「ねぇ…僕さっき太宰にあんな態度取ったのにどうして…そんなに優しくしてくれるの?」
わからない…分からない…どうして?普通なら嫌われてもいい行動なはず、少なくとも関わってきた人たちは皆…
僕はハッとした、まただ、何も考えていなかった、自分の欲で動いてしまった。掴んでいた裾を急いで離した。
そうすると太宰がこちらをクルリと振り向き
「乱歩さんって見た目が華奢ですが手はしっかり男性ですよね」
さっきの僕の声が強風で聞こえなかったと言わんばかりのトーンでそのセリフを言い、太宰が石膏像のように動かない僕の手をお互いの目線まで掌を合わせたまま器用に移動させ手の大きさを比べ始めた。まじまじと観察してるかと思いきや突然指の位置をずらし僕の手を優しく包みこんだ。
驚いた僕は顔を上げた。
あぁ…やられた…これは罠だった…
顔を上げた先にはニッコリと笑ってる太宰がいた。ずるい…魔性の笑顔だ。その笑顔は僕を狂わす。しまいには、この色魔は
「乱歩さんだからですよ」
と、さっきのトーンとは違い酷く酒に酔ったときのような色気を感じる声質でそう言った。
飲み込まれそうだ、この人の魅力に…この前の授業で習った「魅惑」はこの場面で使うのがきっと正しい。教科書の淡々としたつまらないストーリーにはこの言葉は似合わない。
太宰にだけだ…絶対に…
パッと太宰が手を離し
「さぁ、行きましょうか」
「えっ…うん」
もう少しだけなんて…言えないや…
ザク…ザク…降った雪は足踏みをするほどに足型のスタンプが押される。そのサイズを見れば大方どんな人がここを通ったとのか予想できる。小さい足跡と大きい足跡、大人と子供。あっちは左利きだな…雪は弱めだが着実に積もっている…この足跡も明日になったら消えてなくなってしまうだろう。誰にも気付かれないだろう。きっと…
「うわっ!」
考えばかり気を取られて肝心の足元を見ていなかった僕は前に転倒した。
「いてて…」
はぁ…情けない…普段こんなミスしないはずなのに…風邪のせいだ。そういやさっきから目眩がするような…
転倒した僕と目線を合わせ心配そうに覗いた太宰が最後に写った。
「ん…」
知らないベットに僕はいた。あれ?なんでベットにいるんだ…最後はたしか
「あ、起きましたね。よかった」
太宰が配膳トレーと一緒にこちらに近づいてきた。 僕の目の前まで来るとそれを近くの机に置き、僕の方をじっと見てきた。
「熱…ですね。」
ただそれだけ言った。その後考えるように腕を組んで唸った。しばらくすると
「おてんばさんですね。」
と眉を下げて優しそうに言った。
ドキッとした、見透かされてる…太宰は福沢さんの存在を知っている。あの社長が発熱者を、ましてや雪が降っている日に外に出すわけないことを、僕が勝手に出てきたことを理解している。きっと、太宰は僕のことをしょうがない人だと思っている。
「いっ、いいじゃないか…だって、雪なんて久々に見たし、あまりに退屈で外に出て見たくて…」
ボソボソと言い訳をする。太宰は別に僕に対して腹を立てているわけではない。ただ僕自身が子供のようなあやし方を気に入らなかっただけだ。待てよ…何か忘れているような…
「あっ、汁粉」
太宰に目を合わせると何かを察したように配膳トレーの方に目を向け近くにあったそれを僕のベットまで運んでくれた。
「どうぞ、お汁粉です」
「ありがとう、いただきます」
ん…?このスプーン…かなりこだわって作られている、金属製じゃなくて木製だ。食器にこだわりを持つタイプなのか?その側面を見ると何かの字が彫られている
「カン…ミ…ヤ…アマノ…」
「ああ、それ家の名前です」
「えっ、太宰の家、甘味屋?」
「そうです」
「だからか、それにしても食器からこんなにこだわりを持っているなんて珍しいね…しかも彫ってある」
「両親が昔から私に、
「食器で舌触りが決まるんだ!お客様に満足して貰うためにはまず目で楽しんで頂くのが必要だろう!」
と、耳にタコができるまで言われていたので」
「まぁ、そんなことは置いといて冷めてしまう前に召し上がってください。」
スプーンで汁を口まで運び飲み込む。すごく優しい味がする。だからって薄いわけでもない。
「おいしい」
心の底からそう思った。食べ物に美味しいと思ったのなんていつ以来だろう…
「あぁ…よかった」
彼の方を見るとさっきまで張り詰めていた糸がようやく緩んだような、少し安心した顔をしていた。憶測だがこれは太宰が作ったのだろう。両親が不在の中、家の名誉に恥じないように、
相当なプレッシャーだっただろう。
そんなことをぼんやり考えていると急に吐き気がした。嚥下を失敗した訳ではない…身体が食物を拒否したわけではない。たまに起こる発作のような…時分の意思では操れない希死念慮だ。最悪だ…太宰のいる前だぞ
「ハアッ…ハッ…アッ…」
息ができない、頭の中が死ぬことしか考えられない…苦しい…くるしい、
ガシャン…カンカンカン…
なんだ、この音…あ、僕が汁粉を溢したんだ…あぁ、どうしよう
何も聞こえない…意識を失いそう、嫌だ…嫌になる、生きている限りこの呪縛から逃れられないのか…いっそう…楽になりたい
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