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「ホテルランチなんてめっちゃ久しぶり!」
成美と駅前で合流してシティホテルに向かう。
「私も2年ぶりくらいかな?でもごめんね、ゆっくりできなくて」
成美はこの後、あの彼とデートの約束をしていると言った。
「いいよ、ほら、写真アップするんでしょ?顔は隠してよ」
「もちろん!じゃ、撮るよ」
ランチのコース料理を前にして、スマホに向かって笑顔を作る。
たとえ顔は出さなくても、やはりそこは笑顔になる。
「これでよし。パパにね、“今日は杏奈とランチ行ってくる”って言ってあるんだ」
「そこは正直に話してるのね」
「そうよ、だってホントのことだもん。ここでのんびりと杏奈とランチしてるのが、今日の私。ね、おかしくない?こんなにオシャレしたのは何年ぶりかだから、自信なくて」
そう言われて改めて成美を見た。
シンプルなベージュのワンピースに、サーモンピンクの丈の短いジャケットで、年相応に綺麗にまとまっている。
「いいと思う。無理に若く見せようとしてないし。で、どこで待ち合わせ?」
「うふふ、実はね、彼は先に部屋に行ってるんだ」
「え?部屋?ここの?」
「そ。男女がゆっくり二人の時間を過ごすには、こんなシティホテルのデイユースに限るよ。学生やおっさんじゃないんだからラブホじゃダメよね、せっかくだもん」
とても大胆なことを、当たり前の顔をしてサラリと言う成美に驚く。
当事者じゃないのに私がドキドキしてきた。
「成美、すごいね」
「あっ、ちょっと、杏奈!勘違いしないでよ。ホテルの部屋に行ったからって、何もしないで帰るかもしれないんだから。おしゃべりして少しお昼寝して、それだけかもよ?」
「いや、そんなことないでしょ?」
「ううん、ある。だって相手は若くてイケメンのミュージシャンなんだよ?そもそも私みたいな子持ちのオバさんなんか相手にしなくても、周りには若くて可愛い子がたくさんいるんだから。それにさ、残念なことに私の体には帝王切開の痕もあるし、体型だって崩れてる。そんな女を抱きたいと思う?」
「わからないけど……」
フォークに絡めたパスタが、するりと落ちた。
「私は宝物が欲しいんだよね、形じゃなくてさ、好きな人と過ごした思い出。後々思い出しては、ニンマリするために」
「思い出という宝物?」
「そうよ。これから先、何か嫌なことがあってもその宝物を胸に持っていたら、乗り越えていけそうでしょ?」
成美の言いたいことはわかる気がした。