コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
雨の中、地面にぶつかり弾ける水に赤色が溶けていく
鉄臭さを洗い流すように叩きつける雨の音が、遠くで鳴っている救急車のサイレンをどこか非現実的な物にさせていた
ひしゃげた傘が風に転がされて行くのが見える
俺は傘をさしていない
でも風に遊ばれていたひしゃげた傘は俺の物ではなく、俺の腕の中で目をつぶっているの彼の物だ
俺の傘はすぐ近くにあったが数分前から本来の役割を放棄して、すでに湿っているコンクリートを雨から守っていた
今は自分に直接降り注ぐ雨よりも、腕の中で力無く目をつぶっている彼の方が冷たく、それがショックだった
冷たく、動かない
そんな彼はまるで人形のようで、ひどく趣味の悪い人形だと思った
指先の感覚はない
思考と体が切り離されたみたいに、この体が自分の物ではないような気がした
腕の中の彼に水滴が落ちる
雨なのか涙なのか分からなかった
けど遠くで誰かの泣きじゃくる声が聞こえる
息が苦しい目が熱い
ああ。俺が泣いてるのか
救急隊員が彼を見て左右に首を振る
脈も呼吸も無く、彼は本当に人形になってしまったみたいだ
目を開くと灰色の天井が視界に映る
自分が目を覚ましたことで自分が寝ていたことに気付き、先ほどまでのあれが夢だったと理解した
横を向くと隣で彼が眠っているのが見える
床で寝ていたようで体を起こすとあちこちが痛かった
窓の外を見れば微かに東の空が明るくなっているがまだまだ濃紺色が空の大部分を覆っていた
俺はいつの間にか習慣になっていた無意識のため息をつく
またあの時の夢だった
彼が事故にあった時の思い出をリフレインする夢
しかし今、隣に彼がいることから分かるように、現実のあの時は、彼は一命を取り留めた
この夢はそうでなかった場合の最悪の夢
いや···最高に幸せな夢か?
俺はさっきまでのあれが夢だったことに確かに落胆していた
この夢みたいに、あの時に死んでくれていたら良かったのかもな
綺麗なバッドエンドで
「俺は、お前を嫌いになりたくなかった」
この数分の間に明け始めた空が切り取られた窓から視線を下ろし、隣で眠る彼の頬を撫で、呟く
「嫌いになる前に、消えてくれれば良かったのにな」
あの事故の日のように湿った床に目線を落とす
隣で眠る彼はあの夢の中のように冷たい
しかしあの日の傘の代わりには包丁がすぐ近くに転がっていて、本来銀色のはずのそれは俺の手のひらと同じく赤色に染まっていた
密閉された空間で濃厚な鉄臭さを洗い流してくれる雨などは降っているわけもなくて
俺の隣で眠る彼の血が赤色の水溜まりを作り、雨水とは似てもにつかないそれが、俺と俺の隣で眠る彼を濡らしていた
俺らは、何を間違えたんだろうな。