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第24話、読み終えました。玲さんの「気のせいでしょう」って誤魔化し方が逆に胸にくる…。自分では割り切ったつもりでも、身体とか声って正直に出ちゃうんだな。それを焔に見抜かれるっていうのも、なんか二人の距離が縮まってきてる証拠みたいでちょっと嬉しくもあった。あと、父親の「この子が生まれてからろくなことがない」って台詞、玲さんの過去を思うと重たかった。ああいう細かい描写が効いてるなぁ。落ち着かない夕暮れの空気感もすごく良かったです。
第24話:割り切れたはずの微笑み、見抜かれた素顔
「付きっきり」の取り決めが交わされてから、すでに数日が経過していた。この数日は、私と彩、そして焔の三人で城下を回るのが常になっている。最初こそ、殺気立った皇帝陛下を治療の現場に連れ回すという事態に、患者たちも恐れ戦いていたが、それも次第に、奇妙な日常として馴染みつつあった。
ちょうど患家での治療を終えたところで、若い神官が息を切らして駆け込んできた。
「聖女様! 北の区画で、ご老人が意識を失いかけていると……!」
「分かりました、すぐに」
彩は一瞬だけ私と焔に視線をやると、すぐに聖杖を握り直した。
「申し訳ありません、玲様! すぐに戻りますので、お二人は先に次の患家へ向かっていてください!」
返事を待たず、彩は神官とともに人混みへ駆け出していく。あっという間にその後ろ姿は見えなくなった。相変わらず、迷いのない人だ。
「……仕方ありません。私たちだけで先に行きましょうか。対処薬もありますし」
私は往診鞄を抱え直し、焔を見上げた。
「その前に陛下、次の患家に着くまでに一つお願いがあります」
「あ?」
「殺気を抑えてください。この間、陛下が突っ立っているだけで、患者の子供が泣き出しそうでした」
「知るか。俺は突っ立っていただけだ」
「その突っ立っている姿だけで威圧感が凄まじいと申し上げているのです」
「面倒くさい注文だな」
「陛下がここにいると決めたのは陛下です。文句があるなら、離れていただいて構いませんが」
「……行くぞ」
焔はそれ以上取り合わず、先に立って歩き出す。私は小さく息をつき、その後を追った。西日が長く影を落とす路地には、荷車を引く行商人や、井戸端で噂話に興じる女たちの姿がある。焔の存在に気づいた女たちが、ぎょっとしたように口をつぐみ、それでも遠巻きに囁き合っているのが見えた。この数日で、こうした視線にも、多少は慣れたつもりでいる。
水路からやや奥まった路地に、小さな長屋があった。戸口には粗末な暖簾が下がり、家の中からは咳き込む声と、疲れ切った大人の声が漏れ聞こえてくる。
案内された部屋には、五、六歳ほどの少女が、高熱にうなされながら横たわっていた。その傍らで、母親は目の下に濃い隈を作り、放心したような表情で座り込んでいる。父親は部屋の隅で、こちらに背を向けたまま、疲弊しきった声で独り言のように呟いていた。
「……なんで、うちだけ、こんな目に。この子が生まれてから、ろくなことがない」
「あなた、そんな……」
「事実だろう。近所の子供は誰も、こんなにひどくなっていないっていうのに」
「お父、さん……?」
少女が、うわ言のように、か細い声を漏らす。父親はそれに答えず、部屋を出て行ってしまった。母親は追いかけることもできず、ただ小さく肩を震わせている。
私はその光景を、努めて何の感慨も持たずに受け止めようとした。五歳の頃、自分の白い髪と赤い瞳を目にした実家の大人たちが浮かべていた表情と、今、目の前にいる父親の背中とが、あまりにもよく似ている。あの時も、誰かが同じような言葉を漏らしていた気がする。「この子が生まれてから、ろくなことがない」形は違えど、きっと根は同じだ。
気づかないふりをした。
「薬師様……どうか、小春を……」
母親がすがるような声を上げる。私は小春の額に触れ、瞳孔を確認した。
「熱は高いですが、対光反射はしっかりしています。今すぐ処置すれば峠は越えられるはずです」
薬包を丁寧に広げながら、湯呑に溶かしていく。これは、数ある症例の一つに過ぎない。境遇が似ているからといって、処置の手順が変わるわけではない。
「……薬の飲ませ方をご説明します。よろしいですか」
小春の枕元に膝をつき、その背中にそっと手を回して身体を起こしてやりながら、私はいつもの手順で薬湯を飲ませていく。変わらない、これまで診てきた何十人という患者と何一つ変わらない、事務的な処置。私自身、そのつもりでいた。
「はい、苦いのは我慢してくださいね。すぐに楽になりますから」
「……にがい、やだぁ」
小春が顔をしかめ、涙目で小さく泣き出す。
「よく頑張りました。えらいですね」
声をかけながら、私は小春の額に張り付いた前髪を、そっと払ってやった。額の汗をぬぐい、薬湯を吐き出さないよう枕に布を敷いて若干高くする。何ら変わらない一般的な対応を、私は淡々と続けた。
少し離れた場所で成り行きを眺めていた焔は、その一部始終を黙って見ていた。
治療を終え、長屋を辞して路地を歩き出したところで、焔がふと口を開いた。
「……お前でも、そんな顔をするんだな」
「は? 何のことですか」
「さっきの子供にだ。妙に猫撫で声を出していたし、髪をやたら丁寧に払っていた。いつものお前なら、さっさと薬を飲ませて終わりだろうが」
一瞬、言葉に詰まる。
指摘されて初めて、自分が無意識のうちに柄にもない態度を取っていたことに気づいた。幼い頃に家族から疎まれることを無意識に自分を重ね合わせたのだろうか。
(己の境遇くらいでは動じないだけの諦念は、とうに自分の中にできあがっているはず)
実際、頭で考える分には何の感慨もなく処理できていたつもりだった。
それなのに、身体が、あるいは声が、頭の統制の及ばない場所で勝手に何かを表していたらしい。しかも、それを見抜いたのが、自分ではなく、他でもない焔だったという事実が、腹のすわりを悪くしている。
「……気のせいでしょう。私はいつも通りに処置をしただけです」
誤魔化すように視線を逸らし、いつもの調子を装って会話を打ち切る。
「ふん。まあいい」
焔はそれ以上追及するでもなく、前を向いて歩き出した。その素っ気なさに、少しだけ救われた気がした。
私は往診鞄を抱え直し、焔の半歩後ろに続いた。夕暮れの路地には、夕餉の支度をする煙が立ち上り始め、水路の匂いに混じって、どこか懐かしいような、そうでないような匂いが漂っている。二人分の足音だけが、静かに響いていた。
私は自分でも説明のつかない落ち着かなさを持て余しながら、ただ黙って歩き続けた。次の患家までの道のりが、いつもより長く感じられた。