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Side 健治
看護師に呼ばれ、駆け付けた時には、美緒は包帯だらけの姿でベッドの上に居た。
聞けば、発見時、階段の踊り場で倒れていたという話だ。
売店に行ったはずの美緒が、なぜそんな事にと思いつつも、もしかしたら……。という一抹の不安が頭をもたげた。
そう、ここは緑原総合病院だ。
野々村果歩が居ても不思議じゃない。
俺が、野々宮と付き合ったばかりに、美緒に危害を加えられたら、と考えると気が気じゃなかった。
意識が回復した美緒からは、「階段のところで、誰かに突き飛ばされた」聞かされ、背中に嫌な汗がジワリと浮かぶ。
「階段のところで、誰かに突き飛ばされた」の《《誰か》》なんて、ひとりしかいない。
こんなことを仕出かすなんて……。
面会時間が終わり、美緒の居る病室を後にした。
果歩に対する怒りで、手が震える。
車に乗り込むと直ぐに、果歩へ電話を掛けた。
だけど、コール音をくり返すばかりで、果歩が電話に出る事はなかった。
「くそっ!」
苛立ちばかりが募っていく。
眠れないまま、朝を迎えた。
窓から差し込む日差しの眩しさに思わず目を細める。
寝不足のせいか軽い頭痛がしたが、こんな痛みは、階段から落ちた美緒の比じゃないはずだ。
自己嫌悪という言葉では、足りない。
本当に自分で自分が嫌になる。
美緒に危害を加えられるぐらいなら、果歩とは付き合えない。
野々村果歩との関係は、今の俺にとって負担でしかなかった。取引を持ち掛けられ、断り切れずにずるずると続いてしまった。
会社での出世とか、どうでもいい。果歩から解放されたいと心から思った。
昨晩から何度も果歩に電話を掛けたが、電源を落としているのか、機械的なメッセージが聞こえるだけだった。
あきらめて、メッセージを入れた。
「連絡をくれ」と……。
眠気覚ましに熱めのシャワーを浴び、身支度をする。美緒のところへ、行くためにクローゼットを開けボストンバックを取出した。
スマホの充電器や、推理小説の単行本、着替えにタオルをバックに詰め込むが、ふっと美緒の言葉を思い出し手が止まる。
「おっと、化粧品も……入れないとな」
洗面所に行き、化粧水と乳液の口をキュッと締め、バッグに仕舞い家を出た。
車に乗りバッグを助手席に置いたタイミングで、スマホが振動を始める。
画面を見ると、野々村果歩からの電話だ。
スワイプすると声が聞こえてくる。
「健治ってば、何度も電話して、どうしたの?そんなにわたしに会いたくなったのかしら?」
悪びれる様子もなく、しれっと言葉を吐き出す果歩に苛立ちを覚える。
「昨日、どこに居たんだ。電話にも出なかったじゃないか」
「ふふっ、どこでもいいじゃない?わたしの勝手でしょう?」
果歩からは。まったくと言っていいほど、反省も色など微塵も感じられなかった。
だが、美緒を階段から突き落としたと、果歩から言質を取りたい。
「昨日の昼過ぎ、どこに居たと聞いているんだ!」
「あら、感じ悪いのね。大口の取引相手にそんな言い方をしても、いいのかしら?」
果歩は、自分の権力を振りかざし、俺を黙らせようとしている。
確かに、果歩がやったという証拠など俺には無い。
美緒にさえも直接、果歩がやったと聞いてはいない。それとなく伝えられただけだった。
現段階では、果歩が美緒を突落したと言うのは、憶測でしかない状態だ。
しかし、他に誰が美緒を突き落とすというのか……。
今回ばかりは、果歩に従う気などなかった。
「それで、昨日の昼過ぎにどこに居たんだ」
「ふぅん。そういう事言うのね。まあ、いいわ。それなら、私にも考えがあるんだから」
果歩の態度に、俺の苛立ちはピークに達していた。
怒りで手が震える。
「わかった。もういい、美緒に危害を加えられてまで、お前と関係を続けるつもりはない。取引を中止にしてもらっても結構だ。この先、お前とは会わない」
怒りに任せ、怒鳴りつけた。
しかし、果歩からの返答は無く、しばらく沈黙が続く。
少しは反省したかと思いきや、電話口からは笑い声が聴こえてきた。
「アハ、アハハ、何怒ってんの!? 健治ったら、必死になっておかしいんだから」
ゾワッと怖気が走る。この状況で笑うなんて尋常じゃない。
「それで、昨日の昼過ぎどこに居たんだ?」
「そうね。緑原総合病院……に」
これで、果歩の言質が取れる、そう思った時だった。
あっという間に俺の期待は裏切られる。
「居たって言って欲しいのよね。健治……でもね。残念だけど、わたしが居たから何だっていうの。あの女がケガをしたからと言って、わたしには関係ないわよ。そこまで、言うなら証拠を見せてくれるかしら?ふふっ」
”あの女がケガをした”
確かに果歩は、そう言った。
危害を加えられて……。とは、言ったが、美緒がケガをしたといは言っていない。
言葉の綾と言われれば、うなずいてしまいそうな言い回しだ。
だが、果歩が緑原総合病院に居なかったとしたら、美緒がケガをした事を知っているなんて不自然だ。
いくら病院関係者とは言っても、入院患者の事まで把握するほど、果歩が仕事をしているとは考え難い。
やはり、美緒を突き落としたのは、果歩以外に考えられない。
「証拠なんて無い。けれど、もういい……果歩、お前には付き合い切れない。取引中止を会社に言って、首でも何でもしてくれ……」
「あら、そんなに簡単に行くかしら? あの女の事が大事なら、わたしの言う事を聞いた方がいいんじゃない?」
心臓の鼓動が早くなり、嫌な汗がジットリと浮かぶ。
「何を言っているんだ……」
「さあ、どういう事なのかしらね。ふふっ」
と、いう言葉を残して、プツンと通話は切れてしまった。
「おいっ!」
叫んでも、ツーツーツーと無機質な音が聞こえて来るだけだった。
いったい何を考えているのか、野々宮果歩の思考が全くと言って理解できない。
わがままな所は昔からあったが、ここまで話の通じない相手ではなかった。
最近の果歩は、常軌を逸している。
だいだい、美緒に大ケガを負わせた事だって、犯罪行為だ。
その上、何をしようというのか……。
俺が会わないと言えば、美緒に嫌がらせをするとでも……!?
ハッと思い当たる。
最初に、俺が別れ話をした後、美緒に嫌味を言いに、予約した料亭に現れた。その時は、美緒がショックで倒れてしまったのだ。
そして、ホテルで果歩を拒絶した事を根に持ち、今回の事をしたとしたら?
俺が「別れる」と言うたびに美緒に何かをしているような気がした。
それに、さっき野々宮果歩が言った事が気になる。
”あの女の事が大事なら、わたしの言う事を聞いた方がいいんじゃない?”
「また、美緒に何かするとでもいうのか……」
まさか……と、打ち消しても、不安が胸に広がる。
腐女子の栗
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