何かに打ち付けられたような感触に襲われ、目を開けた。
な、なにっ…?息が苦しい。なんなのこれ、水の中…?
ふわふわとした意識の中に確実な苦痛が紛れている。しかし、体が思ったように動かない。ふらふらと視界が定まらない。まるで、『夢の中』にいるようだ。息が限界に達したころ、大きく呼吸を吐き出した。水のようなものが口の中に入り込み、意識が遠のいていく感覚。
「っ!!!」
がばりと勢いよく起き上がる。明らかな息苦しさに過呼吸へと陥りかけ、落ち着いて深呼吸をした。ばくばくと早鐘を打つ心臓の音が耳まで伝わる。
嫌な夢…。
「どうしたんだゾ……?」
横で眠っていた相棒が眠気なまこで尋ねた。
「ううん、なんでもない。ごめんねグリム、起こしちゃって」
それを聞いたグリムは寒さに身を震わせた後、布団に潜り込んできた。その小さな背中をさすり、携帯で時刻を確認する。深夜1時過ぎ、起きる時間にはまだ早い。しかし、思ったように眠れるはずがなく、その日は朝まで十分とは言えない睡眠を繰り返した。
「__であって…、おい、そこの駄犬、聞いているのか?」
「……」
「おいっ、子分…!」
「ぇ…?」
狭間を彷徨っていた意識が、はっとして引き戻される。
「Bad boy。ここに入るのが何かわかるか?」
「ぁ、はい。えっと、」
咄嗟に立ち上がった。その瞬間、ぐらりと視界が歪む。
あ、やばっ…。
体を持ち直そうとするが思うように力が入らず、そのまま倒れ込む。先生が私の名前を呼んでいる。
早く、早く返事しなきゃ。…あぁ、でもちょっと眠いな。少し寝てからでもいいかな。
朦朧とした意識の中はっきりと聞こえた「寝ろ」という声に意識を手放した。
「……チッ」
温かい感触にふと目を開けた。ぼーっとした思考で天井を見つめる。
やばっ、遅刻!!
はっとして体を勢いよく起こし、あるはずの携帯に手を伸ばす。
ぁ、あれ?ない…。
と、同時にある違和感に気づく。
ここって…。寮の寝室じゃない…。あれ、私何してたっけ。
ベットから降りようと体を傾けると、ギッと軋む音が響いた。その瞬間、勢いよくカーテンが開け放たれる。驚いて肩を大きく揺らした。
「…レオナ先輩?なんでここに」
「お前が授業中に倒れたからだろ」
「私が…」
……あ、そうだ思い出した。今日合同授業だったんだ。
「そっか…。じゃあ、先輩が運んでくれたんですか?」
「押し付けれられたんだよ。こっちに倒れてきたから受け止めただけだ」
「はい、ありがとうございます」
「……」
何かが気に食わなかったようだ。少しイライラした様子で眉を寄せた。
「お前ちゃんと寝てんのか」
「そうですね…。どっちかって言えば十分とは言えないでしょうね。最近なんだか寝付けなくて…」
あはは、と乾いた笑いをこぼした。そのことについて深く触れて欲しくないという意図を彼はきっと察しただろう。しかし、
「…また夜更かしか」
「……。…そんなところです」
自分でもわかる、気味の悪い笑顔が張り付いていることに。しばらくの間、沈黙が辺りを包む。
「…先輩は、『また』サボりですか?」
「あぁ?」
「そろそろ授業出たほうがいいですよ」
にっこりとして語気を強めて言った。もちろんわざとだ。ここからレオナを追い出すための言葉にすぎない。案の定、不機嫌そうに眉を寄せた。この調子なら上手くいきそうだ。
「…やめだやめ」
「え?」
「おら、寝るぞ」
「なっ…、ぇ…?」
しかし、何かを察知したレオナが鼻を鳴らし、ベットに潜り込んできた。
「ちょちょっ、先輩…!」
「あ?」
「じゅ、授業はどうするんですかっ!」
「…どうせ今帰ったってわかりゃしないだろ」
「……」
先輩の変に感がいいところ嫌い…。
さも当たり前のように首の下に腕を回す。あったかい。レオナの腕の中に包まれ、安堵の気持ちが押し寄せてくる。だんだんと眠気に襲われ、瞼が重く感じてきた。しかし、またあの夢を見るのではないかと不安になり、中々意識を手放せないでいた。
「おい、草食動物」
「……。寝れなくて…」
「…は、なんだ、その年になって怖い夢でびくついてんのか」
「…なんだか妙にリアルで。何かに叩きつけられたような感触のあと、息が苦しくなって、目が覚めるんです。まるで水の中にいるみたいに」
「ただの夢だろ」
「そう、なんですけど…。いや、そうですよね…」
「…いいから寝ろ」
ぐしゃぐしゃと乱暴に頭を撫でられる。癖で足をシーツに擦り付けているとレオナの尻尾が絡まってきた。少しくすぐったい。やがて、彼の寝息が聞こえ始め、つられて意識を手放した。
あ、まただ。
最近、これが夢の中だと区別がつけれるようになってきた。妙にふわふわした意識と、思うように言うことを聞かない体。そして、落下していく感覚。もうそこまで迫っているであろう衝撃に身構えた。
…っ!
やはりそうだ、またあの感触。おそらくこれは、水に落とされているのだ。そして、鉛でもつけられているような体が下へ下へと沈んでいく。地上から指す光が無常にも遠ざかっていく。
苦しい。
差し込む光に手を伸ばし、空を切る。そうして目が覚めるのだ。しかし、
あ、れ…。体が軽い。それに息も苦しくない…。
その日は何かに体を持ち上げられているような、掬い上げられているような錯覚に陥り、目を閉じた。
「ちょっとレオナ!アンタね、何病人のベットに潜り込んでんのよ!!」
「…るせぇな、コイツが起きるだろ」
誰かの叫び声に目が覚める。
「んぅ……?」
ゴシゴシと目を擦り、重い瞼を必死にこじ開ける。
「ちょっとアンタ、こっちにいらっしゃい!」
「ヴィル先輩どうしたんですか…?」
彼女をレオナから引き剥がし、乱れた服と髪を整え始める。その間にもまた、夢の世界への旅を始めそうな恋人を、彼はじっと黙って見つめる。
「先輩、今何時ですか…?まだ眠い…」
「寝ちまえ」
「寝ちゃいなさい」
ヴィルにもたれかかりながら呂律の回らない舌で尋ねた。2人から同じような回答が返ってきたことに安堵して意識を手放す。
「…。それで、分かったの?」
「あぁ。まぁ、予想通り魔法が使われた痕跡が残ってたな。大方、どっかの下手なユニーク魔法だろ」
「そいつを特定して、どうする気?」
「…人の獲物に手ぇ出したこと後悔させてやるよ」
…。
……。
あれから数週間が経ち、あの夢もいつの間にか見なくなっていた。
ヴィル先輩がくれたアロマのおかげかな…?グリムも気に入ってるみたいだし、また頼もうかな。
るんるんで廊下を歩いていると、よく見慣れた後ろ姿が見えた。
あ、あれは…。
「レオナ先輩!」
「あ…?」
「おはようございます」
「草食動物か」
「今から植物園ですか?日向ぼっこ、私もご一緒していいですか?」
「…好きにしろ。膝は貸せよ」
「はい、どうぞ」
すんなり承諾すると、ふん、と鼻を鳴らした。ぽてぽてレオナの横を必死について歩いていた彼女が何かにつまづく。
あ、やば…。
頭から突っ込み、咄嗟に受け身の体勢を取る。しかし、
「ぅわっ…」
「どこにつまづいてんだ、気をつけろ」
「あはは…」
レオナに体を支えてもらい転ばすには済んだ。
…?
「…えへへ」
「急になんだよ」
明らかに彼の歩みが遅くなったのを感じ取る。満面の笑みでレオナを見上げると、ぐしゃぐしゃと頭を乱暴に撫で回された。
世界が2人を分つとも、今だけは彼の気まぐれな優しさに包まれていたい。
コメント
2件
フォロー失礼します!ツイステ、、?というものは知らないんですが仲良くしてくださると嬉しいです!