「おおー。ワグナージュそっくり」
「そうなのよ? こんな所なのよ?」
”6層はワグナージュ人の独壇場みたいになるんだよなー”
”よくはしゃいでる人いるわよね”
6層は砂原となっていた。遠くまで砂の大地が続いており、大小様々な砂丘、赤や黒など色々な種類の岩、そして所々に大きな池があるが、植物は一切生えていない。乾燥して出来た大地ではなく、元からこういう砂の大地として創られた層なので、気温はこれまでと全く変わらない。
(見た目熱そうな場所なのに、不思議だなぁ)
アリエッタは足元の砂をふみふみしながら、全く熱くない昼の砂漠について考えていた。
「アリエッタかわいいのよ……」
”うん、かわいい”
「当然よね」
「わたしもやるー」
いつの間にか、4人の子供達が砂遊びに夢中になっていた。
(なんでわちまで……)
巻き込まれたピアーニャはそのまま放置し、ネフテリアがこの層での行動指針を決めていく。
「そろそろわたくし達も前に出ようかと思うの。メレイズにとっては特訓って言えるレベルじゃなくなってきたしね」
「アリエッタとニオはまだまだ余裕なのよ」
「うん、まぁね……」
人類の実力者が到達しているのは11層まで。最高記録の半分まで来れば、ヴェレストの強さもかなりのものになってくる。前の5層からは環境も含めて相手にしていると言っても過言ではなく、ここでは砂上の戦闘に特化したヴェレストが多く現れるのだ。
「ところでゼッちゃん」
「はい」
「緊急脱出で帰ることは……」
「不可能です。グレッデュセントが儂ごと拒絶するように、全ての層を隔離しました。進むも戻るも正規の方法でしか行えないと思ってください」
「滅茶苦茶怯えてんじゃん」
”なんとおいたわしい女神様”
”幼子達に直接手を出す事も出来ず、逃げるしかないとは”
”だからって最下層までお出かけはないだろ”
イディアゼッターでも流石に隔絶した空間に移動するのは容易ではない。それでも空間を完全隔離する事は神でも不可能で、必ずどこかに空間同士の接点は存在する。それがここまで移動に使用してきたポータルという訳である。
以前にそう説明してもらったネフテリアは意味が分からないながらも、魔力が完全に途切れると制御が出来なくなって魔法が消えるのと一緒かな?と結論付けていた。
「ちなみに帰りは?」
「ご心配なく。グレッデュセントを説得して帰れるようにしてもらいます」
「なら安心ね。それじゃ、まずはウォーミングアップといきますか」
やる気を出したネフテリアが魔力を手に込め、横を見た。そして、
「【土流衝】!」
地面が爆発し、砂が舞い上がる。同時に大きな昆虫型のヴェレストが1匹飛び出した。
「キャーッ! キャーッ!」
「わああああっ」(なにこのでっかい変なへらくれすうううう!?)
現れたのは、上下から獲物を挟み込む大小の角と牛のような形の体を持つ、かなり固そうな外殻で覆われたヴェレストだった。
「頭でかっ」
”いきなりコイツかー”
”すげぇ硬えよ。どうすんの?”
「えーっと、虫はまず冷やして動きを鈍らせて……」
ネフテリアが再び魔力を込め、辺りが冷える程の冷気を放ち、ヴェレストを睨む。
「涼しいのよ」
「あの魔法には触らないでくださいね。凍傷になりますよ」
虫は冬眠するという性質上、基本的に寒さに敏感である。それはファナリアでも広く知られており、グラウレスタなどでも虫型生物対策として『火』属性の魔法がよく利用されているのだ。
過去ファナリアでは『水』の属性として氷や凍る現象を起こす魔法を分類していたが、現在では『氷を生み出す』と『凍らせる』では発生のさせかたが全く異なる魔法として研究が進んでいる。その結果、水を操作し氷を生み出す魔法は『水』属性としてそのまま分類されているのだが、温度を下げるという現象は水を操作しているとは言えないとし、別の属性として分類される事になっていた。
長年様々な検証を経て、たどり着いた結論。それが『火』属性である。火は温度を上げると赤から青へと色が変化していく。では逆に下げていくとどうなるか。その答えは『消える』で落ち着いたと思われたが、火の魔力はそこに存在し続けている事に気が付いた研究者は、さらに温度を下げるイメージを行った。結果、水に限らず接触したものを凍結させるという魔法の開発へと繋がったのである。
こうして、かなりの知識と魔法の制御が必要なため、『火』属性の『逆転』という、上位の魔法として分類される事となったのだった。
そのような魔法を使えるネフテリアを見て、ライブ視聴者のファナリア人達は畏れと尊敬を抱いた。
ヴェレストが突進するために地面を蹴る。大きな体で突進を食らえばひとたまりも無いが、ネフテリアは冷静に相手を見て、魔法を放っ──
「【魔連弾】おおああああ!!」
「ほっ?」
どがごががべきどどどっ
巨大な虫を見て悲鳴を上げていたニオが、耐えられずに全力で魔法の弾丸を無数に連射。1発1発が音速で飛ぶ鉄球のようなその威力は、鉄のような甲殻を持つヴェレストを易々と砕き、無残な形に変えながら吹き飛ばしてしまった。
「おぉぅ、わたくしの見せ場……」
”酷ぇ……”
”王女様の魔法見たかった……”
”あの虫が何したってんだ……”
”だから威力よ”
ネフテリアのカッコいい活躍と、魔法の成り立ちや説明ごと粉砕したニオはというと、
「ぐすっ……うえええええん!」
”あ、泣いた”
”まぁニオたんみたいな超乙女には、でっけぇ虫はキツイよなぁ”
「超乙女って何……」
虫が怖くて本気で泣いた。そして、
「ニオ、だいじょぶ、ひっく、だいじょぶ、う、うあああああん!」
何故かアリエッタも釣られて泣き始めた。さらに、
「アリエッタちゃん! におぉ、ないちゃ……びえええええん!」
「いや何でなのよ」
大泣きが連鎖して、大人達は困惑。しばらく子供達をあやす事に全力を尽くす事になったのだった。
「もぐ……」
「おいしい?」
「うん……」
子供達におやつを与え、すっかり気分を落ち着かせたところで、
「それじゃあ行きますか、7層っ!」
気分を新たに、新たな層を進む事にした。
砂原だった6層とは打って変わって、足元は全て水。足首までつかる程度の浅瀬が広がっており、所々に岩が飛び出している。そして空中には大きな水の球体が多数浮かんでいた。
6層はアリエッタ達が大人しくなっている間に、ピアーニャの『雲塊』でポータルまで飛んだ。襲い掛かってくるヴェレストをミューゼの植物で防ぎながら進んだら、すぐに辿り着いたのである。
「ネマーチェオンとかこんな感じだったのよ」
「あ、なるほどー」
”ネマーチェオン?”
”最近発見された木のリージョンか”
”へー”
「あそこも水浮かんでましたね」
ここでふと、ミューゼが考えを口にした。
「もしかしてヴェレスアンツって、どこかのリージョンを模して創られてる?」
「……まさかぁ」
ハッとしたピアーニャが、イディアゼッターを見ると、フッと笑みを浮かべて肯定されてしまうのだった。
「ご明察です。世界を創るセンスが無かったグレッデュセントは、当時完成していたリージョンを模倣、それぞれの層として創りました」
「ちょっと神様ぁ!」
”センスが無いって……”
”だからこんな仕組みって事?”
”うわ知りたくなかったなー”
”面白いけど、ひっどい裏話ねぇ”
ちなみに7層はネマーチェオンを模したのではなく、まだピアーニャも知らない別のリージョンが元となっていると、イディアゼッターが暴露した。
「おいコレみてるシーカー! かくソウをてっていチョウサな!」
”了解っす!”
”まさか未発見リージョンのヒントがこんな所にあるとは”
”こりゃ仕事も特訓も捗るぜ”
ヴェレスアンツで調査したところで、元となるリージョンに行けるわけではないが、こういったリージョンが存在するという情報は無駄にならない。もしかしたら既に発見している何かの中に、他リージョンからの落下物だと気づいていない物があるのかもしれないのだ。
「よし、ヤルキでてきた」
「これは最下層まで調査したくなるわね」
ピアーニャとネフテリアのやる気も急上昇。今回はグレッデュセントに謝りに行くという目的の為、詳しい調査は出来ないが、それでも未知の層の情報を公開するという行為は大きすぎる進歩である。
現時点ではイディアゼッターの同伴が無いと11層が限界という事で、このような状況を作ってくれたアリエッタに感謝したいと思っている。我儘で危ない場所に来ているので、教育の面から見てもアリエッタ達に自分達の行動が正しいと思わせてしまうような行為は出来ないが。
(アリエッタにレイか。どうすればいい?)
(ピアーニャちゃんが甘えれば喜ぶと思うよ?)
(それいがいでっ!)
(ないわよ)
(たのむからかんがえてくれ!)
接待の時と違い、視線での会話がしっかり成立した2人だが、ピアーニャを生贄に捧げる事が不自然もなく確実に喜ばれるので、ピアーニャは頭を抱えるしかない。
やる気は出たが、なんともモヤモヤした状態で、7層を何事もなく進む。足元はすべて水なので、魚やトカゲといった形状のヴェレストが多かったが、ピアーニャの『雲塊』に乗ればかなり安全なのだった。
近づいてきたヴェレストには雷を落とせばあっさり倒せ、宙に浮かぶ水球を飛び渡り空中から襲ってくるヴェレストもいたが、軌道が直線的なのでミューゼの出した植物に突き刺さったり、パフィが3枚に下ろしたりしていた。その時アリエッタに褒められ、2人のやる気も急上昇していたりする。
そんな活躍を見ながら、アリエッタとメレイズは次はもっと頑張ろうと、心に誓うのだった。
(よーし、次は僕が戦うぞ!)
(アリエッタちゃんを守るには、ここでお勉強させてもらって、おししょーさまやミューゼおねーさんに追い付かなきゃ。1人で最下層に行けるくらいにならないと)
その瞬間、ピアーニャとイディアゼッター、そして別の場所にいるグレッデュセントは、ぞわりと悪寒を感じた気がしていた。
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