テラーノベル
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「祐太郎、こっち!こっち!」
三人の男の子が、箱を手にした子を手招きした。
祐太郎は小さな足で三人の後を追う。
小さな手の中に握られた箱が温められていく。
男の子たちは、古井戸の前にやってきた。
古井戸は随分前に枯れており、周囲には金網が張られ、立ち入りが禁じられていた。
年長の男の子がいった。
「夜になると、お化けがでるんだぜ!」
別の子が応じた。
「いるわけねーじゃん」
「でも、アサコがみたって言ってたよ」
「アサコがぁ?」
祐太郎は会話にはいれぬまま、視線は年上の子らの顔をいったり来たりした。
話しの詳細はわからないが、なにやらとんでもなく面白い話のようだ。
祐太郎は興奮に頬を真っ赤にした。
ぎゅっと拳を握りしめると、手の中の箱が柔らかい手のひらに食い込んだ。
祐太郎は手を開いた。
小さな手のひらの上に、箱が一つ。
「祐太郎、それなんだ?」
年長の子が箱を取り上げる。
「あっちで落ちてたんだ!」
祐太郎は胸をはった。
「ふぅん」
年長の子は箱を振ったり押したりした。
パカリ。
箱が開く。
中には、茶色く変色した折りたたまれた紙があった。
男の子たちは、箱を覗き込み、慎重に紙に手をかけた。
紙がボロボロと崩れていく。
男の子が箱から出せたのは、ほんのひとつまみの紙片。
「ちぇっ」
年長の子は箱を握りしめる。
かくして、箱は再び閉じられた。
「きったねーの!!」
年長の子は力いっぱい井戸に向かって箱を投げつけた。
「あっ!」
祐太郎の声が響いた。
箱は宙を舞い、井戸の縁に当たって暗い中へと落ちていった。
男の子たちは一斉に井戸を見つめた。
カンッ…コン…トン…ポーン…。
そして、音はなくなった。
枯れた井戸の底。
着物の切れ端、茶わん、髪飾り、指輪、腐葉土、落ち葉。
―カサッ。
そして、小さな箱が一つ。
夕刻、袴姿の女学生が二人、神社の参道を歩いて行く。
二人に会話はなく、髪をおさげにまとめた彼女は、うつむいて、頭の上でひとくくりにまとめた彼女は真っすぐ前を見つめていた。
「すみれさん、ありがとう」
本殿でのお参りを終えると、おさげの彼女がぽつりとつぶやいた。
「水臭いこと言わないでちょうだい。ゆかりさん。あたしたち、お友達じゃありませんの」
ひとくくりの彼女は微笑んだ。
二人の顔は蒼白だった。
すみれとゆかりは、本殿を回って、社務所の横を通って、奥へと進んでいく。
やがて、二人の前にフェンスに囲われた古井戸が見えてきた。
ゆかりは、真っ白になった手を胸に当てた。
握りしめられたその手の中には小さな箱が一つ。
二人は井戸の前で顔を見合わせた。
すみれが頷く。
ゆかりは、生唾を飲み込み、頷いた。
フェンスには、木の板が打ち付けられ、はっきりと書かれていた。
『井戸に物を投げ入れないこと』
ゆかりは、真っ白い細腕を金網の間から差し入れた。
少し勢いをつけて、井戸をめがけて手を離す。
箱は緩やかな放物線を描き、井戸の中へ。
ゆかりとすみれは、じっと見守っていた。
音は、ない。
ゆかりは手を金網から引き抜いた。
その白い腕にミミズ腫れの筋が一つ。
すみれとゆかりは目を見合わせた。
二人の頬に、ゆっくりと朱がさしていく。
「終わったのね」
先に言ったのはどちらだったか。
ゆかりの目から涙がこぼれた。
すみれの目が潤み始めた。
少女二人は互いに肩を抱き合い、声を上げて泣いた。
日が沈もうとしていた。
すみれは微笑んだ。
涙が紅く染まった。
「帰りましょう、ゆかりさん」
ゆかりが頷いた。
二人は軽い足取りで、参道を駆けて行った。
枯れた井戸の底。
ポトリ。
泥にまみれた箱の横に、瓜二つの箱が並んだ。
落ちてきた箱は斜めにかしいで、二つの箱は小さな音を立てて、ぶつかった。
―コッ
時刻は、19時30分を指していた。
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