テラーノベル
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「駄目です。いつ誰が入ってくるか分からないじゃないですか」
「ノックくらいするだろ」
「ノックされた瞬間に切り替えられる自信あります?」
「……ある、と思う」
「私はありません」
「断言かよ」
晴永が吹き出す。
「だって、晴永さんって呼んでた直後に、何食わぬ顔で新沼社長補佐なんて呼べる気がしませんもん」
「また言った」
「……あっ」
「二回目」
「もう!」
完全に遊ばれている。
恨めしげに睨むと、晴永は楽しそうに笑っていた。
けれど、その笑みがふっと消える。
「でもさ」
「……はい?」
「俺は逆に、二人きりの時くらい名前で呼んでほしいけどな」
声の調子が変わった。
瑠璃香は晴永を見つめる。
「会社でずっと〝小笹さん〟って呼んでると、本当に昔に戻ったみたいな気分になって不安になるときがある」
「……それは……」
「目の前にいるのに、触れねぇし」
その言葉に、胸が小さく鳴った。
「毎日一緒にいられるようになったのは嬉しいんだけどな」
晴永が苦笑する。
「そばにいる時間が増えた分、余計きつい部分もあるっつーか」
「……分かります。私も、です」
瑠璃香は小さく答えた。
少し前までは、会社ではほとんど会えなかった。
だが、今は違う。
朝から夕方まで、すぐそばにいる。
話もする。
一緒に社内を歩くことだって多い。
それなのに、基本は晴永の半歩後ろ。横を歩ける機会はほぼないし、もちろん触れることなんて不可能だ。
恋人なのに、会社にいる間は恋人ではないふりをしなければならない。
それが地味につらかった。
「でも……」
瑠璃香は晴永へ微笑んでみせる。
「仕方ないですよ。今は」
「分かってる」
「それに私、嬉しいなって思うこともあるんです」
「何が?」
「今日、田貫くんたちが言ってくれたんです。私が新沼社長補佐の専属秘書になったのは、〝理に適ってる〟って」
晴永が少しだけ目を見開く。
「新沼社長補佐の仕事の仕方を知ってるから、お互いやりやすそうって」
「……そっか」
「はい」
恋人だから、隣にいるのではない。
少なくとも会社では。
晴永の仕事を理解しているから。
晴永を支えることが出来るから。
そんな理由で、自分が彼の隣にいることを認めてもらえたような気がして――。
「だから私、ちゃんと新沼社長補佐の専属秘書になりたいです」
そう告げると、晴永はしばらく黙って瑠璃香を見つめていた。
やがて、柔らかく目を細める。
「もうなってるよ」
「え?」
「少なくとも俺は、そう思ってる」
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
「……ありがとうございます、新沼社長補佐」
「そこは〝晴永さん〟でいいだろ」
「駄目です。まだ会社です」
「堅ぇなぁ」
「あなたのためです」
「俺のため?」
「はい。私がちゃんと線引きしておかないと、新沼社長補佐、すぐ甘くなるから」
「俺だけのせいかよ」
「違います?」
「……否定はしねぇけど」
晴永が苦笑する。
瑠璃香も笑った。
恋人であることを隠すためだけではない。
晴永の専属秘書として、きちんと彼の隣に立つためにも。
会社では――新沼社長補佐と小笹さん。
それが今の二人に必要な距離なのだ。
***
「――どうやら、問題なさそうですね」
数日後。
社長室を訪れていた藤代有馬からの報告を聞いて、角宮盛晴は満足そうに頷いた。
コメント
2件
みんなに認めてもらえるの、いいね!
**はる。だわ** 今回もめちゃくちゃ良かった…! 「会社ではちゃんと新沼社長補佐と小笹さんでいる」って線引き、二人の距離感がすごく丁寧に描かれてて刺さった。 田貫くんたちが「理に適ってる」って認めてくれたシーン、じんわり来たな〜。 ちゃんと仕事できるから隣にいるんだって証明できるの、カッコいいよ瑠璃香…! 藤代さんが登場して次が気になる終わり方だし、続き楽しみにしてる🔥
鷹槻れん

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水羽凛
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