テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
レモレモ・瑠璃
236
#stgr
ポテサラ
2,366
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
aotbの場合
つぼ浦は太陽が好きだった。
どこまでも人々を照らし続け、いつでも青い空の中で輝くあの姿。
自分にピッタリだと思った。
だけど、いくら手を伸ばしても届きそうで届かない。
そんな近くて遠い、ギラギラと輝く太陽が、つぼ浦は好きだった。
──────────
しかし、最近のつぼ浦にとって、太陽は少し疎ましい存在となりつつあった。
原因は不明なのだが、日の下でしばらく過ごしていると謎の怠さに見舞われる。
最初はただの風邪かと思っていたのだが、どうにも風邪にしては長引き過ぎている。
これでは元気と狂気が取り柄の特殊刑事課としての業務も果たせない。
あんなにも憧れの存在であった太陽が、今ではつぼ浦の調子を狂わせているのだ。
しかも、怠さに加えてここ数日は食事をしても腹が満たされない。
生命活動に必要な食事はしているはずなのに、ずっと腹の音が鳴り続ける。
好物のハンバーガーを食べても、どれだけ大量に食べても、胃に何かが溜まった感覚がしない。
謎の怠さと満たされない空腹に苛まれ、日に日につぼ浦の体力は消費されていった。
このまま放っておくと、いつか倒れかねない。
しかし、対処法が分からぬまま体調を隠して日常を過ごしていた。
今日も太陽が明るくコンクリートと人間を照らしていた。
そのせいで、いつまで経っても怠さは無くならないし、空腹感は日に日に酷くなる。
そんなことは露知らず、なにやらこの街は現在大型歪みとやらで大騒ぎしているらしい。
その大型歪みが原因で殺傷事件が増えていると署長が神妙な顔で話していたのをつぼ浦は聞いていた。
だがつぼ浦には、市からの長ったるいお知らせなんて見る気も起きなかった。
つぼ浦は少しでも体調不良から気を紛らわせようと、本署の階段から景色を眺めていた。
季節は春が夏へと姿を変える頃。
日差しが以前よりも強くなっているような気がしなくもない。
日差しの強さに比例するように、つぼ浦の体はズンと重くなる。
太陽を恨みがましく見ていると、丁度その視線上の屋上にいた青井と目が合った気がした。
ヘルメット越しで、しかも遠く離れた場所にいるから目が合ったとは言えないのかもしれない。
だが、つぼ浦からするとバッチリ目が合った気がするのだ。
つぼ浦にとって、最近の青井は太陽に並ぶ悩みの種であった。
体調不良をいつも以上の奇行でカモフラージュしていたのだが、それを青井だけが的確に見抜いてくる。
そんなことが何度か続き、つぼ浦はなるべく青井と顔を合わせないようにしていた。
しかし、合わせないと言っても限度がある。
今回のような偶然だって起きることもある。
「つぼーらぁ」
『なんすか』
「お前、なんかこっち見てなかった?」
『見てないっすよ。自意識過剰にも程があるぜ』
案の定、目が合っていたらしく青井が屋上から降りてきた。
「こっち見てた気がするんだけどなぁ」
『気のせいですって。てか用がないなら仕事戻ってくれます?』
「んー……、用はあるんだよねぇ」
そう言いながら青井は階段に座り込むつぼ浦の顔を覗き込む。
暗いヘルメットの奥で藍色の瞳が輝いて見える。
その瞳は、見透かすようにつぼ浦の目を見ていた。
「……体調悪いの治ってないでしょ」
その言葉につぼ浦はギクリと体を硬直させる。
図星な事を悟らせないために平然とした顔をするが、青井にはお見通しらしい。
「病院行けって前も言ったよね?」
病院と聞いた途端、行くのを拒否する子どものように青井から後退る。
問題児の扱いに困り果て、青井は大きなため息をついた。
その様子を横目に、つぼ浦が空をぼんやり眺めていると、突然強い風が吹き、体が大きくバランスを崩した。
慌てて青井が倒れかかったつぼ浦を支え、互いの体が密着する。
その瞬間、嗅いだことのない美味しそうなご馳走の匂いを鼻が掠めた。
『なんか、美味そうな匂い……?』
「なに、お腹空いてんの?」
『いや、食ってはいますけど』
いくら食べても満腹になれなくて、いつしか食事は娯楽というよりも義務になっていた。
「じゃあこれやるよ。多分お腹空いてるから体調悪いんだろ」
差し出されたのは青井がよくレギオンで買っているホットドッグ。
歯ごたえのありそうなパン、肉汁で程よく艶めいたソーセージとそれを彩るケチャップ・マスタードたちは美味しいのだと思う。
『……ありがとう、ございます』
つぼ浦の珍しい言葉に青井は目を見開く。
その目を見て、つぼ浦は不機嫌そうな顔をする。
『……なんすか』
「いや、つぼ浦が素直に感謝するなんて……」
『アオセンから見て俺はどういう人間なんですか』
「え?感謝という言葉は辞書に入れてない男」
『ひでぇ』
そう言いながらも、つぼ浦は差し出されたホットドッグを両手で受け取った。
一口かじる。
香ばしいパンの匂いと肉の脂が口いっぱいに広がるはずだった。
味はする。美味しいと頭では分かる。
なのに、いくら食べても満たされる感覚がやってこない。
まるで底の抜けたバケツに水を注いでいるようだった。
「どうした、まずい?」
『いや……美味いは美味いんすけど』
つぼ浦は残りを一気に頬張った。
咀嚼して、飲み込んで、また腹の音が鳴る。
鳴り止まない腹の音に青井の目つきが少し変わった。
ヘルメットの奥の藍色の目がすうっと細められたのが見えた。
「お前、もしかしてだけど」
『ン?なんすか』
「あー……ちょっと待ってて」
『?はい』
そう言って青井は自分用のバイクに跨りどこかへ行ってしまった。
待てと言われたつぼ浦は大人しくその場で青井の帰りを待つことにした。
今日は生憎の晴天で曇り空一つ無い。
時刻は正午を過ぎたあたりで、これから日差しが強くなっていくであろう時間帯。
植木の影で幾らか日差しは遮られているが、それでも太陽の光はつぼ浦を照らすことをやめない。
次第につぼ浦の視界はぼやけてくる。
だが、つぼ浦は中に入って待つという考えを持ち得ていなかった。
そこまで考えられる余裕がなかったのかもしれない。
体調が悪くなっていくのを頭の隅で感じながら、ただただぼんやりと青井の帰りを待っていた。
「つぼ浦〜。おまたせ……つぼ浦?」
数分後、青井が戻ってきて一番最初に目に入ったのは、真っ青になって階段に横たわるつぼ浦だった。
「つぼ浦!起きろ!」
『ぁ゛……?』
状況を飲み込めないつぼ浦は、確認するように小さく呟いた。
『あ゛ー……なんか、怠くて、腹減って、死にそうです……?』
「だろうね。とりあえず……これ、飲んで」
青井が差し出したのは赤い液体の入った小瓶。
まともに頭が働いていないつぼ浦は、中に何が入っているのかなんて気にせずそのまま受け取ろうとする。
しかし、受け取ろうとするその手は震えていて、小瓶を手に取ったとしても落としてしまう。
青井はそんな様子を見て、つぼ浦の上半身を支え口に液体を流し込もうとする。
「安心して。害があるやつじゃないから」
そうやって優しく言い聞かせられ、つぼ浦はゆっくり口を開ける。
流し込まれたその液体が舌に触れた瞬間、口いっぱいに旨味が広がった。
単純な旨味ではない。
様々な風味が重なりながらも互いを邪魔せず溶け合う、これまで知らなかった複雑な旨味だった。
液体を飲み込んだ瞬間、意識朦朧だったつぼ浦の目が開く。
『うめぇ……!』
つぼ浦は思わず声を上げた。
久しぶりに感じた満たされる感覚。
飲み込んだ液体が腹の底まで届き、じんわりと広がっていくのがわかる。
「……そっか。良かった」
青井はそう呟くと、小瓶に残っていた液体を最後の一滴までつぼ浦の口に流し込んだ。
その横顔には、安堵と、それ以上に何か複雑な感情が滲んでいるように見えた。
『……なんすか、これ?』
空になった小瓶を掴み、まじまじと見つめる。
中身はもう空だったが、うっすらと赤い色が瓶の内側にこびりついていた。
「答える前に、もう一回コレ飲んでくれない?」
青井が再び取り出したのは飲みきってしまった先ほどと同じ小瓶。
赤い液体が中でちゃぷりと揺れていた。
『……さっきは確認する余裕なかったですけど、ヤバいやつじゃないですよね?』
「大丈夫だって。害あるやつじゃないって言ったでしょ?……多分」
不穏な一言を残して、小瓶をつぼ浦に押し付ける。
つぼ浦は何か言いたげな様子だったが、体の怠さから解放された安堵感の方が勝り、それ以上追及する気力が湧かなかった。
小瓶に溜まった液体をじっと見つめて数秒。
一気に中身を流し込む。
『……ッ!?』
舌に広がるのは先ほどまでとは違う、喉を刺す苦味。
同じような液体のはずなのに、こんなにも味が変わるのか。
あまりの苦さに、戻しかけた中身を無理やり喉奥へと押し込んだ。
「どう?」
『なんてもん飲ませてんだ!?』
「あ、やっぱり味違ったんだ」
つぼ浦は口の中に残る苦味を吐き出すように咳き込んだ。
先ほどの液体とは明らかに質が違う。
あちらは全身を満たすような多幸感があったのに、こちらは喉の奥にべったりと張り付くような不快感だけが残る。
つぼ浦が握っていた2つの小瓶を手に取り、地面に並べた。
「今この街で話題になってる歪み、知ってるでしょ?」
『あー、なんかTwixでチラ見だけしましたよ』
「お前なぁ……まぁいいや」
街の情勢に対してあまりにも無関心なつぼ浦の態度に呆れた青井は、諦めたように話を続けた。
「単刀直入に言うと、お前、吸血鬼になってるよ」
『はっ?』
青井の口から飛び出た非現実的な言葉につぼ浦の頭は思考停止する。
しかし、その言葉は今この街では何処でも耳にするものだった。
「で、つぼ浦に飲ませたのは人間の血液。吸血鬼化に伴った空腹の症状っぽかったから」
つぼ浦は自分の手のひらを見つめた。
太陽の光に晒されたそこは、いつもよりほんの少しだけ、白く見えた気がした。
『……一応聞きますけど、ソレに入ってたのって、誰の、ですか?』
「ん?俺の」
サラリと流された言葉に、つぼ浦は一瞬呼吸を忘れた。
「あ、でも2本目は救急隊から貰ってきた輸血パックのだよ?」
あっけらかんと補足する青井を前に、つぼ浦はただ額を押さえることしかできなかった。
『なんでアンタの血なんて……』
その言葉に青井はふっと肩の力を抜くように笑うと、悪戯っぽく目を細めた。
「だってつぼ浦、俺の事好きでしょ?」
『はぁ!?』
あまりに唐突な発言に、つぼ浦は思わず声を裏返らせた。
そのまま青井は追い打ちをかけるように続けた。
「今回の歪みの特徴にさ、”吸血鬼は好意を持っている相手の血液は美味しく感じる”ってあるんだよね」
『……は?』
つぼ浦は一瞬、青井が何を言っているのか理解できなかった。
理解が追いついた瞬間、顔に一気に熱が集まる。
「俺の血、美味しかった?」
青井はにやりと笑いながら、わざとらしく顎に手を当てた。
『……誤解っすよ』
「誤解ねぇ」
『誤解です』
「顔真っ赤にしながら言われても説得力ゼロなんだけど。それにさ、気付いてたよ?ずっと俺の事目で追ってたでしょ」
図星を突かれ、つぼ浦は思わず両手で顔を覆った。
指の隙間から覗く耳まで赤くなっているのが、自分でも分かる。
「ま、その反応が答えみたいなもんだろ」
『……』
何も言えない。
心の奥にずっと隠していたものを、勝手に暴かれた気分だった。
憧れの太陽は、今もなおつぼ浦を照らし続けている。
それでも、さっきまでのような重苦しさは、少しだけ薄れている気がした。