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自分がオーナーを務めるメンズキャバクラ シャングリラの二階の事務所にて、ソファを背に目の前の空虚な空間をじっと眺めていた。
電話中だからこそ、自分の顔が相手に見えないのをいいことに、思いっきり眉を顰める。耳に聞こえてくるのは、下でおこなわれる営業中の店の音ではなく、喜びを隠しきれない友人の声だった。
『聞いてくれよ、昇さん』からはじまり、怒涛の勢いで喋る笹川に気圧されて、藤田が合いの手を打つ暇すらなかった。しょうがないのでしばらくの間、呆れた顔をキープしたまま、笹川の語りを黙って聞く。
『でさ、危ない橋本さんを助けに来たのが宮本っていう、どこからどうみても普通の男だったんだ。あの橋本さんを相手にする男だから、強面系のゴツい男が登場すると思ったのにさぁ。俺としては、すげぇ残念な展開だったわけ』
(俺個人の意見としては、小柄で童顔の男が橋本さんを組み敷いてる絵面のほうが、見栄えがいいけどね。しかし、やっぱりというか――)
橋本に黒い手帳を預けたことが失敗だったのを、会話の内容で把握したと同時に、笹川が橋本に喧嘩を吹っかけた事実に頭を抱える。あとで謝らなければと、心の中にメモった。
『宮本が現れた瞬間に、橋本さんの殺気がぶわっと上がったもんだから、これは面白いコトになるってわかったんだ。当然、宮本ってヤツを潰しに行くんだけどさ』
「昴さんってば、本当に喧嘩っ早いんだから。一般人を相手に、ヤクザの本気を見せて怖がらせたいなんて、趣味が悪すぎる……」
『橋本さんは一般人じゃないだろ。相当な手練れだったぜ、間違いなくこっち側の人間だ』
「はいはい。相当な手練れの橋本さんを相手にして、昴さんは嬉しかったんだね」
『確かに橋本さんとのボクシングはそれなりに楽しかったが、嬉しかったのは宮本とやり合ったときさ』
楽しげな笹川のセリフに疑問を感じ、藤田は視線を落としながら顎に手を当てた。
橋本の喧嘩の強さは、自分のアタッシェケースを奪った犯人をやりこめたことで知っていた。それ以上の強さを、どこからどうみても普通の男が持ち合わせているなんて、できすぎた話だと考えつく。
「昴さんの話を聞いてると、作り話80%のときがあるんだよね」
『何を言ってるんだ。昇さんに喋ることは100パー真実だぜ。なんせ金が絡むからなぁ』
「その話が真実なら、橋本さんの相手だっていう恋人の宮本のほうが、喧嘩が強いことになるでしょ?」
『ここで問題だ。宮本の職業はなんでしょう?』
「俺の疑問を質問で返さないでよ。ドSの鬼畜ヤクザ!」
『答えはトラックの運転手でした』
藤田は顎に当てていた手を頭に移動させて、思いっきり俯いた。一方的なやり取りのせいで、額に青筋が立っている気がする。
相手をイラつかせることに関して、笹川の右に出るものはいない。わざとそういう流れに持っていき、喧嘩をさせる手段になっているせいだった。
「相変わらず俺の質問をスルーって……まったく。えっと、恋人の宮本がトラック運転手なのを聞いたからこそ、腕っぷしが強そうなイメージができ上るんだけど」
ここで怒りに任せると、友人だろうがとんでもないことになるのは明白なので、とりあえず怒りを抑えて、話の趣旨を無理やりに変えた。
『腕っぷしは強くない、むしろ全然。体形は橋本さんと大差ないんだな、これが』
笹川が、わかりやすいたとえ話をしてくれたので、橋本の体形に似た男を脳内に作り上げてみる。
「ということは、内に秘めた強さがあるってこと? 橋本さんを守ってやるぜ、みたいな感じで」
『確かに、それはあるかもしれない。だがいかんせん喧嘩慣れしていない動きだったから、まともにやりあったら一発KOだろうなぁ』
藤田は俯かせていた顔を上げて、大きなため息をついた。
「昴さんが言ってること、さっぱりわからない」
『宮本の持つ瞬発力と反射神経が、ずば抜けていたんだ。俺の動きを読んで、全部避けやがった』
「結局橋本さんだけじゃなく、宮本ともやり合ったんだね」
『もちろん! 一般人とやり合ううちに、たまにいいものを見つけることができるんだ。その中に何かしらの、ずば抜けたものを持つヤツがいるからなぁ。宝探ししてるみたいで、すげぇ楽しいんだぜ』