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「そうか」
「はい。小笹さんは想像していた以上に早く、専属秘書としての仕事に馴染んでいます」
盛晴の向かいには、副社長である新沼清香も座っている。
「彼女は元々、晴永の部下だったものね」
清香が納得したように微笑んだ。
「あの子の仕事の進め方も、考え方も、ある程度分かっているでしょうし」
「ええ。それがかなり大きいようです」
藤代が頷く。
「新沼社長補佐の方も、小笹さんには仕事を任せやすいようです。今のところ、業務上の問題はありません」
「なら、よかったわ」
清香がホッとしたように息を吐く。
息子の恋人だからといって、仕事まで上手くいくとは限らない。
ましてや秘書という仕事は、ただそばにいれば務まるようなものではない。
その点については、清香も多少なりとも心配していたのだろう。
「それと――」
藤代が一度言葉を切った。
「周囲から見ても、不自然さはないようです」
その一言に、盛晴が顔を上げた。
「ほう」
「以前から同じ部署で上司と部下として働いていたこともありますし、仕事上の相性がいいことは、企画宣伝課の社員たちも認識していたようです」
「なるほどな」
盛晴がゆっくりと顎を撫でる。
「小笹さんが新沼社長補佐の専属になったことについても、今のところ妙な憶測をする者はいないようです。むしろ――」
「むしろ?」
清香が促す。
「適任だという声の方が多いですね」
その言葉を聞いて、盛晴の口元がわずかに持ち上がった。
「そうか」
それだけ言うと、満足したように背もたれへ身体を預ける。
清香がそんな父を横目で見た。
「お父さん?」
「なんだ」
「……いえ」
何かを言いかけた清香だったが、結局その先を口にはしなかった。
藤代もまた、何も言わない。
「なら、そのままでいい」
盛晴が静かに告げる。
「今まで通り、二人には仕事をさせろ」
「承知しました」
藤代が頭を下げる。
「余計なことをする必要はない。今は、な?」
最後に付け加えられた言葉に、清香がほんのわずかに目を細めた。
けれど――。
その言葉の意味を、晴永も瑠璃香もまだ知らない。
***
「来週木曜日からの出張ですが、交通機関と宿泊先については、すでに手配済みです」
会議を終えて社長補佐室へ戻る途中。
晴永の半歩後ろを歩きながら、瑠璃香は手元のタブレットで翌週の予定を確認していた。
一泊二日の地方出張。
取引先との打ち合わせに加え、現地の関連施設を視察する予定も入っている。
「先方にも到着予定時刻をお伝えしてあります。必要な資料についても、前日までにはすべて揃えておきますね」
「ああ。ありがとう」
「それから、新沼社長補佐が不在の間にこちらで対応しておくものについてですが――」
「その必要はありませんよ」
不意に別の声が割って入り、瑠璃香は顔を上げた。
ちょうど廊下の角から姿を現した藤代有馬が、こちらへ歩いてくる。
「藤代さん。お疲れさまです」
「お疲れさまです」
晴永も足を止める。
「必要ないって、どういう意味だ?」
どうやら晴永も心当たりがないらしい。
藤代は二人の前まで来ると、いつもの穏やかな表情で答えた。
コメント
2件
その必要はない=一緒に行っておいで、ってことかな?
ああ、この回、すごく好きです。盛晴さんの「今は、な?」って最後に付け加える感じ、やっぱり何か仕掛けてるんだろうなってゾクッとしました。清香さんが父の言葉に目を細めるところも、親子ならではの空気感が出てて丁寧だなと。そして藤代さんの「その必要はありませんよ」という割り込み…これからの展開がますます気になりますね。瑠璃香さんと晴永くんのやりとり、日常の仕事風景がじっくり描かれるからこそ、不穏な空気が際立つ構成が絶妙でした。