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…俺には、尊敬する父が居た
巣生まれ巣育ちの俺は話でしか聞いたことが無かったが、父は昔まで裏路地に住んでいて、血の滲むような努力の末に巣への移住権を得られた……らしい
その頃から立ち上げていた事務所で母と共に働いていて、巣への移住と同じ時期に告白し、順調に結婚した、と意気揚々に話していた
…父はその経験からか、とても優しい人であった
他事務所が困窮していれば必ず応援へ向かい、時には金銭的な問題までも解決してしまった
他事務所からは、”都市に向いてない性格”なんてよく言われていた
…俺はそんな父だからこそ大好きだったし、尊敬していた
…ある日、母が亡くなった
俺には何も言われなかったが、父は一言、”他事務所とのいざこざ”とだけ言われた
……俺は、何も出来なかった
父はそれ以降事務所に居られなくなったのか、事務所を抜け人差し指へ入った
ただ一言、”お前の為だ”とだけ言って
……俺も早く、大学に入って卒業し、『指』か『翼』へ入らなくては……
そう思って部屋に籠もり、勉強に明け暮れていた
母の死から目を背ける様に
父の様になるために
「…父さん……最近顔色悪いよ……?
…飯食ってる…?ちゃんと寝てる…?」
「……………ハッ」
父は久しぶりに大声を出して笑った
「………やっぱりお前は、優しい奴だな」
「………父さんに似たんだよ」
「…………………そうか。
……お前も、勉強頑張れよ」
「…あぁ、勿論!!」
次の日、父が行方を眩ませた
父の部屋を探せば紙切れが一枚、”大切な人の脳を今から24時間以内に掻き出せ”とだけ
……やっぱり、俺には何も出来なかった
俺は必然的に、裏路地へ追いやられた
大学費用があった為、数年は生きていけそうだが…それ以降は自力で稼がなければならない
俺はハナ協会でフィクサーとなり、事務所を立ち上げた
そして父と同じ様に他事務所への応援に行き、生活が困窮しているフィクサーに資金援助をしたり…
ただ背を追いかけるだけで、まるで父になれた気がした
…が、それがダメだったのだろう
応援に入った事務所は潰れ、資金援助したフィクサーはそのまま雲隠れした
晴れて底辺事務所の底辺フィクサー、そして殆ど一文無しとなり、相応の依頼の帰りに…ある少女を見つけた
「……………」
「……生きてるよな?」
満点の星空の様な蒼い髪に小さい体
……そして、全身の青痣
俺の一つか二つほど年下だろうか
俺は目を瞑り、今にも消え入りそうな少女に話し掛けていた
「おい!!起きろ!!!このままじゃ掃除屋が来るぞ!!!
おい!!…やっと目を覚ましたか!
さっさと付いて来い!」
少女はやはり訳ありの様で、ツラツラと話し始めた
…そんな少女に自分を重ねてしまった
もし自分にも父が居なければ同じ様になっていたと思うから
俺はその少女を救おうと、自分の気持ちを全力で伝えた
父さんがそうしたように
そして
「乗ってやるよ
…生きる理由が出来ちまった」
「ああ、これからよろしく頼む」
そうして、初めて自分の気持ちが報われた
初めての依頼の共同作業
初めて異性と衣食住を共にし、
少女…スミレもすぐに心を開いてくれ、家族とも呼べる大切な人となった
そして、スミレは俺を庇って死んだ
今回は母とも父とも違い、俺にも何か出来た筈なのに
ただ立ち尽くしていた俺は、スミレの手を取る事すら出来なかった
彼女は最期まで、俺の事を想っていてくれたのに
自暴自棄になり、L社へ入社した
あの時の記憶が頭にこびり付いたまま
…俺はその場所でさえ、誰も救えなかった
数分前に会話を交わしたオフィサーの死体を掃除し、自分の観測ミスで脱走したアブノーマリティが大量の職員を殺していた
…やがて、自分が生き残る為に動くようになった
そして………施設中が謎の光に包まれ、意識がゆっくりと薄れていく時、”ようやく終わった”と心の底から安堵した
…目が覚めた
図書館という場所で、顔馴染み共と一緒に働くこととなった
…何の罪も無い都市の人間を殺す仕事を
俺は俺に恨み言を吐く人間の首を落としながら考える
………俺は何所で間違えた?
L社で生き残ってしまった事?
あの時L社に入社した事?
あの時手を取れなかった事?
あの時事務所へ戻った事?
あの時スミレに出会った事?
あの時…いや、俺が………
「……………」
考える事が間違いだと気付いた
俺はただ武器を振るい、ただ切り裂くだけだ
考える事は辛いだけだから
だから
俺は目の前の何かを持ち上げる
右手に握った武器をその何かへ押し当て、真っ二つにしようとする
両手が空いているため、反撃される前に……
…反撃?
違う
これは人間なんかじゃない
何も考えるな
考えるな…考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考え──……
………俺の頬に手が伸びる
とても小さく、
傷だらけで、
繊細な物に触れる様な優しい手
か弱い力の筈が力強さを感じる手
冷たい筈なのに、暖かい手
そこで初めて、目の前の何かへ意識を向けた
「…………………………は」
左手に込めた力が抜ける
それによって落下するその何かは…いや、人物は………
スミレは
喉に詰まった物を吐き出すように、体に酸素を取り込むように、苦しそうにしながら言葉を紡ぐ
「ゴホッゴホッゴゲホッ!!ハーッハーッゴホッ!!……はんす……
ハァーッハァーッ…よかっ……った…」
スミレは仰向けに倒れ、呼吸を整えながら話そうとする為、見ているだけで辛くなるほどに苦しそうだ
「すみれ……スミレスミレスミレ!!!
大丈夫だ!!大丈夫だから一旦呼吸を整えてくれ!!!」
武器を投げ捨てすぐ側で座り込み、自分でも分かるほどに表情が歪む
そのツラを見つめるスミレは、とても愛おしそうな瞳をしていた
「ハー………ッハァー………うん、もう大丈夫だよ」
「………そうか」
静寂が訪れる
気まずい訳では無く、互いに掛ける言葉を探し続けていた
俺が最初に口を開いた
「……ごめん。スミレは俺を傷つけないようにしてくれたのに……俺は……」
俺が付けた大きな傷を見やる
その巨大な傷から流れる血液は、空気に触れる度に紙となって舞っていった
………紙となって???
これまでの本になったゲスト達を思い出す
冷や汗が流れ、手が震え始める
スミレの足元を見れば……ゆっくりと紙となって無くなっていた
「……ぅ……そだ…うそだウソだ嘘だ!!!!!
俺が俺が俺が!!!!!また!!!スミレを!!!」
「ハンス。」
スミレは完全に落ち着き払って話し始める
「……私は、ハンスの事を良く知ってる
あの後どんな事を思っていたか。
どれだけ思い詰めていたか。
どれだけ私を想ってくれていたか。
…だから、これだけ言わせて。
私は、ハンスを恨んだことなんて無いよ。」
「…な…なんでそんな事を……」
「………あの時、ハンスに救われて、初めて誰かの為に生きたいと思えたの。
……ハンスと出会えなかったら私はここに居なかった。
だから……自分を責めないで?」
そう言い伸ばしてきた手を、俺はすぐに掴んだ
「……スミレ…本当に…」
いや、今言うべきは謝罪じゃなく…
「……本当に、ありがとう。」
「………ふふ…
………ハンス。
……………大好きだよ。」
”スミレの本 獲得”