真っ白なキャンパスの血は、どうしてこうも僕を惹きつけるのだろう…あぁ…そうだ…ずっと気づかないようにしていたんだ…狂人ってのは…
笑うんだね。
「わぁ…雪だ…」
今朝はやけに体がガタガタと震えていたと思ったら初雪のせいだった。窓に張り付きこないだまでオレンジや黄色で色づけされていた樹木が今では神秘的な白いドレスを纏っていた。これがいわゆる雪化粧というやつなのだろう。外に出ていつもならはしゃぐところを昨日から風邪を引いていて今日も1日窓の景色を眺めて終わりそうだ。外に出ようとすれば頑固な社長が許してくれるはずないから手段は底を尽きている…
「暇だなー外に出たい、寝るの飽きた」
あまりにも退屈な時は階段を降りて社長を探す。年季の入った襖を開けるのはコツがいるが年月が経てばそれは必要としなくなった。
「しゃちょー」
「あれ?」
この時間なら絶対にこの部屋にいるはずの社長が見当たらなかった。ただ社長がいない代わりに1枚の置き手紙があった。
「台所に粥がある。温めて食べなさい。夕方には帰る。」
珍しい。どんなに急な用事があったとしても必ず僕に伝えてから外出する福沢さんが置き手紙を残していった…いや、体調不良で寝込んでいた僕に気を使ったのか…優しいな…福沢さん…
そういや昨日から何も食べていなかった…食べないと風邪は治らないと聞いたことがあるからお粥を食べよう。まだ温かい土鍋から推測するに家を出たのはついさっきだろう。粥を器によそいイスに腰掛ける。粥を食むと嚥下される感覚が分かりやすい。固形物は久々に口に含んだ。異物が身体に入っていく感覚が気持ち悪くて昔から上手に食べれなかった。食べないと死んでしまうから無理をしてでも口に含むようになった。おかげで食事の時間が苦痛で仕方なかった。福沢さんが介護してくれなかったら僕はとっくに栄養失調で倒れていただろう。小皿に盛った粥の8割程をレンゲを使って流し込む作業が終わった。これで今日の夜まで何も食べなくていい。
「ごちそうさまでした。」
席を立ち、ふと気がついた。福沢さんが居ない今なら外に出れるのではないかと。そう思いつきすぐに支度を始めた。玄関に向かい僕も福沢さんと同じように置き手紙を残し
「いってきます。」
扉をゆっくりと閉めた。扉が最後まで閉まるのを確認し、振り返ると見惚れてしまった。真っ白の一面の雪に。こんなに雪が積もることがあるのか…興奮した僕は雪が積もっている場所に倒れてみた。当たり前だが冷たくて背中が濡れている感覚がある。冷たさを感じたかった訳ではない。起き上がったときにできる人の形が魅力的だったのだ。現場に行くときどんな格好でその人が死んだのかを型どり、事件を推測するために用いるためのものだが、そんなものに魅力を感じているとはその場の人間誰一人考えていないだろう。我ながら変な癖だ。僕は人が好きなようだ。そんなことをぼんやり人の型を見つめながら考えていると背後から
「わっ!」
と、聞き覚えのある声がした。振り返るとそこには太宰がいた。太宰の瞳を見つめていると
「乱歩さん、顔が赤いですよ」
心配そうに眉をひそめて言った。風邪なのがバレてしまったら当然家に戻される。咄嗟に僕は
「皮膚が薄いからねー寒い環境下で顔が赤くなるのは当然のことだよ。太宰くん」
と言い訳をした。
「知りませんでした。流石ですね。」
何故か彼は満面の笑みだった。あぁ…やめてくれ…端正な顔つき…厚手の薄茶色のコート…少し癖毛の髪…全てが僕を狂わす。僕は太宰が好きだ。一般的な「好き」とは違い殺人対象の「好き」だ…いつから僕はこんなに狂ってしまったんだろう。
1番古い記憶を掘り返すとせっせせっせと何かを懸命に運んでいる長蛇の列からひょいと1匹のアリを掴み、その場で頭、胴体、脚をバラバラにした。無意識だった。我に返ったときにはバラバラになりながらも苦しみに悶えてる生命があった。綺麗…僕はそう思った。
そこから段々蝶、鳥、猫、あらゆる生命を壊した。こんなことしては駄目だと思った。ただ歯止めが効かなかった。1番印象に残っているのは紋白蝶だった。あの天女の衣のような羽根を僕はこの手で握り潰した。手折れた蝶は蝶という価値を失う。そして衣を失くした天女は羽ばたく方法を忘れ呆気なく地面に這いつくばる。まだ動いている…まだ生きようとしている…その光景が儚く、愚かで、純白でよく覚えている。
あの日もいつものように埋葬をしていた日だった。スコップを持ち遺体を赤子のようにゆっくりと穴に入れ茶色い布団をかぶせる。用が済むとここを早急に離れようと立ち上がって後ろを振り向くと知らない男がいた。気配が一切しなかった。いつからいた、どこから見ていた、何もわからなかった。何も気がつかなかった。唖然としている僕の瞳孔を少年のように見つめていた。僕がさっきまで行った行為は世間からすれば理解し難い行為だ。バレれば異端者、いわば犯罪者と同罪だ。
「スコップで何か作っていたのですか?」
男が尋ねた。
「あのね、ここら辺に興味深い鉱物がたくさんあって採集していたんだ」
僕は道化した。嘘をついた。少し口調を幼くして敵意はないかどうかを確認する。こうでないとまともに人とは話せないから。
「鉱物ですか、ここの土地は採集にはうってつけの場所ですからね。」
話を合わせたのか偶然なのか男はそういった。声のトーン表情の変わり具合、目線、瞳孔がどうなっているか瞬時に確認したが特段嘘をついている様子も怪しがっている様子も見られなかった。
「あ、私今から仕事なのでそれでは、お邪魔しました。」
少し笑い、僕に手を振りながらその場を足早に去った。
男の眼を見たときに感じた。そこには何の穢れも知らない、誠実な色だった。見惚れてしまった。動悸がした。これが吊り橋効果というものなのだろうか、それでも僕はあの日「恋」を知ってしまった。これが太宰との出会いだった。そこから人体に興味を持つようになった。人体に興味を持ったものはいいものの行動に移せなかった。犯罪者になりたくはなかったから。でも、あの太宰のことを考えると犯罪者になってもよかった。あの太宰が僕のために表情を変えてくれる。僕にだけ見せてくれる。白く消えてしまいそうな肌を真っ赤に染めたら、僕は死んでしまってもいい…これを裏と呼べば裏だ、でも全部僕自身なんだ…皮肉過ぎる…運命には逆らえないんだ…この残虐な運命からは…
それから何度も何度も太宰と会った。分かったのは彼の名前が「太宰」ということ「探偵事務所に勤めていること」、「僕より2歳年上の19歳」「自殺癖があること」、あの日も広場でいい自殺場所がないか立ち寄ったらしい。太宰に会えば会うほど道化の切り返しが困難になった。ドキドキする。どう喋ればいいのか分からなくなる。今までこんなことなかったから尚更それは僕を混乱させた。恋というものは恐ろしい。こんなにも乱れる…こんなにも刺激を与えてくれる。
好きな人の全てが好きで、知りたい。皮。骨。脂肪。臓器。全てこの目で、この手で確認したい。衝動を抑えるのに僕は必死なんだ。
僕は頭を抱え込んだ。太宰を見てはいけない。僕が僕でなくなる。その様子を見兼ねた太宰は
「乱歩さん!どうしました?」
心配そうに僕に近づいた。来るな…来ないでくれ…
「やめてよ!」
太宰の手を払った。表情が曇った。やってしまった。
「ごめん…僕が悪いんだ。その…」
言い訳が考えられない。正直に話したら距離を置かれるに決まってる…結局僕は普通になれない…
「今…僕、手がすごく冷たくてさ…あかぎれも
酷いし…太宰がこんなもの触っちゃだめだよ」
必死にはにかんだ。斜めを向いて、太宰の顔を見ないように。
しばらく沈黙が続いた。太宰が今どんな顔をしているのか僕には分からない。逃げてしまおうか、消えてしまおうか、思考がグルグルする。
「乱歩さん、好きな食べ物はありますか?」
「え?」
太宰に眼をやると僕を心配しているような顔をしていた。
「えっ…と…」
好きな食べ物が著しく少ない僕は必死に考えた。
「汁粉…とか、」
「じゃあ少し歩きましょうか。一緒に、いい甘味処を知っているんですよ」
「いいの?」
戸惑った。さっきまで酷い態度を取ってしまったのにも関わらず僕を誘ってくれた…
歩こうとした太宰の裾を掴んだ。
コメント
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こーゆー話大好きです😭🙏🏻とりあえずハート800ほど押させていただきました🙇🏻♀️続き待ってます🙏🏻💞🙌🏻
これは、、、神作品の予感!!