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夕方。Ellernateは帰路に就くべく郊外行きの列車を待っていた。駅構内に入ると、何やら大型ビジョンの方が騒がしい。失礼、と言いながら群衆を搔き分けると、映っているのはニュース速報だった。テロップにはでかでかと『速報!』と示されており、画面の中では慌ただしく動き回るRobloxの制服を着た人々をバックに、社の最高責任者___Buildermanが、報道陣から質問攻めを受けていた。見るに、どうやら数時間前に撮られたものらしい。
『____では、一連の盗難は事実なんですね?』
『はい、弊社から数億ものRobuxが盗まれ、また50以上の限定アイテムが紛失、またはコピーされた形跡が認められています。ほかにも、弊社や系列企業の商品が極端に低額で取引されているという報告も入っており、現在真偽を調査中です。加えてバンランドの管理局から連絡があり、数名のBAN施行済みユーザーが行方不明です』
『原因はなんなのでしょうか!?』
『不明です。ですが、我々が知りえない未知のハッキングツールが存在している可能性が高いでしょう。先月の大規模ハッキングは既に解消済みですので….』
画面は撮影スタジオに戻り、キャスターが続ける。
『今回の大規模ハッキングの影響でRobuxの信用が低迷。ロブロキシア経済は大打撃を受けました。事件からまだ数時間ですが、株価の下落はとどまる事を知りません。』
『番組では、Roblox本社の協力により以下の盗品リストとシリアルナンバー、行方不明のユーザーのリストとIDを示します。何か情報がございましたら、いち早くRoblox本社コールセンターもしくはバンランド管理局にお知らせください___』
そうしてつらつらと大量の盗品の画像が流れ始めたところで、Ellernateはビジョンから目を離した。
「(一体どうなっているんだ….?俺たちが盗んだのは剣と、弓と、王冠類、ドミナス・シリーズ….あの盗品リストは物品が多すぎる、俺たち以外にあのエクスプロイトを知ってる輩がいるのか?)」
Ellernateはしばらく考え込んだ。…そして、思い当たる節を見つけた。
「まさか」
端末を取り出す。震える手で画面を叩き、慣れ親しんだ電話番号を迷いなく入力する。
「_______Isaac!」
10秒。20秒。コール音がひたすら鳴り響く。Ellernateの頬を、冷たい汗がツウと垂れた。
「Isaac、出てくれ!頼むから!」
コール音が鳴り響く。
「Isaac….」
コール音が鳴り響く。
「なぁ、お前、何やっちまったんだよ….」
【現在、電話に出ることが出来ません。電子音の後にお名前とご用件をお話し下さい】
Ellernateは立ち尽くした。雑踏の向こうのサイレンが、酷く耳を突いた。
iTrappedは自室にいた。彼はすっかり浮かれていた。今の自分なら何でも出来る気がした。実際、Ellernateの探し出したエクスプロイトはなんでも出来た。願えばRobuxが現れる。少し操作するだけで、あらゆる物が、アカウントが、意のままだ。まるで、神だ。
ジリリリと、再び視界の隅で連絡用端末が震える。iTrappedはそれを無視した。今行われている最高の遊びを、誰にも邪魔されたくなかった。
「またNateか….?しつこいな」
iTrappedは再びパネルを操作し始める。
「へへっ、サイコーに面白いことになってるって、2人に早く言いたいな」
しかし、待てど暮らせど、2人は帰ってこなかった。
最初、iTrappedはこれが何かの冗談だと思った。なんせ、EllernateとCalebのみならず、友人5人と一気に連絡が取れなくなったのだ。みんな、寄ってたかってオレをからかってるんだ、とひとまずiTrappedは思うことにして、その日は床についた。
彼が異変に気付いたのは翌朝だった。拠点に、音がない。匂いがない。Calebがドタドタ駆け回って衣装を探している音、Ellernateが焼くトーストの香ばしい匂い。誰も見ないのに付いているテレビの音。2人の話し声。またお前が最後かよ寝ぼすけ、と笑い交じりに言ってきて、それで。
「みんな….どこ…..?」
よたよたと階下に降りる。防音室に放り込まれたかのように静かなダイニングには何の気配もなく、iTrappedは漠然とした恐怖に襲われた。全ての部屋を探したが誰もいない。倉庫の扉を開けた時は、自分ってバカだとつくづく思った。居るわけないだろ、と。
「…..」
何をすればいいのか、分からなくなった。間に合わせで作った朝食は喉を通らない。視界が何だか全てぼやけて見える。
「…..あ」
Ellernateから、昨日の夕方ごろに非常に短いメッセージが届いていた。
【てれび つけ ろ】
iTrappedはリモコンを引っ掴み、スイッチを押した。
『____社の発表によると、容疑者グループはRoblox社が試験用として設置していたシステムを応用し、社のセキュリティシステムにアクセスしたという事です。』
「Nateが教えてくれたやつ…?」
『犯行グループは3名で、アドミンの判断により今日午後にはBAN処理が施行される予定です。』
画面が切り替わる。テロップは「昨日 夜」。
「えっ」
Calebが居た。Vilicusが居た。そして…Ellernateも居た。皆が顔を伏せ、一人ずつ護送車に乗せられていく様子が鮮明に映し出されている。
『なお、当該のセキュリティの不具合を報告したTwister92氏には、Roblox本社より感謝状として限定アイテムが送られました。Twister氏は容疑者らと友人だと述べ、「彼らのうちの一人がエクスプロイトの話をしてきた。すぐにその危険性に気付いたので、Roblox本社に報告しました。アレはあまりにも万能で、簡単すぎた」とハッキングツールの恐ろしさを____』
それ以上、iTrappedの耳にはニュースが入ってこなかった。報道はあちこちが間違っている。何故3人だけが?大部分をやったのはオレだ。何故オレは捕まらない?何故?何故?何故….
「ぼくの、せいだ…..」
しょっぱい液体が一粒、二粒と垂れて、止まらなくなる。iTrappedは画面に映る友人達をただただ呆然と眺めることしかできない。バカな事に使うなよ。Ellernateの書き置きがいかに大切なことを言っていたのか、今更気付いても何もかも手遅れで、感情のやり場を失ったiTrappedは、する事もないのにパネルを起動させた。そして、
「これって….」
パネルの利用履歴から、自分の名前が消えていた。
「もしかして、みんなが僕を」
履歴を辿る。このログも、このログも。全てが友人達のものにすり替わっていた。
『iTrappedって、バカで何でもかんでも向こう見ずにやるからさ、俺らが居なくなったらアホやらかして死んじまうんじゃないか?へへ』
僕が遠い昔に聞いた、Calebの冗談めいた悪態だ。
『はやくガキ卒業しろよ』
相変わらず言葉はきついが、温かい語気だった。
『Isaac。』
Nateの声だ。これはいつだったっけ。Nateが、トレーダースーツを着ている。僕たちは並んで公園のベンチに座っている。
『俺らが全部なんとかしてやるからさ。』
Nateが、僕の肩をポンと叩く。
『だから、今は大丈夫だよ。Isaac。』
Nateの笑顔は、太陽のようだった。
ああ、そうだ。僕は守られてたんだ。
iTrappedには、もはやまともに思考する余力が無かった。どれほどの時間が経ったのか忘れてしまった。今、みんながバンランド管理局でどんな仕打ちを受けているのか、考えるだけで吐き気がした。かといって自分もそこに行けるかと言われると、やはり自分は子供で、どうしようもないほど臆病で、開き直って出頭するなんて到底できない。意味のない後悔だけが脳を駆け巡る。なんて僕は意気地なしで、無鉄砲で、ばかで___。
と、うずくまるiTrappedの視界の隅で何かが光った。
「…..?」
重い体を持ち上げると、光の根源が分かった。ダークハートだ。紫ががった淡い、でも力強い光を、煌々と発している。今までこんな事は起こったためしがなかった。
「なんで、こんな時に…?」
恐る恐る近づき、柄を握る。剣はいっそう強く輝き、まるでiTrappedを求めていたかのようだ。iTrappedはしばらく眺めたあと、ふと閃いた。
「読めた。お前、僕の不幸を吸ってるんだろ。はは、いい気味だって思ってるんだろ….?」
iTrappedはダークハートを握ったまま椅子に座った。依然として光は収まることを知らず、iTrappedは目を細めた。
「ほんと、僕でもそう思うさ」
ダークハートを掲げる。顔に光が当たって、涙の跡がひりつく。
「これから、どうしよう?」
少しの沈黙のあと、iTrappedは自分の間抜けさに気付いた。剣に話しかけるなんて。乾いた笑いが漏れ出る。
「(….でも、大分落ち着いてきたな)」
剣の光は鈍色になり始めた。iTrappedは、何かを決めたようだった。