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悠希は昔の俺とよく似ている。俺が学生時代に親へおねだりした望遠鏡も、
深夜まで起きて星を見つめることも。
「俺はいつから、好きなことを忘れてしまったんだろうな……」
何気なく呟いただけだった。
「お父さんは、好きなこと以上に大切なことを見つけたからじゃないの?」
望遠鏡を分解して片付けたまま、悠希は言う。
「お父さんも星が好きだった。でも、今は僕がいる」
「急にどうしたんだ、哲学の気分か?」
「真面目な話だよ。それに、お父さん以上かもしれない星への愛を持った僕だからね」
さも何か知っているように話す。
たとえ、もう使わなくなった望遠鏡とはいえ、
ここまで残していたんだ。
それは悠希が生まれるより前からの話。
「それは分からないぞ。愛の深さじゃ比べられない」
それを聞いた途端、悠希は望遠鏡のパーツを屋根から投げようとした。
「おい!待て、何してるんだ!」
深夜にそぐわない声で張り上げてしまった。
気付けば、悠希の手から無理やりパーツを引っこ抜いていた。
その光景を黙って見つめていた悠希。
「そういう所だよ。お父さん」
俺はパーツを手にしたまま固まった。
「お父さんが大事にしてるのは、望遠鏡との思い出じゃないの?星が好きだった証が望遠鏡だから」
確信を突かれているような気がした。
「そんなつもりはないんだけどな……星が好きだから望遠鏡を買ったんだよ」
「だから、星は好きだったけど望遠鏡が大切なものになったんだよ」
なんだかおかしな気分だった。
自分の絡まった心をほどかれている感じだ。
「望遠鏡が大切になって、僕が生まれて。望遠鏡を貸してくれてる。それは僕が一番大切って事でもあるよね」
「つまり悠希がいるから、星が好きだった事を忘れたのか?」
「実際そうじゃん」
言われてみればそうだ。
空に輝く星よりも、悠希と生きていくために働いている。
そんな日々の忙しさに、俺の好きな事は埋もれていったのかもしれない。
望遠鏡を片付け終えると、悠希はそそくさと部屋に入っていった。
それから部屋の明かりが消えるまで、
俺は静かに夜空を見つめていた。
大切なことが出来たら、
好きだったことを忘れる……か。
でも、俺だって星を見れば
あれがペルセウス座だってくらい言いたくなる。
好きなことは忘れないんだよ、悠希。
小学校高学年に心を揺さぶられる。
こんな経験は中々ないだろう。
けれど、彼が見ている空はまだ青い。
好きなことは忘れるんじゃなくて、
大切なことになっていくんだよ。
好きだった星が悠希との大切な時間に
変わっていくからさ。