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「――ちょ……えぇ!?
だ、大丈夫ですか!!?」
空が白み始める頃。
ようやく街門まで辿りつくと、騎士が慌てて私に駆け寄ってきた。
この騎士は、私が初めてこの街に来たときに会った青年だ。
昨日森に行くときは見掛けなかったから、こうして会うのは2回目になる。
「あ、今日は朝番なんですね……。おはようございます」
私は困ったように笑う。
何でって、今の私の姿、とっても酷いからね……。
「挨拶よりも!
そんなに血で汚れていて、服もボロボロで……片方、靴まで無いじゃないですか……。
一体何があったんですか!?」
「森で魔物に襲われまして……。あはは、何とか帰って来れました……」
そう言うや、私の身体から一気に力が抜ける。
緊張の糸が切れた、というやつだろう。何せ、一晩を危険な街の外で過ごしたのだから。
「怪我は大丈夫ですか!? 止血しないと……っ!!」
「あ、痛みとか止血は大丈夫です。薬を飲んで、もう治していますので」
「薬……ですか?
もしかして高級ポーションをお持ちだったのでしょうか。不幸中の幸いですね……」
使ったのはエリクサーだけどね……と思いながら、それは言う必要も無いので黙っておくことにした。
「はい、運には見捨てられなかったようです。えへへ」
そこまで言うと、周りに他の騎士たちが集まって来ていることに気付いた。
「お騒がせしちゃって、すいません。
少し休んだら宿屋に戻りますので……あの、マントみたいな、羽織るものがあれば貸して頂けませんか?」
全身、血まみれである。
街に着くまでは必死で気が付かなかったのだが、さすがにボロボロの状態で街中を歩くのは恥ずかしい。
「わ、分かりました!
おい、マントを用意して差し上げろ!」
「はい、ただちに!」
しばらくするとマントを取りにいった騎士が戻ってきて、ちょっと良さげな感じのマントを渡してくれた。
「少しお借りしますね、洗って返しますので。
それでは――」
「いやいやいや!!」
私が立ち去ろうとすると、騎士の青年が慌ててそれを止めた。
「さすがにその状態を見過ごすことは出来ません!
せめて宿屋までお送りさせて頂きます!」
……あ、うーん。仕事の邪魔をしちゃって申し訳ないなぁ。
靴が片方無いから足が痛いだけで、後は格好がボロボロなだけ……なんだけど。
そう思いつつ、断る方が長引きそうなので受け入れることにした。
昨晩死に掛けたこともあって、人の情がありがたかったのかな。
そんな理由からか、私は――
「それでは大変申し訳ないのですが、よろしくお願いします」
騎士の青年に、思いっきり微笑んでやった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ただいま、マイ・スイートルーム!」
宿屋の部屋に戻るなり、私はノリ良く叫んでベッドにタイブ――しようと思ったのだが、服がボロボロだったので自重した。
脱ぎにくくなった服をどうにか脱いで、椅子に腰を掛けて休むことにする。
「はぁ、疲れた……」
緊張の連続。
ようやく帰って来れた、プライバシーのある安全なスペース。
「一日で、ずいぶんいろいろなことがあったなぁ……」
独りつぶやき、しみじみと思い出す。
昨日の今頃は、まだ呑気に眠っていた時間だったっけ。
「……さて、足の傷を治しちゃわないと」
自分の足を見てみると、右足が土に汚れて、細かい傷がたくさん付いていた。
魔物に襲われたときに右の靴が無くなって、ここまで裸足で戻ってきたんだよね。
そんなわけで、右足は土に汚れてボロボロ。まぁ、左足も血で汚れているんだけど。
部屋に備えられていた水差しからコップに水を注ぎ、それをアイテムボックスに入れる。
「れんきーんっ!!」
そう言うや、右手には先ほどのコップに入った初級ポーションが作り出される。
街に戻る途中でも作りたかったんだけど、素材になる『水』が確保できなくて諦めていたのだ。
一応、使う前に鑑定しておこうかな。
これを作ったのも初めてだし。
──────────────────
【初級ポーション(S+級)】
HP回復(小)
※追加効果:HP回復×2.0
──────────────────
『S+級』というのは品質かな?
凄まじすぎる錬金スキルに囲まれているだけあって、品質はさすがのレベルだよね。
『追加効果』というのは、高品質で付与される効果?
『×2.0』ってあるから、2倍も効く超優良品ってことかな。
……ポーションの使い方は、口から飲んでも傷口に掛けても良いんだっけ。
そう思いながら、私は丁寧に足の傷口にゆっくりと掛けていく。
ポーションは優しい光に変わり、静かに傷を治していった。
「おお……、これは便利だね……。
冒険の必需品にもなるわ……」
元の世界ではあり得ない現象を見せつけられて、激しく感心させられる。
『文明の利器』っていう言葉があるけど、ポーションだって錬金術がある文明の利器だと言えるよね。
「……さて、いい加減気持ち悪いし、お風呂に入ろっと」
お風呂付きの部屋にして良かったと、今回ばかりは本当に思った。
血と汚れと鬱憤を、綺麗なお湯で完璧に洗い流していこう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――アイナさん、服を持ってきたよ」
お風呂から上がってしばらく経つと、女将のルイサさんが服を持ってきてくれた。
ドアを開けて、努めて明るく応対する。
「前の服より質は落ちると思うけど、我慢しておくれ」
「いえいえ、本当に助かります」
両手でしっかり、服を受け取る。
ボロボロになった服を着るのは嫌だったので、本当に助かるけど――
……でも、あの服も結構気に入ってたんだよなぁ。
最初から着てたっていうのもあるんだけど、私の好みを完全に踏まえていて。
「時間とお金があるなら、服屋で仕立て直すのも良いかもね」
部屋に置いたボロボロの服を見て、痛々しい視線を送るルイサさん。
「……それじゃゆっくり休んでおくれ。
もし何かあったら、遠慮なく声を掛けるんだよ?」
「はい、ありがとうございます!」
ルイサさんはドアを閉めて、足を引きずるようにして1階に戻っていった。
……ルイサさんて、足が悪いんだよね。何とかしてあげられないかな。
そんなことを思いながら、受け取った服に袖を通す。
今までの服よりも肌触りが少し悪かったけど、それでも着心地が悪いということでもない。
靴のサイズもぴったりだ。
時間は……といえば、朝の9時といったところ。
本当なら冒険者ギルドに行ったり、街を散策したいところだったけど――
……何だかもう、気持ち的に凄く疲れてしまった。
「今日はもういいや……。もう、寝よう」
気力が湧かず、朝ではあるが、さっさと眠ることにした。
嫌な記憶から、逃げ出すように。