ以外は、客が客でなくなったら、おざなりは全て破綻する。遊郭に展翅された蝶は、甘い誘惑で客を引き寄せ、高い銭で買われ、果たして、今更一から本当に愛したところでの話だ。開ききった翅は飛べず、空いた風穴は二度と戻らない。

──あ、これだ、これこそがまさに。

自分達と同じである。

いつまでもイギリスのものになれない江戸。一夜の繋がりによる愛情はまだしも、ただの貿易相手となると、切られれば無関係の島国となる。幾らでも広がる大海を知らず、狭い土地に自ら展翅される江戸の、まだ誰にも触れられていない翅だけが唯一の救いと共に、これから針を刺して、穴を開け、美しい額縁に飾るのだとすれば、願望であれど、それもまた、死にきった夜の蝶となんら変わらない。江戸をイギリスが手に入れれば、どう足掻いても首を絞めて殺してしまうことになる。それは、今更愛しても変えることなど出来ない。彼は、きっと二度と飛べなくなるだろう。

イギリスにとって、それは果てしなく恐ろしい。

一定の繋がりを持った国が死ぬことは幾度と経験している。殺しもしている。皆、情は無かった。

ただ、次は、最初で最後であろう好い者に手を掛けることが、これだけが恐ろしくて、どうにも許せそうになくて、殺害に使った器具を、たとえそれが手であっても、最期の温もりを感じながら、共に心中を図るだろう。

花魁を観た時、確かに恐怖を覚えた理由がわかった気がした。

美しさは儚さで、儚さというものは、おそろしさ。

命ある限りの、美しさが故の、おそろしさ。

美しいものは嫌いじゃない。だが、恐ろしいものは嫌いである。誰だってそうだ。ただ、イギリスは、命の天秤に掛けられた美しさの代償までも見据えるその感性から、恐ろしさを無視出来ずにいた。命でない美しいモノだけで辺りを囲い、知らないふりをしていた。

漠然とした不安に憑かれている。

だから、こうして、無意識のうち時々江戸にくっついては、命の音を聴いて、生きているのだと安堵するイギリスも在った。

「おお、よしよし、大きな子、坊主は寂しがりだから。知っているぞ、紳士気取りの泣き虫で、スカしているくせに余計な心配ばかり考えて、勝手にめそめそするんだ、この坊ちゃんめ。抱きしめてやろうか」

「……それが、良いのなら、是非」

抱きしめてください、私を。ここは美しすぎる。恐怖で押しつぶされそうな私を、どうか抱きしめてやってください。この不安を消し去りきれるのならば、是非。

無用の願いだった。

イギリスにしか見えない、美しいものの翳りに映る苦悩を気付くきっかけとなった江戸への、微かな逆襲。ただ、願ったところでその翳りは消えない、春に花が咲いて、小川へ水が流れるのと同じように、切り離せない存在に戦慄しようが、足掻こうが、どうにかなる訳じゃない。一時の感情は勿論幾度となく訪れる。故に、果てしなく続く日々の中で、さも無用な願いだった。

「いいだろう。ほら、おいでよ。……今日はもうやめて一緒に眠ろう。俺は明日も居るし、坊主の腑抜けた面で大笑いしてるはずだ。それに、俺は坊主になら、殺されたっていい」

──どうして、どうしてなのか。その疑問に答えるかわりに、江戸はイギリスの背をさすった。

死んでひとつになれる幸せは知らない。長く生きすぎてしまった。ただ、江戸を殺すのはきっとイギリスで、呆気なく死んでしまった江戸を見てイギリスは何を思うのか。彼は死んでも美しいだろう。ただ、翳りなく、ただ美しいだけの彼になって、やっと手に入れた時イギリスはいつまでも泣き暮らすに違いない。喜びでもなんでもない、臟が千切れる思いだけそこに残る、生殺し。だから、目の前で生きていてくれた方が充分とも思える。

「…どうか、どうか貴方だけは、捕られることも雨に打たれることも無く、美しいまま、美しく散ってください。私は、それが良いのです。少しでも汚れてしまえば、汚してしまえば、本当に、殺してしまう気がするんです」

身勝手であった。

美しいものを愛し、その翳りに怯え、ひとつになりたいが、繋いだ瞬間、この手で殺してしまう。それでも嫌いになれず、どうしようもないまま、こうして身勝手な強要をする。それでも、イギリスが唯一彼を守れる方法として、選んだ結果であった。

坊主は変わらねえや、江戸はそう言って、なんでもないように話す。

「殺してもいいってのに、人みたいなこと言って、全く坊主はいつまでも、臆病で泣き虫で、勝手な御国様だ」

ただ、俺はそんな坊主が好きだよ。どうやら、坊主だけには愛するよりも愛されたいと思えるらしい。だから、坊主がそれを望むなら、俺はそれに従おう。

それじゃあ、主従と何も変わらない──そう言おうとしたが、愛おしそうに此方を見る江戸の所為で、なんとなく、まだ大丈夫だろうと、イギリスは今度こそ、本音のままに笑った。

この作品はいかがでしたか?

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コメント

2

ユーザー

またTERRORに最高の逸材が増えた...語彙力といい文章の構成といい、めちゃくちゃ雅な雰囲気が伝わってきました。イギ江戸大好きです本当書いてくれてありがとうございます😭

ユーザー

す、素敵すぎる!

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