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奏斗はちゃんと学校に来ていた。
それが一番残酷だった。
教室の後ろの席。雲雀のすぐ後ろ。以前と何も変わらない位置。誰も違和感を覚えない。
『おはよー』
クラスメイトに声をかける。
(おー)
返事も返る。笑顔もちゃんとある。
――雲雀以外には。
雲雀は前を向いていた。後ろから聞こえる声を、“ただの雑音” として処理している。
奏斗の声が世界の音の一部に戻ってしまった。
特別じゃない。意味を持たない。
奏斗はそれを真正面から見ていた。
昼休み
雲雀が一人で席を立つ。購買へ向かう。以前と同じ道。同じ角。同じタイミングで、一瞬だけ足を止める。
「……」
雲雀は首を傾げる。理由は分からない。
奏斗は数歩後ろからそれを見ていた。
『(……やっぱり)』
完全に消えきってはいない。
でも――
戻ることはない。
放課後。調査室。
雲雀は一人で機材を確認している。
奏斗は入口で立ち止まった。声をかけたい。
名前を呼びたい。喉が反射的に動く。
「……」
でも呼んだところで雲雀の世界には届かない。
『(……僕だけが知ってる)』
雲雀がどんなふうに自分の声を聞いていたか。
どれだけ世界を繋ぎ止めていたか。
それを――
覚えているのは自分だけ。
ある日の夕方。校舎裏。
奏斗はスマホを取り出す。古い録音データ。
消すつもりで残していたもの。
再生。
『雲雀、無理しないでね』
自分の声。若干優しい。
『(……こんな声、出してたんだな)』
指が震える。でも雲雀はもう知らない。
翌日。
雲雀が先生に言われる。
(最近、調査効率上がったな)
「ありがとうございます」
褒められる。正しい評価。
でも――
胸の奥に何も残らない。
その日の帰り
雲雀は屋上の前を通り過ぎて――
足を止めた。理由は分からない。
ただここに立つと胸が少し苦しくなる。
「……?」
風が吹く。それだけ。名前は浮かばない。
奏斗は少し離れた場所からそれを見ていた。
雲雀が屋上を見上げるその横顔を。
『(……覚えてなくていいんだ)』
そう決めたはずなのに。胸が痛い。
夜
奏斗は自分に言い聞かせる。
『これでよかった』
雲雀は壊れていない。世界も続いている。
――だから
『(…僕が全部覚えてればいい)』