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もちろん事務にも辛さはあるが、入社以来座り仕事が多かったほのりに外回りはやはり堪えた。
足腰痛い隣でピンピンと軽やかだった木下は……それこそ若さなのか慣れなのか。
「吉川さん、大丈夫です?」
関西支店の入るビルに到着し、出発時よりも明らかに歩くペースの落ちたほのりに対し木下は身を屈めて問いかける。
「いやぁ、やっぱ若いよね木下くんは」
ははは、と自嘲したなら木下は眉を寄せた。
「慣れてるだけです」
「……体力つけなきゃね」
「……若いって、言われんの、なんかあんま嬉しくないっす」
(若さが嬉しくないと?)
そういえば、母はほのりが”もう歳だわ”なんて嘆くたびに”嫌味か”などと機嫌を悪くする。
その気分を何となく味わってしまったことが、少し悲しい。
(なるほど、お母さん、禁句なんだね。もう言わないわ)
珍しくムスッとしたままの木下のスマホから着信音が鳴り響いた。
「あ、ちょっとすいません」
短くほのりに断った後、木下がエレベーター前で話し込んでいた為、ほのりは一人自社のフロアへ向かう。
「おう……お前か」
入り口のドアの前でほのりを出迎えたのは瀬古だ。
何となく身構えてしまう自分が悔しい。
「お、お疲れ様です」
「……お疲れ」
ほのりは首を傾げた。
何やらいつもの元気……と、いうかネチっこさがない。
圧もない。
静かだと静かで気持ち悪いものだ。
「どうしたんです?」
「精算、出すん忘れてたんや……」
まるで世界が終わるかの如く、瀬古は肩を落とす。
「……え、結構やばい額?」
「そや、何万かやってもた」
本社に提出する兼ね合いで、二週間ごとに申請しないといけないはずだが。
「……えーっと、本社に知り合いがいるし聞いてみましょうか? 月末の締めより融通効くかも」
「無理や、前無理やったんや」
(前もやってんのかい)
「まあまあ」
ほのりはスマホを取り出し、本社の経理部をアドレス帳から探し当て通話ボタンをタップした。
以前、業務統制の研修で数ヶ月訪れていた際に経理部の人たちとはそれなりに仲良くなったし、関東支店に研修に来ていた数名も在籍中なのでわりと身近に感じている部署だ。
「あ、お疲れ様です。吉川です」
数度のコール音の後、電話口には後輩である女性社員が応答してくれた。
『わ!? お久しぶりです!吉川さんー!!』
「石川ちゃん久しぶり〜、元気?」
『いや、全然! 経理ヤバすぎなんですけど、もうそろそろ死ぬ』
声の主は、関東支店で共に働いていた後輩で、とても仲良くしていた人物だ。
ほのりの同期である営業と結婚し、現在は本社の経理部に異動している。
「ははは、ねえ、ヤバいとこ悪いんだけど。今回の精算の締めまだ何とかなる?」
「……おう、えーと、まあ……大きい声で言えないですけどこっちは締めれてないんで何とか……まあ、嫌ですけど」
ヒソヒソとした声になって、後輩である石川美波はそう言った。
「今度そっち戻ったらご飯奢る」
「……特大オムライスで」
「あはは、おっけー」
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