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月光に戻ってから数日後。
その日は珍しく、店にモミジの姿があった。
「ユズリハくん、ちょっといい?」
名前を呼ばれて、ユズリハはぱっと顔を上げた。
いつも通り穏やかな口調だが、どこか要件を急いでいるようにも聞こえる。
「はい! どうしましたか、モミジさん」
「この前、暴走魔具の対応したって聞いた」
「あ、はい。あの首飾りの件ですね」
思い出すだけで背筋が少しひやりとする。
迷子探しのはずが、暴走した魔道具が自我を持ち、誘拐事件にまで発展したあの日。
サグメと力を合わせ、なんとか事態を収めたが、探偵業の洗礼としてはあまりに濃すぎた。
「それ、まだ持ってる?」
「はい……ちょっと待ってくださいね」
ユズリハは立ち上がり、スタッフルームへ向かう。
引き出しの奥に厳重にしまっていた首飾りを取り出し、戻ってきた。
「これですよね」
「それ。それ、ありがと。行くよ」
「行くって……どこにですか!?」
問い終わる前に、モミジはユズリハの手を掴み、半ば強引に外へ連れ出した。
「魔道具屋のとこ」
「え、ま、魔道具屋……? そもそも魔道具って……?」
路地を抜けながら、ユズリハは必死に食らいつくように問いかける。
「魔道具はリンクみたいな力を持つ道具。
魔道具屋は、それを売ったり買ったりする場所。暴走した魔具は、また使えるようにそこへ持ってくの」
「そうなんですね……!」
知らない世界が、また一つ増えた感覚に胸が高鳴る。
「ユズリハも、魔道具持ってみるといいよ。店主から貰お」
「えっ、ぼ、僕がですか?」
そう話しているうちに、薄暗い路地裏の奥に、ひっそりと怪しげな扉が現れた。
看板もなく、普通なら見過ごしてしまいそうな場所だ。
「し、失礼しまーす……」
恐る恐る扉を開くと、中は骨董品店のような空間が広がっていた。
古びた棚に並ぶ数々の品々。その奥に立っていたのは――猫の着ぐるみの頭を被り、ワイシャツに黒ネクタイを締めた男だった。
「ひさびさ。ハナビ」
「おう、モミジ。で、そっちは?」
「月光で働くことになった、ユズリハです。よろしくお願いします」
「そうか。よろしく頼む。俺はハナビ。そう呼んでくれ」
男は淡々とそう言った。
表情は猫の頭に隠れて見えず、感情の起伏も読み取れない。
「これ、暴走した魔道具」
「おう。これは頼まれてた魔道具だな」
「……あの、こんなにたくさんの魔道具、何に使うんですか……?」
「私の魔道具のスーツケースは、暴走魔具を収納して操れる。だから、あればあるほど嬉しい」
「暴走魔具は直すのめんどくせぇし、俺も助かってる」
さらりと交わされる会話に、ユズリハはただ圧倒されるばかりだった。
「……あ、そうそう。ユズリハに護衛用の魔道具、やってくんね」
「えっと……本当に、いざというときに使いたいんですけど……」
「そうか。少し待て、探す」
ハナビは棚の奥へ消えていく。
――表情が見えないから、何を考えているのかまったくわからない。
ユズリハは、なんとなく落ち着かない気持ちで待った。
しばらくして、ハナビが一つの物を手に戻ってくる。
「これだな」
「……ペン……?」
「いざというときに使うといい。使い方は、開けたときに頭に入るはずだ」
「ありがとうございます……! 大事にします……!」
「気に入った。また来るといいさ」
「じゃ、また」
そうして店を後にし、月光へ戻ると――店内はざわついていた。
ユズリハ「どうされたんですか? みなさん」
サグメ「シアターから、また手紙が来たんだって」
モミジ「なにそれ」
ミケ「シアターは月光を危険視してんだ。それで最近ずっと、店を畳めって忠告が来てる」
サグメ「で、今回が最後の忠告ってわけ」
ユズリハ「さ、最後……!」
ツクヨミ「あはは、大変なことになったねー」
ユズリハ「呑気!!」
初めての探偵業を終えたと思った矢先、月光を巡る状況はさらに不穏さを増していく。
ユズリハは胸元で、もらったばかりのペンをそっと握りしめた。
――この場所で働くということの意味を、まだ彼は知らない。