静かで寒い夜。それはいつもと何も変わらない。
光竜王様が転生して以来、ずっと毎晩こんな感じだ。
しかし今、何よりも違うことは――
私の前には弓星イライアスと、その配下が2人いる。
一人は杖を構え、もう一人は短剣を構えている。
……普通に考えて、こちらの分が悪い状態だ。
人数差、ということもある。しかし、弓と魔法――いわゆる遠距離職が2人もいるのだ。
私の錬金術の射程に入ってくれればどうにでもなるが、弓や魔法で攻撃するのであれば、向こうから近付く必要はまるで無い。
……それならば。
一人で戦うのが難しいなら、誰かを呼ぶまでだ。
王国軍に勝利したとは言え、市街地には誰かが警戒に当たっているだろう。
それに加えて、お屋敷の中にも戦える人はたくさんいるのだ。
例えばここで大きな音を出せば、みんなが異変に気付くはず――
私はアイテムボックスから爆弾を取り出して、弓星に向けて速攻で投げ付けた。
爆発さえすれば、きっと誰かが来てくれる。あとはそれまで、何とか持ち堪えれば良いだけだ。
しかし――
「フリーズ・アロー!」
ガキイィインッ!!
私の投げた爆弾に対して、弓星が何かの矢を放った。
そして爆弾は爆発することなく、地面に転がり落ちてしまう。
「……え?」
「ははっ、誰かを呼ぼうというのは良い機転だ。
だが俺に掛かれば、そんな企みも無駄というものッ!」
そう言ってから、弓星は私を蔑むように笑った。
笑ってるくらいなら、さっさと次の攻撃をすれば良いものを……。
そんなことを考えてしまう辺り、私にも余裕があるようだ。
しかしこのまま、向こうのペースに呑まれるわけにはいかない。
それなら、次は――
私はアイテムボックスから爆弾をたくさんばら撒いた。
1つがダメなら、たくさん出せば良いのだ。
目的は爆音を出して、他の人に気付かせること。
爆弾が敵に当たろうが当たるまいが関係ない。1つでも爆発させれば私の勝ち――
「スロー・オルトレーション!」
そう叫んだのは、弓星の後ろの魔法使いだった。
魔法が唱えられた瞬間、薄青色の光が水の波紋のように周囲に広がっていく。
その効果は一瞬分からなかったが、私は別の異変に気が付いた。
ばら撒いた爆弾が不自然に宙に留まり、爆発しないままでいるのだ。
そしてその爆弾を、弓星と魔法使いは次々と凍らせていく。
地道な作業ながら、スピーディに。その手腕はまさに見事……そんな印象しか受けなかった。
しかし私としては、いよいよもってさっさと私を攻撃すれば良いのに……と思うことも忘れなかった。
自己顕示欲が高いのかな? 呪星もそんな感じだったし……。
やはり兄弟、ということなのだろうか。
「ふん、面倒なことをしてくれる。
だが、俺の側近の力も見せられたから良しとしよう。魔星クリームヒルトが殺された今、次の魔星となるのはコイツだろうからな」
「恐れ入ります」
魔法使いは弓星の言葉に|恭《うやうや》しく返事をした。
そんな危険な芽になるのであれば、今のうちに摘み取っておいた方が――……って、まずはこの場をどうにかするのが先決だ。
しかし今、どう考えても隙がある。それなら……!
私は全力で、魔法使いに向かって走り始めた。
途中、弓星の方に向かって爆弾を投げ付けるのを忘れない。
「無駄だ! フリーズ・アロー!」
ガキイィインッ!!
私の投げた爆弾は、弓星によってまたもや凍らされてしまった。
しかし本命は弓星ではない。私がまず倒すのは、今向かっている魔法使い――
「アクア・ベヒーメント!!」
「バニッシュ・フェイト!!」
「なにっ!?」
――彼の唱えた魔法を、私は速攻で打ち消した。
まさかの展開に驚いたのか、魔法使いは動きを止めた。
私はその隙に、さらに近付く。接触する必要はない。私の錬金術の射程に入りさえすれば――
「まずはこれっ!!」
バチッ!!
「――熱っ!?」
恒例の、モノに熱を持たせる私の十八番。
ひとまず武器を手放させて、油断を強制的に誘う。
そして、体勢を崩した相手にここまで近付いてしまえば――
「アイス・ブラストッ!!」
「ぐあっ!?」
私が近距離で撃ち出した氷の塊を思い切り食らい、魔法使いはそのまま気絶した。
良い感じでお腹に入ったから、すぐには起きられないだろう。
「……はぁ、はぁ」
何とか魔法使いを倒したものの、全力疾走と戦いの緊張から、息が切れ、脚も震えてしまう。
……まだ敵は2人いる。しかし、人数を減らすことは出来た。
ここで爆弾を爆発させて、誰かに気付いてもらえば――
「ちっ……。よくも俺の側近を倒してくれたな。
しかし良い気になるなよ? 俺にはもう1人、頼りになる側近がいるんだからな」
「……っ!」
確かにその通りだった。
人数を減らせたとは言っても、今まではもう1人の――短剣使いは何もしてこなかった。
ここで参戦されれば、結局はまた2人を相手にしなければいけない。
つまり、状況は好転したとは言えないのだ。
「ふふふ。希望の見えたところで申し訳ないな。
絶望のまま、無惨に死んでいくが良い。……おい、任せたぞ」
「かしこまりました」
短剣使いは一歩、歩み出てから静かに言った。
その顔は未だにフードに隠されており、不気味な存在感を放っている。
「トドメは俺がやるからな。まずは腕をやっちまえ。
アイテムボックスから何かを出されると面倒だ」
「……腕、ですか」
短剣使いは低い声でそう言うと、その鋭い切っ先を私に向けた。
……ただならぬ気配。何をするにもスピードで負けそうだ。
逃げることもできず、おそらく攻撃もできないだろう。
私の錬金術の射程に入った瞬間、どうにかできるか……?
いや、それさえもスピード負けするかもしれない。
……先ほどの魔法使いよりも、ずっと強い。
下手をすれば、弓星よりも強いのでは――
「――まったく、嫌なことを思い出させてくれる。
もう、キミの顔は見ていたくないなぁ」
その瞬間、私の目の前に鮮血が走った。
短剣使いの動きは見えず、地面と宙には突然の赤色が現れる――
「……がっ!? き、貴様……!?」
苦悶の声を上げたのは、何と弓星だった。
彼の身体と弓の弦は切られ、崩れるように片膝をつく。
そしてそのまま、短剣使いは弓星の無防備な喉元を掻っ切った。
――突然の状況に、私は付いていくことができなかった。
「い、一体、何……?」
「……それはこっちの台詞だよ。
まったく、無茶ばっかりするんだから――」
短剣使いは弓星の死を確かめたあと、フードを取りながらゆっくりこちらを振り向いた。
「あ!!」
「じゃーんっ! アイナちゃんの頼れる王子様、登場~♪」
短剣使いの声色が突然高くなった。
その声は、私の知っている声。久し振りに聞く、懐かしい声――
「ジェラードさん!?」
「うん♪ いやー、やっと追い付いたよ~。
感動的な登場をしようと思ったんだけど、何だか想像と違う感じになっちゃった……」
「感動的というか、衝撃的ですよ!?
でも、何で弓星と一緒に?」
「あはは、こいつらを片付けてからゆっくり話すよ。
ここの責任者の人、紹介してくれるかな?」
「分かりました!
……えーっと、ジェラードさんは味方ってことで良いんですよね?」
「もちろんさ!
アイナちゃん以外の誰かに仕える気なんて、僕にはさらさら無いからね♪」
「えぇ……? 仕えるって――
……ジェラードさんって、そんな感じでしたっけ?」
『仕える』というのは主従関係がある、ということだから、ルークはともかく、ジェラードはやっぱり違う気がする。
ただまぁ、そんな言い回しは今は置いておいて、それよりも何より――
「助けて頂いて、ありがとうございます!
ジェラードさんがまた一緒にいてくれるなら、私も心強いです!」
「ふふふ♪ 超特大の豪華客船にでも乗ったつもりていてね♪」
――ああ、この懐かしい感じ。
ジェラードとは王都で離れたきりだったけど、まさかクレントスで再会できるだなんて……。
助けに来てくれたことも嬉しいけど、私を追い掛けてきてくれたことが何よりも嬉しい。
みんなにも早く、教えてあげないと……!!
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