「……深く悩み過ぎないでね。アリアちゃんは二度と無茶しないって言ってくれた。それは嘘じゃないって信じてる。でも素直過ぎるからついつい違うことをしちゃう時もある。それでいいよ、少しずつ頑張ろう」
「……うん、ありがとう」
何回落ち込んで、何回同じように励まされたかな……。
ホントに優しすぎるよ……。
少しでも成長しよう。これからもずっと一緒にいるって決めたんだから。
それから奥さんがお茶とお菓子を出してくれたので、さっちゃんとゆっくり話をした。
今までのこと、今日のこと、これからのこと……。
話して思ったのは、わたしのダメさ加減のすごさだった。
いつも行き当たりばったりで迷惑をかけてばかり。さっちゃんはいつも通り気にしないでいいよって言ってくれたけど、自己嫌悪がひどい。
「……ホントにいつもゴメンね」
「もういいよ、少しづつ頑張ろう」
この繰り返し。
少しでも成長しようって決めたそばから挫折してる。
頑張りたい、頑張りたいんだけど今までのわたしがすぐに邪魔をする。
地道に少しずつ、分かってはいるんだよ。
でも、今日の出来事を思うと、すぐに変わらなきゃって思いが強くなる。
次にわたしが失敗して、またさっちゃんがおかしくなったら止められるか分からない。今回は奥さんが止めてくれたけど、毎回都合よく一緒にいるとは思えない。
……わたしが変わるしかない。わたしが変わって、さっちゃんがおかしくならないようにする。
「……道場の見学に戻ろうか?」
「何度でも言うよ、無理しちゃ駄目。今日はもう帰ろう、この後は修行ノルマがあるんでしょ?」
「うん、そうだね……」
焦っちゃダメ……無理しちゃダメ……。わかってるんだけど、落ち着かない。
何かしてないと、さっちゃんの号泣顔と「死んで」の言葉がよみがえる。
……家に帰って素振りでもしようかな……。
「師範代の奥さん、今日はこれで帰ります」
「見学お疲れさまでした。また何時でもいらっしゃい。稽古以外でも構いませんよ。暇なお婆ちゃんの話し相手にでもなってくれると嬉しいですね」
「ありがとうございます、師範代の奥さん」
「毎回、師範代の奥さんは言いにくいでしょう。私の名前はサユリ。サユリさんとでも呼んで下さい」
「はい、サユリさん」
「親しみを込めて、「さっちゃん」でも構いませんよ、ふふ」
冗談、だよね……ちょっと茶目っ気出してるだけだよね……?
冗談で呼んでみてもいいけど……でも、わたしにとっての「さっちゃん」は……。
「意地悪を言いました。貴方の中では特別な呼び名ですものね、御免なさい」
「あ、いえ、はい……」
「またね、アウレーリアさん、ザナーシャさん」
「「はい」」
遊ばれたのは間違いない。だけど、ちゃんと理解してくれて謝ってくれた。
話した時間は短いけど、わたしの中でのサユリさんの評価は爆上がり中だ。
わたしの命の恩人で、さっちゃんを助けてくれた恩人。
今日の出来事は一生忘れないし、助けてくれた恩も一生忘れない。
「……ここ数日、濃い一日が続くね」
「そうだね。レクルシアの支部に行ったのが数日前なのに、懐かしく感じるね」
レクルシアから帰ってきて来てから激動の毎日だ。
お姉ちゃんに投げられたり、理不尽な修行ノルマを課せられたり、さっちゃんに号泣されたり……。
……ここ数日の出来事って、いいことなくない? 嫌な思い出しかないよ?
それに加えて、魔力暴走で2回死んでた可能性があるんだよね。さっちゃんの件を入れたら3回は死んでる……。
「わたしって、明日生きてるのかな……」
「色々あったからね……。そうだ、この後の修行ノルマ、最初から最後まで付き合うよ」
「え」
「そのままアリアちゃん家でお泊り会しよう。どうかな?」
「嬉しいよ!!」
お泊り会なんて何ヵ月もしてない。
さっちゃんと二人きりに限れば1年くらいはしてない気がする。
……おおー、テンション上がってきたよ!
「それじゃ、一度帰って着替えと荷物を取ってくるね。一緒にランニングしよう」
「うん!」
嬉しすぎる! ここ数日の不幸なんて消し飛んだね!
「ただいまーーー! お母さん! 今日はさっちゃんが泊まりに来るから御馳走にしてね!」
「あら、そうなの。お礼したいと思ってたから丁度よかったわ」
お礼? なんの?
……まあいいか。わたしが迷惑をかけてるからってことだよね、きっと。
「悪意が詰まったスポーツウェアも、今は幸福を呼ぶスポーツウェアに見えるよ!」
うふふふふ、さっちゃんと一緒に最初から最後までランニング、楽しみだよ!
ん? 最初から……最後、まで?
……わたし(5km)の最後だよね? さっちゃんの最後(50km)までじゃないよね?
「確認しなきゃ……わたしの生死にかかわるよ……」
「アウレーリア、さっちゃんが来たわよー」
「いま行くよ!」
来るの早いね!?
それだけさっちゃんも楽しみしてるってことかな? 気持ちは分かるよ。わたしもさっちゃん家でお泊りってなれば、猛スピードで準備して猛ダッシュで向かう。
サユリさんが言ってたよね、「貴方の思いとお友達の思いは一緒」だって。 きっとこういうことなんだよね!
「来たよ。すぐにランニングに出る?」
「うん、ご飯前にノルマを終わらせたいから。すぐに着替えるよ」
「私もアリアちゃんの部屋で着替えていい?」
あ、さっちゃんも普段着のままだ。
てっきり、朝に見たスポーツウェアを着てくると思ってた。
そういえば、いつ出発するか言ってなかったもんね。
「うん、一緒に着替えよう」
「ありがとう」
さっちゃんがわたしの部屋に入るのは久しぶりな気がする。
ちょっと恥ずかしいな……。普段と変わらないよね、散らかってないよね?
「どうぞー」
「おじゃまします」
さっちゃんが部屋を見渡してるよ!
なに!? 散らかってないよね!? 模様替えもしてないよ!?
「さ、さっちゃん。わたしの部屋、なにか、あった?」
「あ、ゴメンね。久しぶりだからつい見渡しちゃった。いつも通りの、凄く、安心する部屋だよ」
「そ、そう? いつも通りならよかったよ……」
「じゃ、着替えようか」
「うん」
幸福を呼ぶスポーツウェアに着替える。
スポーツウェアって着替えるのがすごい楽だね。整えなくていいのが最高に楽だ。
……さっちゃんは……まだ着替え中? 着にくいスポーツウェアなのかな?
あ、獣人さんは尻尾とかあるもんね。わたしより時間がかかって当然か。
「ん、しょっと……。ゴメンね、待たせちゃった?」
「大丈夫だよ。獣人さんって尻尾とかがあって着替えが大変だね」
「ん、そうだね。それじゃ、いこっか」
「うん!」
家の前で軽い体操を始める。
……あ! 距離の確認忘れてた!
「あの、さっちゃん。ランニングの距離なんだけど……」
「5kmだよね? 大丈夫だよ。アリアちゃんのペースで走ろう」
「うん!」
よかった、5kmだった。しかもわたしのペースで走ってくれるって。
さっちゃんペースだったら100mで終了だと思う……。
「よし! 夜のノルマ、開始だよ!」
「無理しないで、ゆっくり頑張ろうね」
「うん……」
……危なかった。さっちゃんと一緒だからちょっとテンションが上がり過ぎてた。
上がったテンションで走ってたら1、2kmでダウンしちゃう。
ゆっくり、マイペースで走らないと……。
「は、は、は、は、は、は……」
「アリアちゃん、ちょっとペース落とそう」
「うん」
これってわたしの為だよね。
朝に1回だけ走ったわたしにペース配分なんて出来ない。
毎日100kmを走ってるさっちゃん先生に素直に従おう。
「……アリアちゃん、この先はアップダウンが激しいから、次を右に曲がってUターンしよう」
「は、は、うん、は、は、は……」
……さっちゃんは全然息を切らしてない。朝も思ったけどすご過ぎるよ。
しかも、わたしの様子を見ながら楽な道を案内してくれる。精神的にも体力的にも凄く頼もしい。さっちゃんと一緒なら、こんな修行ノルマなんて楽勝だね!
「……もうすぐアリアちゃん家だけど、ちょっと距離が足りないから通り過ぎてもう少し走ろうか」
「は、は、うん、ひ、ひ、ひ……」
ちょっとオマケしてしてくれてもいいんだよ……。
お姉ちゃんも、数百mの誤差は分からないと思う……。
「……お姉さんはきっと見抜くよ」
わたしは無言で頷いた。
「……ここをUターンして、アリアちゃん家でゴールだよ」
……家からここまで50mもないよ。
……さっちゃん、ちょっと細かすぎない?
「……これで5km終了だよ。よく頑張ったね」
「ひ、ひ……ふぅーーー。つっかれたーーー、はぁーー、ふぅー」
わたしは汗だくなのに、さっちゃんは汗を掻いてないように見える。
「アリアちゃんの部屋で少し休憩だね。一回脱いで、汗拭こうか。拭いてあげるよ」
「ふぅー、ふぅー、ありがとうー、ふぅー、ふぅー……」
せっかくのさっちゃんの好意、拭いてもらおう。お風呂は全部終わった後だよね。
部屋でスポーツウェアを脱いで濡れタオルで身体を拭いてもらう。
「あーーー、気持ちいいよーー、ありがとう、さっちゃん。さっぱりしてくよー……」
「うん、これからは毎日拭いてあげるからね。頑張ってノルマこなそう」
「うん」
身体を拭いてもらい、少し休憩したら残りのノルマ開始だ。
「後は腕立て腹筋スクワットが25回づつ……」
……途中でお湯マッサージとか出来たらすごい楽なのになー……。
「辛くなったら言ってね。小休止でマッサージしてあげるから」
「うん!!!」
さっちゃんマッサージとか最高だよ! お湯マッサージの比じゃないよ! 体力と精神力、両方が回復するからね!
「……よし! 腕立てやるよ!」
「頑張ろうね」
「うん!」
さっちゃんも一緒に腕立てをやってくれるみたい。ノルマ関係ないのに……。
……頑張ろう!
「23……24……25、回!」
「お疲れ様。ちょっと休もうか。マッサージしてあげるよ」
「ふぅー、ふぅー、ありがとうー……」
あ、すごくやさしく揉んでくれてる。さっちゃんのやさしさをすごく感じるよ。
……いやされるーーー。もう、このマッサージをやってもら為に、ノルマをこなすってことでいいんじゃないかな……。
「どう、アリアちゃん、痛くない?」
「全然大丈夫だよー、すごく気持ちいいよー」
「……よかった。毎日揉んであげるからね」
「うん、ありがとう……」
……なんでこんなに色々してくれるんだろ?
わたしは、マッサージを毎回さっちゃんにやってもらうのは迷惑だと思ってお湯マッサージを考えたのに……そっか、だからか。
わたしは魔術の危険性を知らずに色々使って2回死にかけた。さっちゃんは、わたしが無理をして魔術を使わないようにしてくれてるんだ。
……恩返し、したいな。
「……さっちゃん、ノルマが終わったら一緒にお風呂に入ろう。師範代から許可のあった魔術をやって上げる。すごく気持ちいいから喜んでもらえると思うんだ」
「うん、アリアちゃんが大丈夫ならお願いするね」
「任せて!」
この後は腹筋とスクワットが25回づつだ。
「……、……、25回!」
腹筋後にさっちゃんマッサージをやってもらう。
お腹のマッサージって想像つかなかったけど、さっちゃんは全身くまなくやってくれた。
「23! 、24! 、25!」
スクワットもクリア! さっちゃんマッサージのおかげで前回と違って楽々だ。
「はー、はー、はー……、ありがとうー、さっちゃんのおかげで楽々クリアだよーー」
「どういたしまして。これからは毎日一緒にやろうね」
「うん、ホントにありがとう」
休憩中にまた汗を拭いてもらった。
すぐにお風呂に入るからいいと思ったけどやってもらった。
さっちゃんはわたしの為にやってくれてるんだ、断ったらきっと傷つくと思う。
わたしも、洗浄魔術やマッサージ魔術が断られたらショックだもん。「さっちゃんの為にやってあげようとしたのに……」って落ち込むと思う。
だから、無理をしてないと思ったら全部やってもらう、お互いの為に。
「よし、じゃあお風呂行こう! さっちゃんを綺麗にしてあげる!」
「うん、楽しみだよ」
さっちゃんもわかってくれてる……気持ちは一緒だよ。
無理をしてないなら断らない、お互いの為に。
……ふふふ、ついに、わたしの快適魔術がさっちゃんに炸裂するよ! 絶対に満足してもらう!
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