⚠️注意⚠️
・本誌ネタバレあり
・腐あり
・二次創作
・ネグレクト表現あり
・キャラブレあり
・模造あり
・凛が可哀想で自己肯定感低い
・誤字脱字?(発見次第修正します)
・解釈違いがあるかも
・初心者が書いた駄作です
こちらの作品はフォロワー様100人記念で書き始めた作品です。
以上が全て大丈夫な方のみこの先へお進み下さい。
――――――――――――――――――
俺は誰にも愛されなかった。
必要とされなかった。
大切にされなかった。
それはとてもとてもとっても辛かった、苦しかった、悲しかった、寂しかった。
ただそれでもよかった。両親に嫌われようとチームメイトに憎まれようとどうでもよかった。
だってアンタに愛してもらえるならこんな痛みなんてことなかったから。
だから俺を愛して欲しかった。
俺だけを愛して欲しかった。
この心に空いた穴を埋めて欲しかった……。
最初に気付いたのは、まだ俺も幼く、兄がスペインへと旅立つ前だった。
俺にとって家族は温かいものだった。俺が兄ちゃんと話している様子を両親は温かい眼差しで見守ってくれていた。
でもそれは、兄ちゃんが俺の話を一生懸命聞いているのが可愛いかっただけらしい。
家族は__いや、両親は俺のことが嫌いだった。両親は兄ちゃんにしか興味がないようだった。兄ちゃんが合宿でいないときの俺の扱いは完全に無価値、見えていないという感じだった。
兄ちゃんといなければ俺を見てもらえない。
兄ちゃんがいなければ食べるものが無い。
兄ちゃんが言ってくれなきゃ着る服もない。
兄ちゃんがいなければ俺に与えられるものは何も無かった。
そんな俺の世界で兄ちゃんは唯一輝いて見えた、神様みたいだった。
兄ちゃんが、愛してくれるから俺の存在が許されているんだと思った。きっと俺は兄ちゃんのために生まれてきたんだ。
そんな兄ちゃんがこちらを向いて微笑んでくれる、頭を撫でてくれる、それだけで俺は満足だった。
兄ちゃんが愛してくれる。
それだけでズキズキと痛む体も空腹で眠れない夜も全部全部平気だ。
そんな生活をしていたからだろうか。兄ちゃんが渡西してから、生活が一変してもなにも疑問に思わなかった。
それどころか、嗚呼やっぱりなという思いすらあった。
食べるものが無い、服も買ってもらえない、文房具がない、シャワーも水しか使わせてもらえない。シューズだって何度も補強していてもうボロボロだ。
それでも毎月現金3万円だけ机に置かれていた。だから俺は3万円を生活費にあてた、そうしないと生きていけなかったから。最初は食べたい物を好きなだけ買っていたが、育ち盛りの男が好きなだけ買って食べたら3万円なんてすぐに無くなってしまう。だから俺は苦手な計算をして、1日1000円、1食約300円で生活することにした。
――――――――――――――――――
確かこの前みたインタビューで兄ちゃん、5万円のシューズ使ってるって答えてたな。えっと……『親からのプレゼント』だっけ?やっぱり兄ちゃんは愛されてるんだなぁ、俺とは違って。
とはいえ俺のシューズももう補強だけじゃどうにもならないぐらいにボロボロだ。サッカーに支障が出るのだけは避けないと、だからといって両親に頼んでも買ってもらえない、というか基本無視。そういうことで、俺は最終手段にでることにした。
片道2時間かけて祖父母の家まで歩く。真夏の炎天下、水道水を水筒に入れてきたから熱中症にはならないと思うけど、万年空腹なせいで気持ち悪い。それでも何とか歩いてやっと辿り着いた祖父母の家。インターホンを押すと、すごく嫌そうな顔をした祖父が立っていた。
「……何の用だ」
「シューズを買うお金が欲しくて」
「チッ、また金か」
「………うん」
「はぁ、お前は冴と全然違うな」
それはあんたらが兄ちゃんに尽くしてたから金なんか要らなかったんだろ。
「本当にお前はわがままで自分勝手でどうしようもない。」
わがまま?自分勝手?当たり前だろ、そうじゃなきゃ生きていけないんだから。俺は兄ちゃんとは違う、だから必要なものは自分で手にいれなきゃいけないんだ。
「はぁ、もういい」
バンッ
地面に投げられたお金、それを拾って2時間かけて帰る。久しぶりに祖父に会ったけどやっぱり怒ってたな。__でも昔は可愛がってくれてて__あ、兄ちゃんがいたからか、やっぱり兄ちゃんはすごい、みんなに好かれているんだ。
―――――――――――――――
バチンッ
帰った瞬間、怒り狂った母さんにたたかれた。
「さっき電話があったわ、あんたまたお金借りたの!?あんたのせいで母さん怒られたじゃない!あんたはいつもいつも迷惑ばっかかけて!どうせ冴もあんたのことなんか大っ嫌いよ! 」
「___ッ!」
そんなわけない!そう言ってやりたかったけど言えなかった。
言うことだけ言ったら母さんはどこかへ行ってしまった。俺は、2階の子供部屋へと歩を進めた。
―――――――――――――――
空腹で気持ち悪い 、日に日に痩せていく体、サッカーをしなければ少しはマシになることはわかってた。それでも俺はサッカーを続けた。だって兄ちゃんとの夢があったから、兄ちゃんもスペインで頑張ってるんだって思えば、これぐらいどうってこと無かった。毎日毎日、日が暮れてもサッカーをした。それでも俺に掛けられる言葉は『冴がいたら勝てたのに。』『弟は、兄貴がいなきゃただの凡人。』『おまえが冴みたいに点を取れないから、勝てない。』『おまえ一人じゃ、ゴールを奪えない。』そんなことばかりだ。なら、俺の望むパスをくれ、それこそ糸師冴のような完璧なパスを、何度そう思っただろうか。
それでも前よりチームが弱くなっているのは事実、俺が点を取れなくなったのも事実だ。このままじゃヤバい、俺は内心焦っていた。そして俺は考えた、考えて考えて考え抜き、俺がだした結論は『凛が冴の代わりになる』というものだった。――今思えば、もうこの時から兄弟の決別は決まっていたのかもしれない。
―――――――――――――――
そして凛は日本一になった。
凛が冴の代わりになってからというもの、チームは格段に強くなった。__いや、昔に戻ったとでも言うべきだろうか、そのことに凛は安堵と喜びを覚えたが、凛にとって今のサッカーは、物凄くつまらなく感じていた。それでも兄との夢に一歩近ずいたのだ。だから凛はこのことを兄に早く伝えたくてたまらなかった。
バスンッ。
ボールがゴールへと放たれる。すっかり季節は冬になった。
「チッ」
凛の舌打ちが静かなグラウンドに響く。どうやらシュートがズレてしまったようだ、寒さで手や足が凍えているので仕方ないとも思うが、糸師凛はそれを許さない。とはいえ、今夜は格段に冷える。
「あ……雪」
寒いと思っていたら雪が降ってきた。………綺麗だ。鎌倉育ちで雪が珍しい凛はボーっと、夜空から舞い降りる白い雪を見つめてそう感じていた。
「今のコース甘いんじゃね?」
聞こえるはずのない、懐かしい声が後ろから聞こえた。
「あ。」
振り返ると、そこには冴がいた。
「兄ちゃ……。」
伝えたいことが沢山あった。でもそれを伝えることはなかった。なぜなら久しぶりに見た冴は、表情が険しく、ひどく疲れた様子だったからだ。
「俺は世界一のストライカーじゃなく、世界一のミッドフィールダーになる。 」
ねぇやめてよ兄ちゃん
「俺が一緒に夢を見たのはそんな兄ちゃんじゃないッ!」
こんなはずじゃなかったんだ
流れるように始まった1on1。これで負けたら俺たちの夢が終わりだなんて、そんなの嫌だ。それでもスペインで戦ってきた兄ちゃんは、世界を知った兄ちゃんは強かった。
「凛。お前は俺のいないこの4年間、日本で何をしてたんだ?」
何って、俺、この4年間生きるのに必死だったんだ。食べるものもろくになくて。それでも兄ちゃんとの夢だけは諦めたくなくて、必死に藻がいて………足掻いてきたんだ。
「終わりだな」
ここからはあまり覚えていない、それでもしっかりと聞き取れた言葉の数々。
『ぬりぃんだよ』『欠陥品』『俺を理由にサッカーなんかすんじゃねぇよ』『目障りで面倒臭い弟』『サッカーのできないお前に価値なんかない』『消えろ』『俺の人生にもうお前はいらない』
それだけ言って兄ちゃんは去っていった。俺は、俺がどうやって帰ったのかすら覚えていない。ただ家の扉を開けた瞬間母親に思いっきり頬を打たれたのだけは覚えている。
どうやら兄ちゃんが家に1泊もせずにホテルに泊まってしまったのが気に入らなかったようだ。
「あんたと会いたくないから冴は泊まっていかなかった!あんたなんか冴が望まなかったら産んでないのよ!あんたなんか冴の弟じゃないわ!」
「あんたはいつも結果を出せない!あんたに価値なんてない!あんたなんか所詮、冴の劣化版に過ぎないのよ!あんたみたいな欠陥品、糸師家に必要ないわッ!」
「……っ」
いつも通りのはずなのに何だか今日は母さんの言葉が酷く鋭利な刃物で刺されたかのように深く深く突き刺さった……。
結局その後、母親は怒ったままどこかに行ってしまい、俺はベッドに倒れ込むようにして眠った。
――――――――――――――――――
兄ちゃんは俺に利用価値があったから優しくしたの?
兄ちゃんは、凄くて強くてかっこいい。そして世界一優しい。そんな兄ちゃんが俺に価値が無いと言った、消えろと言った、きっと兄ちゃんの言う通りなんだ。
もうサッカーはいいや
結局俺は兄ちゃんの隣にいたかっただけで、でも兄ちゃんにとって俺は、世界一になるために必要だっただけの練習相手で……”利用価値”がなくなったら、いらない……人間で……
でもじゃあ あんなに優しかったのも……
俺に”利用価値”があったからってだけの見せかけの”嘘”だったのかな……
てことは俺が見てたあの兄ちゃんも全部”嘘”……?
だったら初めからサッカーなんかやらなきゃよかった……
夢が砕け散った今、俺はどうやって生きていけばいい?
それは簡単、憎めばいい。憎しみは生きる原動力になると、教科書に載っていたはずだ。
糸師凛、お前はあの頃を今更無かったことにできるのか?
嫌だ!!嫌だ!!嫌だ!!嫌だ!
この時間もあの気持ちもなかったことになんかできない……!!
嘘なんかじゃない……!!
そうだ、それでいい。
俺は……
「殺す、許さない…」
俺の人生を狂わせたあいつをぐちゃぐちゃにしてやる……!!
止まるな進め、俺を捨てたあいつを憎み続けろ。
糸師凛は胸に刻んだ。この苦しみを、この悲しみを忘れることのないように。深く深く胸に刻んだ。
糸師凛は覚悟した。兄を憎み続ける覚悟を、全てを捨ててでも強くなって兄を見返すという強い強い覚悟を持った。
―――――――――――――――
それから俺が兄貴を潰すためにサッカーをするようになって数ヶ月、俺のところへある一通の手紙が届いていた。内容は、強化指定選手に選ばれたというもの。
「……母さん親の同意書……」
__カツン…コロコロ …コトンッ……
印鑑を投げられた、自分で書いて自分でおせということだ。同じ字形だとだめなんだけどな……まぁいいか言い訳なんて何回もしてきたし。
――――――――――――――――――
ブルーロック
300人の高校生FWのなかから世界一のストライカーを作り出す施設。
そして凛にとっての踏み台。
そのブルーロックのなかで凛は1位だった。
この施設のなかで1位になることなんて凛にとっては、容易い事だったのだ。
そんなブルーロックでの生活は快適そのものだった。なぜなら、栄養バランスが考えられた食事、丁度いい服、風呂だって大浴場であれど湯船に浸れるのだから。それにトレーニング器具や敵を研究するためのモニタールームまである。
俺は、快適すぎて思わず何度もクソメガネに生活費がかからないのか聞いてしまった。
この時までは良かったのだ。そう、事件は凛がブルーロックでの生活に慣れてきた頃に起こった。
―――――――――――――――
「__奴らはメンバーに加えてプラスワン、糸師冴を初招集した。」
頭を鈍器で殴られたかのような衝撃が走った。あの雪の日の記憶がフラッシュバックする。それと同時に湧き上がってくるこの感情は憎しみだろうか。
凛は考えることを放棄した。だって凛の感情は全て兄へ向けられたものなんだもの。考えだしたらキリがないということぐらい、少し頭の弱い凛にだってわかるのだ。
――――――――――――――――――
凛は狂ったようにサッカーに励むようになった、それこそ体が壊れてもおかしくないほどに。
あの雪の日から凛は怒っている。そしてこの絵心言葉のせいで、より、凛の体内には怒りの感情が渦巻いているのだ。
怒り、憎しみ、これらの負の感情は糸師凛が生きていくための原動力となる。そのことに凛は気付いてる。それでも凛がこの心にポッカリと穴が空いたような感覚になる感情の正体に気づくのはもう少し先のことなのだろう。
鍛えて、自分を追い詰めて、潔世一とかいう奴に怒られて。そんな日々だった、それでもブルーロックは家にいるよりずっと良い。充分な環境が整っているここを手放せない、簡単に壊されるわけにはいかないのだ。
それになにより兄貴を潰さなきゃならない。
U20日本代表戦は絶対勝つ。これは意気込みなんかじゃない、ただの確定事項だ。
――――――――――――――――――
潔に負けた、ただその事実が俺の胸をぐるぐると渦巻いている。けれど兄貴に勝った、たった1度だけれど、それでも俺の気分は高揚した。
「凛。」
たった2音、されど俺の感情を揺さぶるには充分すぎる音。
「俺が見誤ってたよ」
「この国にはロクなストライカーなんて生まれないと思ってた」
「兄ちゃ……」
やっと兄ちゃんは俺のこと認めてくれた?褒めてくれる?よくやったってもう一度一緒にサッカーしてくれるかな、 そうしたら傷だらけの身体も、凍えるほど寒いあの日も、眠れない夜も全部全部平気なのに。
「お前の本能を呼び起こし、この国のサッカーを変えるのは」
ねぇ、兄ちゃん。俺、頑張ったんだ……。
「潔世一、あのエゴイストなのかもしれない」
「……っ!」
なんで、なんで。俺を認めてくれない?
いや、本当はわかってたんだ。 期待なんかしない方がいいってあの日に学んだのに。なんで期待なんかしたんだろう。最初からわかってたのに、誰だってこんな欠陥品いらないって。兄ちゃんには士道も潔もいる、それなのに壊れた欠陥品を選ぶわけない……ゴミは捨てる、兄ちゃんは当たり前のことをしただけなんだ。
………でもなんで俺に優しくしたの?最初からほっといてくれたら、悲しいも冷たいも孤独もなにも分からなかったのに__
――――――――――――――――――
絵心が入ってきてからブルーロックの奴らはお祭り騒ぎだ。それが気に食わない、けれどもしこの状況じゃ無かったら俺は暴れてこの場にあるものを全て壊してしまっていたかもしれない。だからまぁよかったのかもしれない。
「ありがとう凛、あれは俺とお前のゴールだ」
嗚呼、うぜぇ。
俺はこんな奴に負けたのかエゴの欠けらも無い発言、2人のゴールだなんて。しかもそんな奴を糸師冴は認めた。
やっぱり許せない……!潔だけは許せない。俺の居場所を奪おうだなんて許さない……!
潔世一は俺のライバルだ。
――――――――――――――――――
◇◇◇
あれから月日は流れ、俺は、無事ブルーロックを1位のまま卒業した。その後、俺はプロ入りをはたした。所属チームはフランスのP・X・Gで、俺は今までにないほど順風満帆な生活を送っていた。
だが、俺が渡仏してから両親がやたらと連絡してくるようになった、内容は仕送りについて。最初の頃は妥当な仕送りの金額だったはずが、なにが気に入らなかったのか、今では1ヶ月に100万円、年間1200万ほどにまで跳ね上がってしまった。流石にきつくて両親に交渉したが、兄ちゃんはもっと仕送りしてると言われて終わり。でもよく考えて欲しい、俺と兄ちゃんじゃ年棒が桁違いだ、それなのに兄ちゃんと同じ額なんて払えるわけないだろ。それに、懸賞金が入ったら全て両親に取られてしまうし。そもそも渡仏するのだってクラブチームに借金してやっと渡仏できたんだ、その借金も返さなきゃならない。なのに仕送りを増やせと毎日夜中に電話がかかってくる、おかげで寝不足だ。
両親への仕送りは………今は大丈夫だが、引退したあとは無理だろう、サッカーなんていつできなくなるか分からない、それこそ予期せぬ怪我をする可能性も充分ある。だから、まだ俺が使い物になる内に貯金をしておく必要がある。
そんなことを今日もぼんやりと考えていたら、電話がかかってきた………見知らぬ番号だ。
俺は電話に出ることを一瞬躊躇ったが、まぁ、大丈夫だろうと電話に出てしまった。――果たしてこれが間違いだったのだろうか。
「……誰だよ」
『あ?俺だ、糸師冴だ』
「〜〜ッに兄貴!?」
驚きすぎて声が裏返った。恥ずかしいけどそれ以上に頭の中に、はてなマークが飛び交っている。なぜなら数年間、試合以外では会うどころか連絡すらとっていなかった兄貴から連絡がきたからだ。
『お前、レ・アールからオファー来てるだろ 』
「まぁ……そうだけど……」
『なんで受けないんだよ』
兄貴の言う通り俺は、レ・アールからオファーが来ている。それはそうなんだが……オファーを受けない理由、それは今電話をしている相手である糸師冴が原因だ。だって兄貴の所属チームはレ・アールだ、つまり俺がレ・アールへ移籍するということは兄貴と一緒にサッカーをすることになる。でも兄貴は俺と一緒にサッカーなんてしたくないだろうし、こんな弟がいたら迷惑だろう。ずっと両親から言われていた言葉なんだ、冴に関わるな、迷惑になるって、本当にずっと言われてた。だから俺は移籍することを躊躇っている。俺は兄貴と一緒にサッカーがしたいけど兄貴はそうじゃないだろうし………
『おい、聞いてんのか』
「あ、ごめん……なに?」
『はぁ、さっさと移籍しろ。どっちが正しい選択かなんて分かりきってるだろ、それとも分からないのか?だから欠陥品なんだよ』
「ごめッ…ごめん………ごめんなさい」
兄貴に欠陥品って言われた……やっぱり俺なんかがサッカーしちゃだめだったのかな、俺なんかが弟で兄貴はやっぱりウザかったかな。
『兎に角オファーを受けろ、話はそれからだ』
「……うん」
流れで頷いちゃったけど大丈夫か……?やっとフランスでの生活にも慣れたし、俺なんかに優しくしてくれる人も居たのに。もし俺がレ・アールに所属したら、兄貴のおまけとして見られるのだろうな……まぁ、でもこうなれば諦めるしかない。それに今よりも契約金を上げてくれるというし、そう言い訳をして俺は自分を納得させるのだった。
―――――――――――――――――
それから、あれよあれよと話は進み、気づいたら渡西していた。 そのまま、俺が住むことになるであろう寮に向かうことになった。
………のだが、何故か俺は今、兄貴の家に行くことになっている。
どうして、こうなった……
〜遡ること数分前〜
最初、俺は予定通り寮に向かった、そしてそこに居たのはなぜだかオドオドとしているオーナーと……俺を見て眉を顰めた兄貴だったのだ。何故兄貴がここに?と疑問に思ったが次の一言で全てどうでもよくなった。
「おい、凛。俺と住め」
最初は聞き間違いだと思ったのだが、何度聞いても、同居を提案するような言葉にしか聞こえなかった。
「………なんで?」
様々な感情が湧いてくる中、まず出てくるのは疑問だ。なぜなら、俺と兄貴が同居することのメリットが無いから。……家賃を半分にしたいのか?でも、兄貴なら金には困ってないだろうし、じゃあ家事がめんどくさい?そんなのハウスキーパーにやらせればいい、何一つとして兄貴にメリットがない。それどころか嫌いな奴と同居とかストレスにしかならない、俺なら絶対嫌だ、特にあの触角害虫とか。
「別に、なんでもいいだろ」
「でも兄貴にメリットがない……」
「はぁ、そんなもんどうでもいいんだよ」
「でもッ___」
「チッ、答えは、はいかYesだ」
「えっと……はい」
ていうかそれって結局拒否権無いんじゃ……と思ったが言わなかった、なぜだかめんどくさくなる予感がした。
そもそも糸師冴は一度決めたらテコでも動かない、初志貫徹なので、こちらの為にも諦めた方がいいのだ。
「決まりだな、行くぞ 」
ということが今起きた。やっぱり俺様何様糸師冴様だなと思った。
タクシーに乗り、兄貴の家に向かう。しかしタクシー内はほぼ無言、こんな気まずい状況を何とか乗り切りようやく兄貴の家に到着したようだ。
タクシーから降り、俯いていた顔を少し上げると、そのには兄貴の家があった。
__デケェ。
兄貴の家は俺が住んでいたアパートよりだいぶでかかった。そもそもこんな大きい家兄貴一人で使わないだろ、俺だってそれなりに大きいアパートを借りていたがそれより断然大きい。少し疑問に思ったがまぁ兄貴稼いでるしなと一人で納得した。
「…入らねぇのか」
「あ、いや、入る」
そう返すと兄貴が鍵を開けてくれた。俺は遠慮がちにお邪魔しますと言って中に入った。
靴を脱ぎ、兄貴の後ろに続き廊下を歩く。少し歩くと部屋があり、「こっちがリビング、こっちが洗面所」などと兄貴が部屋の紹介をしてくれた。
___とりあえず兄貴がリビングに入っていったので俺も続くことにした。ぐるりと部屋を見回して一言__生活感がねぇ。いや、なんというか……センスはいいのだが、物が極端に少なく、兎に角生活感がないのだ。それこそ本当にこんなとこに住んでんのかと疑ってしまうほどに。まぁそれが兄貴っぽいのだけれど。
「……なあ兄貴」
「なんだ」
「俺の荷物ってどこにあるんだ?」
俺は荷物の場所を知らない。なぜなら俺が寮に送ったはずの荷物が兄貴によって兄貴の家に送られたらしいからだ。
「荷物?……嗚呼、お前の部屋にある」
「……俺荷解きしたいんだけど」
「あ?んなもん、もう終わってる。それより夜飯どうする 」
「え……?」
荷解きもう終わってんの……?だれがやったの……?兄ちゃんがやってくれたの……?俺なんかのために……?俺は目障りで面倒臭くて利用価値すらない欠陥品なのにどうして……?
___嬉しい
どうせ兄ちゃんの気まぐれだって、期待するだけ無駄だってわかってる。けど少しでも兄ちゃんが俺のためにやってくれたんだって思ったら喜ばずにはいられない。
「おい、聞いてんのか。夜飯は?」
「え、ごめん。俺はいいや」
「……そうか」
さっきより態度がそっけない気がする。……怒らせちゃったかな…?せっかく兄ちゃんが気を使って聞いてくれたのに俺が断っちゃったから気を悪くしちゃった……?ごめん、ごめんなさい。でも俺なんかが兄ちゃんとご飯なんて食べちゃいけないから……どうしよう。
「ごめん、もう寝るね……おやすみ」
「は?」
俺は兄ちゃんにあいさつをしてすぐに部屋を出た。どうしても耐えられなかった。あの日のことがフラッシュバックする、あの声から、あの瞳から逃げてしまいたかった__。
―――――――――――――――
窓から差し込む光が眩しくて目を覚ます。ベッドから抜け出し、リビングへと歩を進める。その途中に家がやけに静かなことに気がつく。そしてリビングの扉を開けると家が静かな原因がわかった、そう、家に誰も居なかったのだ。
部屋を見回すとある1つのメモがあった。そこには『仕事に行ってくる。朝食は冷蔵庫に入ってるから食え』との文字。
凛は安堵のため息を吐いた。兄の顔を見ることにならずにすんだからだ。苦手なんだ、あの声色も表情も仕草もまた捨てられるんじゃないかって思ったら怖くて仕方ない。
それはそうとして、朝食……?俺は別にいらないのに。だからといって捨てる訳にもいかないだろう、あの兄が俺のためかどうかは知らないがせっかく作ったのだ、食べなければならない。そう思い、冷蔵庫を覗き、目で朝食を探す、丁度、朝食らしきものを見つけたので、適当に温めて食べる。
「いただきます」
「……?」
別に至って普通の朝食だ。それなのに兄貴が作ったんだと思うだけで美味しく感じるのだから不思議だ。
「ごちそうさまでした」
食べ終わったので食器を洗う。
なにもすることがなかったのでついでに洗濯もすることにした。
なんかもうここまでやったら掃除もした方がいいんじゃないか……?
ということで掃除もして、少しソファで休憩することにした。
――――――――――――――――――
〜数時間後〜
「…ん…rん…凛!」
いつの間にか寝ていたらしい。誰かに呼ばれた気がして目を薄く開けるとそこに居たのは兄貴で驚いた。
あれ……?なんで兄貴が……?俺、洗濯して掃除して、それで……あ、ソファで寝ちゃったよな…どうしよう、だらしないって思われたかな、嫌われたかな。本当、こんな自分が嫌になる。
「おい凛、こんなとこで寝るな。明日から練習あるんだぞ」
「……うん」
俺は曖昧な返事をしてのろのろと寝室に向かい、一人で反省会を開いたのだった。
それでしばらく寝れずにいるとまた電話がかかってきた。両親から仕送りについての電話だ。__よかった兄貴が居なくて、バレたら、電話がうるさくて、 家から追い出されるかもしれないし。
――――――――――――――――――
「ん、」
ゆっくりと目を開けて当たりを見渡す。日光が窓から差し込んでいるあたりもう朝のようだ。
今日からやっとチームでの練習が始まる。
ロードワークや筋トレは毎日欠かさず行っていたが、それでもチームでの練習は違う。少し楽しみだ、俺は練習の様子を想像しながら準備を終えた。
――――――――――――――――――
やっと練習が終わった。
正直、慣れない所での練習はキツかった。でもフランスで活動していたこともあり、最初に海外に行ったときよりは比較的苦労しなかった。それにさすが情熱の国と言われてるだけあってチームメイトもフレンドリーな人が多くて、このチームで上手くやっていけそうで安心した。
……でもやっぱり一部の人は俺のことを品定めするように見てきて怖かった。
ただそれよりも優しくされるのは慣れないな…。
それに練習もキツいというのに、まともにご飯も食べてない。分からなくなるんだ、兄ちゃんと居ると食べていいのか分からなくなる。
――――――――――――――――――
◇◇◇
そんな日々を過ごしていたからか俺は熱をだして倒れた。
「あーあ、何やってんだろ俺……」
結局、俺はいっつもダメダメで周りに迷惑かけてばっかりなんだ……
兄ちゃんはどう思ってるかな。やっぱりプロなのに体調管理も出来ないって呆れられたかな……?それとも、もう呆れるどころか認識すらしてない……?
ねぇ嫌、嫌だよ兄ちゃん。もう捨てないで、欠陥品だなんて言わないで、俺はまだ頑張れるから、利用価値だってあるはずだから、どうか俺を独りにしないで……!
「…………っ」
嗚呼、駄目だ、熱があるせいか思考がネガティブになってる気がする。
こんなことを考えていたらコンコンと扉をノックされた。その後、「入るぞ」という声が聞こえたので息が詰まった。
「大丈夫か?」
「うん…ごめん」
「プロなんだから体調管理ぐらいしっかりしろ」
「……うん」
「…昨日から飯食ってねぇだろ、食え」
「ううん…今俺財布ない 」
「は?財布?今いるのか……? 」
「だってご飯食べられない……」
「?飯ならあるぞ」
……まるで兄ちゃんと話が合わない。これが持ってる者と持っていない者の違いか…。どうせ兄ちゃんは熱がでたら、薬を飲んで、用意されたご飯を食べていたらよかったんだろう。
俺は熱なんかだしたら、薬なんて買えなくて、自室にずっと引きこもって寝てた。あんな小さい物でもそれなりの値段がする。たぶん俺と違って必要とされてて、利用価値があるからだ。そう、俺とは違って。
いいなぁ。俺はまだ利用価値があるんだって思いたいのに、俺だって必要とされたいのに。他の誰でもなく、兄ちゃんに__
「俺が居るのがそんなに嫌なら出てくから食え。お前この短期間で自分がどれだけ痩せてるか気づいてるか……?」
「別にそんな変わってな__」
「は?俺だけじゃなくて、チームメイトも気づくくらいだぞ変わってるに決まってんだろうが 」
「……………」
「なぁ、何がそんなに不満なんだよ。飯が嫌なら食いたいのつくってやるから__」
「ふふッ。兄ちゃんは優しいなぁ。ダメだよ俺なんかに優しくしたら勘違いしちゃうじゃん。」
「……何言ってんだよ」
「ねぇ、知ってる…?誰にも必要とされずに生きていくのがどれだけ辛いか。………知ってるわけないよね、だって兄ちゃんはずっと『天才サッカー少年』とか『日本の至宝』とか言われて誰にでも必要とされてたもんね」
「………… 」
「はぁ、俺、頑張ったんだけどなぁ 」
「ねぇ、認めてよ兄ちゃん。俺が必要だって言ってよ。俺には価値があるって言ってよ、そしたらまた頑張れるから…… 」
「____」
そこから俺の記憶は無い__。
――――――――――――――――――
起きた時にはもう兄貴の姿はなかった。そのことにチクッと少し胸が傷んだのは秘密だ。
俺の体調はというと熱も無く、だいぶ回復したような感じがする。
のそのそとベッドから降りて、各束ない足取りで寝室を出る、___向かった先はリビングだった。
「起きたのか」
「………うん」
リビングに兄貴の姿があって少し安心した。
「座れよ」
「ん……?」
俺の目の前にはとても豪華な朝食がたくさん並んでいた。
「食え…」
今日、なんかあるっけ…?
「どうしたの……? 」
「別に、お前が痩せ過ぎてるから食わせようと思って」
俺の問いかけに主語はなかったけど、通じたらしく兄貴から答えが帰ってきた。
「いただきます」
「ん、」
俺なんかにご飯用意してくれたんだ、嬉しいなぁ。
でも一つだけ思うことがある、我儘かもしれないけど、でも………病み上がりの人にこの量はキツくないか……?
「凛、練習が終わったら出かけるぞ」
「……?行ってらっしゃい」
「…違う、お前も行くんだ」
「わかった……」
兄貴がなんで俺と出かけるのか分からないけど、まぁ、何かしらあるのだろう。
―――――――――――――――――
「行くぞ」
練習終わりに兄貴に声をかけられた。嗚呼そういえば、どこかに出かけるんだっけ。
「うん……」
「凛、これ」
「こっちも」
「凛、あれもだ」
あれからショッピングモールを連れ回されて、現在__着せ替え人形になってる。
「もういいよ」
「あ?まだ全然足んねぇよ」
なんかこんなんで兄貴の時間を貰うのは申し訳なく思う。
いや、正直に言う___もう疲れたし面倒臭い、帰りたい。
「こんなもんか」
ようやく、服を見終わったようだ。
「飯食うか?」
「もういいから帰りたい」
「わかったどこの店にする?」
「は?」
あんた人の話聞いてたか?
「いや、俺は食べないって__」
「そんなこと聞いてねぇよ、俺はどこにするか聞いてんだよ」
「え、じゃあ兄貴の好きなとこ」
「わかった」
――――――――――――――――――
「え?ここ?」
「嗚呼」
確かに俺は兄貴の好きなところでいいと言った、言ったけれどこんなところに連れてこられると思わないだろ。
「ねぇ兄貴ここ」
「あ?別にお前に合いそうなとこ選んだだけだ」
は?いや明らかに高そうだぞ、ここ。俺こんなとこ来たことねぇよ。
「俺にこんなとこ似合わねぇって」
「いいから黙ってついてこい」
「………うん」
どんなにここで揉めていても埒が明かないのでとりあえず入店することにした。まぁ俺は兄貴が食べてるのを見てればいいか
って思ってたのに
「ほら食え」
「もう充分食ったって」
「あ?全然食ってねぇだろ。これも食えよあ、酒も飲むか?これならお前も飲めるだろ 」
「いや、俺お酒なんか飲んだことないって」
「だから今飲んで限度を知っておけば、スポンサーとの会食でも役立つだろ」
「そう…か?」
「嗚呼」
「じゃあ飲む……」
「ん」
なんかよく分からないけれど兄貴が酒を飲んでおくといいと言っていたのでそれが正しいのだろう。
「飲め」
兄貴に渡されたのはワイン?らしきものだった。
「……うん」
少しずつお酒を飲んでいく。
まさか兄ちゃんとお酒を飲む時が来るなんて思わなかった。俺が20歳の誕生日は…?あれ、記憶が無い。まぁ記憶が無いということは誕生日に気が付かなかったということだろう。
昔は誕生日が好きだった。なぜなら兄貴が祝ってくれるし、誕生日だからと我儘も聞いてくれてたから。
でもあの日から誕生日なんてどうでもよくなって最終的には誕生日に気付くことも無くなった。
「美味いか?」
「ん」
〜あれから数時間後〜
「兄ちゃ? 」
「ほら帰るぞ」
俺は見事に酔っ払っていた。
なんかふわふわする
「凛は酒強いんだな」
「凛、すごい? 」
「嗚呼凄いぞ」
「ん、えへへ」
兄ちゃんが褒めてくれた、うれしい。
それよりねむい。もう寝てもいいかな
兄ちゃんの匂いだ安心する、きっと兄ちゃんに背負われてるんだ。
そうしてる内に訪れてくる眠気に従って俺は意識を手放した。
最後に聞こえたのは俺のスマホの電話の着信音だった。
――――――――――――――――
「起きたか」
目の前に広がっている景色は見慣れたようで少し違うもの。
間違いない兄ちゃんの部屋だ。
「大丈夫か?」
兄ちゃんから発せられる声はどことなく甘い、そして優しい。
あ、夢だなこれ。だって兄ちゃんが俺にこんな優しく接するわけないし。
夢なら少しぐらい甘えてもいいよな……だって俺ずっと独りで頑張ってきたし。
「ねぇ、兄ちゃん」
「どうした?」
「俺、頑張ったんだよ。褒めて、認めてよ」
「そうだな、よく頑張った。偉いぞ」
あぁ、兄ちゃんが優しい。
ずっとこのぬるま湯のような夢に浸っていたい。
……ん?どこからか電話の音が鳴っているような……?もしかして現実で鳴ってる?そうだよな、この位の時間なら両親から電話がかかってきてもおかしくない時間だ。
なら兄ちゃんが目覚める前に起きなくちゃ。
「兄ちゃん、電話鳴ってる」
「あんなの無視しとけ」
「だめ、もう夢はおしまい。現実に帰らなきゃ」
「は?何言ってんだ」
兄ちゃんが邪魔でスマホを取りに行けない。このまま電話に出ないと、仕送りの金額が増やされちゃう、それは嫌だやっとレ・アールに移籍して自由に使えるお金が増えてきたんだ。
「いいからどいて!凛のお金無くなっちゃう!」
「マジで何言ってんだ?まだ酔ってるのか?」
は?それは現実世界での話だろ。え?お酒って夢でも酔うの?
「早く電話に出ないと仕送り増やさなくちゃいけなくなるの!」
「は?仕送り……?」
「そう!凛は兄ちゃんほど優秀じゃないから増やされたら困るの!」
「あ?どういうことだよ、お前の年俸は悪くないはずだろ?」
「そうだけど母さん達に毎月100万円仕送りしなきゃいけないの!」
「は?ちょっと待てどういうことだ……?俺たちの親はそんな量の仕送り金額を請求してくる人だったか?」
「……うん、”俺には”ずっとこうだったよ…… 」
「なぁ、凛。話を聞かせてくれ。俺が渡西してからの話を……」
どうしよう。今言っちゃったら、兄ちゃんと両親の関係はこのままではいられない……?
いや、夢だから関係ないか。
「俺…は、兄ちゃんが渡西してから洋服も食べ物も無くて……でも毎月現金3万円だけは渡されてたからそれを使って生活してたんだ……」
「……え?なんで…じゃあ俺は凛に__」
「そしたらね。やっと兄ちゃんがスペインから帰ってきて、嬉しくて、頑張ったこととかいっぱい話そうと思ったんだけど……捨てられちゃった…」
「違う…俺は凛を捨てたわけじゃない…!」
「そうだよね。俺が勝手に捨てられたと思っただけ、本当は拾われてすらなかったのに……」
「……」
「でも俺はプロになって母さん達から逃げてきたの……なのに今度は大人と見なすから仕送りをしろって言われたの、それは普通だってチームメイトが言ってたからちゃんと仕送りしてたんだけど……どんどん仕送りの金額が増やされて来ちゃって……これ以上は無理だって言ったんだけど、でも兄ちゃんはこれより仕送りしてるって言われちゃって……」
「……は、じゃあ凛はずっと俺なんかより苦しんで来たのか……」
「違うよ……兄ちゃんの方が辛かったと思うよ、ずっときたいされてきたんだもんね。でも俺も辛かったんだ。それでも、夢からは覚めないといけないの。ねぇ、どうやったら夢から覚めれるの?死んだら覚める?じゃあ殺してよ」
あ、兄ちゃんが凛のこと殺したら兄ちゃん殺人犯になっちゃうか、兄ちゃん悪くないのに。いくら夢でもそれはだめ、やっぱ自分で死なないと。
俺は自殺出来そうなものを探した。
あ、カッターがある。俺は、ベットの近くにあったサイドテーブルにカッターが置いてあるのを発見した。
カッターの刃を出して心臓部分に突き刺そうととしたとき、思いっきり兄ちゃんに腕を掴まれた。
「バカっ!何してるんだ!」
「何って……夢から覚めようとしてるだけだけど………」
「何言ってんだここは現実だ。やっぱりお前酔ってんだよ」
「夢の中でも酔うのか?」
「マジで話にならねぇ」
こんな言い合いをしている間にも無機質に通話のコールは鳴り響いている。
「はぁ、ちょっと待ってろ」
兄ちゃんは呆れたようにため息をついたあとクローゼットの方に消えていった。
しばらくして戻って来た兄ちゃんの手には兄ちゃんのであろうネクタイとタオルが握られている。
「大人しくしろよ」
そう言って兄ちゃんは俺の手足をあっという間に拘束していく。
「辞めろよ!」
「あ?うるせぇ。口も塞ぐか」
口にもタオルを詰め込まれて、俺はしゃべれなくなった。
「ん、ん〜〜ッ!」
「いい子だから静かにしてろ」
そんなこと言われたらもう黙るしかないじゃないか。どうしたって俺は兄ちゃんに逆らえないのだから。
「はぁ」
「ん〜!?」
待って、待って、やめてよ。
なんで、なんで勝手に
電話に出るの?
『おい凛!いつもワンコールで出ろって言ってんだろ!?そんなことも出来ないのか。』
「………」
『まったく、本当お前は少しでも冴みたいになれないのか!?出来損ないの欠陥品が!!』
「………」
ごめんなさいっ!もうやめてわかったからこれ以上兄ちゃんに情けない姿を見せたくないんだ。
『そういえば今週の仕送りまだだぞ!お前は冴と違って親不孝者なんだから仕送りとかで敬意を見せろ!』
「………」
え……?いつから仕送りが月ごとから週ごとになったの?
『まさか冴にも同じことしてないだろうな!水道代、ガス代、電気代、一つでも冴の負担になるなよ!?お前は冴に住まわせてもらってるだけ感謝しろ!お前の存在が有害だと自覚して過ごせ!』
「…………」
『さっきから黙ってんじゃねぇよ!聞いてんのか!?』
「嗚呼、全部しっかり聞いてる、クソ親父」
『……え?なんで冴が?まぁいい、声が聞けて嬉しい、元気にしてるか?困ってることはないか?なにかあったらいつでも連絡してきなさい』
普通の親子ってこんな感じで会話するんだ、俺はしてもらったことないなぁ。
………にしても変わり身が早過ぎないか?
「毎晩夜中に電話してる相手はてめぇらだな?しかも毎日あんなクソみたいなこと凛に言ってんのか 」
『いや……今日はちょっと酔ってただけでいつもは違うんだよ』
「はぁ、そもそも毎日電話してくんな迷惑なんだよ。あのなぁ時間差って知ってるか?そっちが昼ならこっちは夜中なんだよ、電話していい常識的時間を大幅に過ぎてんだよ!しかも凛はアスリートだぞ、アスリートは睡眠が基本なんだよ、それを削るとか許されねぇぞ。しかも酔ってた?お前のところは今昼だろ。なのに酔ってるってなんだ?昼間っから飲んだっくれてんのか?あ?」
『いや……ちょっとまて、今母さんと電話代わるから』
「チッ逃げたか……」
『もしもし冴?』
「母さん?」
『どうしたの?』
「……凛にご飯食べさせてなかったって本当?」
『あら、それは誤解よ。私あの子にちゃんと生活費渡してたわ。』
「でも3万円だろ?育ち盛りの子供には足りねぇな。」
『でもあの子はプロになったじゃない。子供なんて勝手に育っていくものよ。』
「はぁ?ふざけてんじゃねぇぞ!」
『ちょっとあの子ったら冴に何を吹き込んだの…!』
嫌だ、嫌だ、聞きたくない。
母さんの怒鳴り声を聞くだけで、俺はもうこの人に従うしかないんだって、そういう運命なんだって、本能が訴えかけてくる。
「ヒュッ…グスッ」
「凛?」
縛られた状態で両親の声が聞こえて、怖くて仕方なくて、溢れ出てくる涙は止めようとしても止まらない。それが凄く不快だったのに。
「大丈夫だ。兄ちゃんに任せろ」
この兄ちゃんの一言で、さっきまでが嘘のようにピタリと涙が止まって、ついさっきまであった不安が最初から無かったかのように消えていくのだから不思議だ。
『ねぇ!そこに居るんでしょ凛!?あんた冴に何を吹き込んだのよ!こんなことして後でどうなるか分かってるの!?』
怖くて怖くて仕方ない。
でも兄ちゃんがそばに居てくれるから、頭を撫でてくれるから、全部、全部、平気。
『どうせ全部聞いてんでしょ凛!あんたどうにかしなさいよ!?』
「うるせぇな、ちょっと黙れよ」
『冴………?』
「いいか、よく聞け。これから一生、凛には……いや俺たちには関わってくんな」
『いや……』
「あ”?」
『……分かったわ。でも仕送りだけはして欲しいの。お父さん仕事辞めちゃってね、お母さんもパート辞めたの。』
「は?それでも今までの仕送り分があれば暮らせるだろ」
『それが借金があって』
「は?何を買ったんだよ!」
『それは………』
「言え!俺をだしに凛から巻き上げた金で何を買ったんだ!?」
『家を買ったの……それと車も……』
「は?それで払えねぇって?自業自得だろ。凛はてめぇらのおもちゃじゃねぇんだよ、凛の人生はお前らのもんじゃねぇ。いやもう関係ねぇか。だって俺達はもう一切アンタ達に関わらない、仕送りもしない。俺達兄弟はアンタ達と縁を切る」
『え、まっ__「じゃあな」』
「はぁ」
俺のせいで兄ちゃんと両親の関係を壊しちゃったんだ。兄ちゃんにとっては良い親だったはずなのに。
――これは夢なんかじゃない。
だってさっきまで溢れて止まらなかった涙は不快だし、俺を撫でている体温も本物だ。
ごめんなさい、罪悪感でいっぱいだ。
でも嬉しい。兄ちゃんが両親より俺を優先してくれた、その事実がどうしようも無いほど嬉しい。
「ん、ん〜!」
「あ、悪ぃ。今解く」
「ん、ほら」
「兄ちゃ……ごめんっ、ごめんなさいっ、ありがとう……っ」
やっと解放された。もう苦しまなくていいんだ。自由に生きていいんだ。まずはどうしよう?兄ちゃんに迷惑がかからないように家でも買おうかな………。
「言っとくが、俺はお前を手放す気はねぇぞ。」
「え……」
「俺はもう凛を縛らない。だからお前が選ぶんだ。ここを出て自由に生きるか、俺と一生共に生きるか、どっちがいい……?」
そう言って兄ちゃんは俺を抱きしめた。
兄ちゃんに抱きしめられて俺は泣いてた。でもこれは、悲しい訳でも苦しい訳でもない。
嬉しいんだ。幸福だ。
だからきっと、これからは何があっても大丈夫だ。だって兄ちゃんがそばに居てくれるって言ってるから──。
けど、心配だ。
兄ちゃんに迷惑をかけていないか。
兄ちゃんがまた愛してくれるか。
――だって、まだ俺は人の言葉を信じられないから……。
――――――――――――――――――
兄ちゃん助けてくれて、救ってくれてありがとう。
けど、
けどね……
本当は、
ほんとはね、
救ってくれなくていいから愛されたかったの。
愛してるって言って欲しかったの。
誰よりも何よりも愛して欲しかったの。
――――――――――――――――――
これにて『あのクソ親を蹴散らして得た幸福は⋯』前編終了です!
お読み下さりありがとうございました。
後編は冴視点です、是非お読み下さい。
コメント
4件
んん、 … ?たまたま被っただけかな… 、 、それともご本人…? pixivに小説あげてる人と、書き方似てたから… でも、面白かったです、!