「――うっ、うわああああぁあああっ!!!?」
突然の恐怖と共に、私は身体を跳ね起こした。
大量の汗をかいており、動悸も激しい。喉がとても乾いている。
どこまでも暗い闇の中で、私の両手だけが血に染まる赤。
なかなか寝付けない夜は、恐ろしい夢によって唐突に終わりを告げられる。
強く噛んだ奥歯が痛む。
……今日も、そんな最悪からの始まりだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おはようございまーす!」
私は元気良く、ダイニングの村長さんと奥さんに挨拶をした。
……大丈夫。今日も一日、きっと頑張っていける――
「フレデリカちゃん、おはよう。
何だかさっき、フレデリカちゃんの声が聞こえた気がするんだけど……?」
「え?
――あ、すいません。ちょっと転びそうになっちゃって」
……もちろん嘘だ。
奥さんが言っているのは、私が起きるときに発したあの声のことだろう。
「そうなの? それなら良いんだけど……」
「はい、お騒がせしました。それじゃ、朝食の準備をしちゃいましょう!」
「そうね。今日はようやく晴れそうだから、ぱぱっと準備をしちゃいましょ♪」
「え? 晴れ……?」
思いがけず聞こえた、何気ない言葉。
しかしそれは、私にとっては縋りたくなる言葉だった。
「山の向こうが明るくなっていてね。
このままいけば、お昼頃には晴れそうよ」
急いで外に出てみると、遠くの空が少し明るくなっているのが見えた。
雲の流れを見るに、確かにこのままいけば晴れそうだ。
「リーダー! アンジェリカさん!」
ダイニングの二人を呼んで、遠くの空を指で差す。
頼りなくも明るい空を見ると、二人の涙腺が緩んだように見えた。……もちろん、私の涙腺はすでに緩んでいた。
「やっと……、やっと……晴れますね……!」
「良かったです。
本当に、良かった……」
目を潤ませながらそんな話をする私たちを、村長さんと奥さんは不思議そうな顔で見つめていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
昼食を食べ終わったころ、窓から明るい光が射し込んできた。
窓の外を見てみれば、久し振りの晴れた空が広がっている。快晴とまではいかないけど――
「……晴れました!」
誰にともなく、私は大きな声で言った。
このまま雨がずっと止まなかったらどうしよう? その不安から、ようやく解き放たれることが出来たのだ。
「晴れるのも久し振りですね。これで畑の方も、何とかなるかな……。
三人とも、色々とお手伝いをありがとうございました。本当に助かりました」
村長さんは空を見ながら、私たちにお礼を言ってくれた。
その流れのまま、奥さんが質問を続ける。
「ところで、フレデリカちゃんたちはいつまで泊まっていくの?
ずっといてくれても良いんだけど、先を急ぐ旅なんでしょう?」
しばらくすれば畑での作業も無くなるだろうし、村長さんとしては私たちを引き留める理由は無くなる。
そしてこちらの都合も考えれば、私たちは早々に旅立った方が良いのだ。
「そうですね……。まだ昼だし、今からでもそれなりには進めるかな……。
リーダー、どうしますか?」
とりあえず現リーダーのルークに話を振ってみる。
リーダーがいるのに私が勝手に決めたら、何だかおかしく見えちゃうからね。
「……それでは準備をして、早々に発つことにしましょう。
村長さん、奥さん、この度は大変お世話になりました」
「えぇ!? もう行ってしまうの!?
私たちもお世話になったからさ、今晩はお別れ会でもしないかい?」
奥さんは唐突に、そんな企画を持ち出してきた。
私の方をちらちらと見ているけど……これは、私のことを気に入ってくれたってことで良いのかな?
……しかし、私たちは追われる身だ。
晴れた今なら、雨の中を進んでいたときよりもきっと距離を稼げるだろう。
お別れ会は魅力的だけど、今は王都から出来るだけ離れなくては――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――ただいま!」
息子さんの部屋で出発の準備をしていると、家の入口から元気な声が聞こえてきた。
「……あ、息子さんが帰ってきたみたいですね。
入れ替わりになる感じだから、ちょうど良かったのかな?」
「そうですね。この部屋で4人で寝るっていうのは、ちょっと厳しそうですからね!」
エミリアさんは|可笑《おか》しそうに笑ったが、さすがに息子さんを含めた4人で一緒に寝る……というのはあり得ないだろう。
まぁそれはそれとして、息子さんの部屋も使わせてもらったわけだし、最後に挨拶だけはしっかりしておこう。
出発の準備を終えてダイニングに行くと、村長さんと奥さんの横に、一人の青年が立っていた。
「――ッ!?」
突然の私たちの出現に驚いたのか、その青年は慌てた表情を見せる。
家の奥から見知らぬ人間が3人も出てくれば、さすがに驚いてしまうか。
「皆さん、支度は終わりましたか?
入れ違いで申し訳ないのですが、こいつが私たちの息子になります」
「初めまして。不在の中、部屋を使わせて頂きました」
「……ああ、いえいえ。汚いところですいません」
ルークの言葉に、息子さんは恐縮するように答えた。
そして――
「――そうだ! 王都で、旅に良さそうなものを見つけたんですよ。
餞別代りに差し上げますので、少し待っていて頂けませんか?」
……え? 餞別……?
私たちは顔を見合わせた。
「いや、別にそんな――」
「まぁまぁ、折角ですし!
親父、お袋、ちょっと持ってくるのを手伝ってくれないか?」
「うん? 運ぶのが大変なのか?」
「いいからいいから!
えっと、お客さんたちはここで待っていてくださいね!!」
私たちは勢いのまま、息子さんに座らせられてしまって――
そして村長さんと奥さんは、息子さんと一緒に外に出て行ってしまった。
「……何をくれるんでしょう?」
「さぁ……?」
私とエミリアさんがそんな話をしていると、ルークが声を潜めて言ってきた。
「――アイナ様。
神剣アゼルラディアをください」
「え? 何で?」
突然の求めに、私は戸惑った。
こんなところで神器を出したら、村長さんたちが戻ってきたときに見られてしまうんだけど――
「……この家のまわりを、囲まれました」
「え? 囲まれ……? そ、それって――」
パリンッ!! スタンッ!!
私の言葉の途中、窓ガラスを割って矢が飛んできた。
壁に突き立った矢は、もう少しズレていたらエミリアさんに当たっていただろう。
「プロテクト・ウォール!!」
パリンッ!!
ヒュンッ!!
スタタンッ!!
エミリアさんがとっさに光の壁を張った直後、さらなる矢が部屋に撃ち込まれる。
私は状況を飲み込めないまま、神剣アゼルラディアを出してルークに渡す。
それにしても、何で突然……!?
タイミング的に、息子さんが何かしらの理由で軍の誰かを連れてきたとか――
……いや、今は理由なんてどうでもいい。
まずは、この場を何とかしないと……!!