予定通り、お義母さんはやってきた。
こちらに住んでいる古くからの友人とお芝居を観てきたそうで、ご機嫌がいい。
「あら圭太ちゃん、大きくなったわね。ほら、お土産、どうぞ」
電池で動く犬のぬいぐるみだった。
「わんわん!あーと」
「よかったね、圭太。ちゃんとありがとうも言えたね」
「あら、“あーと”って、ありがとうだったの?やっぱり、言葉が少し遅いんじゃないの?ちゃんと教えてあげてる?杏奈さん」
「え、あ、でも健診では問題ないと言われてますから」
「そう?母親が一番身近にいるんだから、ちゃんとみてあげてね」
「……はぁ」
これくらいは個性のうちだと、私は思っているんだけど。
お寿司は、少し奮発したので満足だったようだ。
「雅史は、最近どうなの?仕事は。世は不景気だって外食産業は厳しいみたいだけど?」
「あ?あー、確かにな。人員削減のせいで余計な仕事までするハメになってるよ」
「じゃあ杏奈さんは雅史の体調管理もしっかりしなくちゃね」
「……はい」
いつも通りの小言を一通りいい終わり、お風呂に入るわとリビングを出て行ってしまった。
「はぁ、疲れる」
思わず本音が漏れる。
「明日には帰るんだから、頼むよ」
「うん、わかってる」
_____お義母さんには気を悪くしないように、お帰りいただかなくてはならないし
明日のことを実家の母に頼んでおいてよかった。
「ちょっとぉー、杏奈さん?」
脱衣室からお義母さんの声がする。
「はい、なんですか?ドアを、開けますよ」
また何か小言かとうんざりしながら、ドアを開けた。
「あなたね、小さな子どもがいるんだから、こんなキツい香水を付けるって、どうなの?」
「え?」
義母の手には、クリーニングに出そうと昨日まとめておいた雅史の上着があった。
「香水、ですか?」
知っているけど、ここは知らなかったことにしよう。
「そう!夫の服にまで移るなんて、これはいただけないわ」
「私、香水なんて使わないんですが」
「え?じゃあこれは?」
義母は、手にした上着をクンクン嗅いでいる。
「雅史、ちょっと来なさい!」
「なんだよ、めんどくさいな」
「コレ、香水のニオイがするんだけど、どういうこと?」
義母に問われて、あからさまに動揺する雅史。
_____やはり、浮気確定か?
それでも、私は平気なふりをする。
「あの、お義母さん、それきっとそういうお店の女の子の香水かもしれません。雅史さんは仕事の関係で、そういうお店にも付き合いで行きますし」
「そうなの?雅史」
「あ?あぁ、うん。不景気になってきたから営業みたいなこともやっててさ。接待にそんな店に行ったわ」
雅史は、なんとか私の話に合わせて、母親の疑念をやり過ごそうとしている。
_____ここで一つ、軽くジャブでも出しておくかな
「そうなんですよ、少し前にも違う香水のニオイがしたことがあったんです。でも今回のは気づかなかったな」
香水を纏って帰ったのが初めてではないことを、私は知っていると雅史に知らせておいた。
「えっ!あ、そうそう、少し前にもそんな店に行ったわ。酔っ払いの相手ばかりで疲れるよ、ホント」
「そういうことなら仕方ないわね。私はてっきり杏奈さんが香水なんか付けてるのかと思ったから」
あははと愛想笑いで交わす。
「べ、別にさ、杏奈だって女なんだからたまに香水くらい付けたとしても問題ないだろ?」
_____おや?
雅史が私のフォローをしているのは、気まずさを誤魔化すためだろうか、それとも。
「とにかく、早く風呂入れよ、後がつかえてるんだから」
ほらほらと義母を押し込んでくれた。
雅史はリビングに戻ると、所在なさげにテレビのリモコンを持ってバラエティ番組をつけた。
私に問い詰められたくないからだろう。
私も何もなかったことにして、食事の片付けをする。
「おかあさん、ねんね…」
眠そうな圭太がやってきた。
「ごめんね、お風呂に入らないとね。そうだ、今日はお父さんと入ろっか?ね、雅史さん、お義母さんが上がったら、圭太と入ってくれないかな?」
普段ならこんなことは頼まないけど、今なら引き受けてくれそうな気がする。
なんといっても、今しがた私は雅史のことを庇ったのだから。
「え?うん、わかったよ。着替え出しといて」
ほらね、と心の中で親指を立てた。
次の朝は、計画通りに母親からSOSの電話があり、そそくさと義母を帰すといつもより少しおしゃれして、成美とのランチに出かけた。
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