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「母は…俺が実家に居た時から酒が好きでよく飲んでたんだ。親の酒の量が多いか少ないかなんて、自分が大人になって飲むようになるまで気付かなかった。…今なら分かる。あれは異常だ。」
三橋は言い終えると珈琲を一口飲んだ。
翠は視線を珈琲の水面に移す。ゆらゆらと薄い湯気が上がっては消えた。
「お母さんの状態は…あまり良くないの?」と翠は尋ねた。
三橋は表情を歪ませたまま、少しの間黙ってから口を開いた。
「妹から連絡があった後すぐ実家に帰ったんだけど、その時はガリガリに痩せてた。見るからに危ない痩せ方だった。半年で10kg以上痩せたって本人は面白おかしく言ってたけど、とても笑える感じではなかった。目は窪んでたし…骨と皮ってこういう事を言うんだなって…。痩せた身体に異様に突き出た腹部は張っていた。筋力は勿論衰えていたから、長い時間歩くこともできなくなってた。」
「お酒の飲み過ぎでそんな風になるものなの…?」
「俺も妹も最初はまさか酒が原因だなんて思わなかったよ。何か悪い病気になったんじゃないかって心配して、嫌がる母を説得してやっとの思いで病院に連れて行ったんだ。」
「そこでお酒が原因だと…」
「うん。酒の飲み過ぎによるアルコール性の肝硬変だって診断されて。」
三橋は言い終わると椅子に寄りかかり、天井を見上げ、深い溜息を吐いた。そしてゆっくり座り直すと珈琲を飲み、話を続けた。
「肝臓は”沈黙の臓器”と言われてるくらいだから、何かあったとしても、定期的に健診に行かない限り進行には気付きづらい。しかも、肝臓は一度悪くなると完治はできないらしい。幸い、母はアルコール性だから断酒をすれば今の症状は良くなると言われたけど…母は聞き入れなかった。」
「どうして…」と翠が尋ねると、三橋は苦笑しながら答えた。
「わからない。医者と妹と一緒に酒をやめてくれと話はしたんだ。…でも、”私の唯一の楽しみを奪うのか”って。結局、医者からは”断酒する事”と”腹水が溜まるだろうから定期的に水を抜きに通院する事”を言われてその日は家に帰った。帰ってからも妹と真剣にやめてくれと訴えたけど、”五月蝿い”とか、”どうせ死んだって構わない”って拒否されて…仕舞いには病院批判まで言い始めたから、もうそこで会話は終わらせた。」
三橋は話終えると親指と人差し指を眉間に指を当て、目を瞑った。