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足踏みマッサージのお披露目から一夜明けて
翌日―――
私は冒険者ギルドを訪れていた。
到着するとそのままギルド長の部屋まで通され、
そこにはジャンさん、レイド君、ミリアさんといった
いつものメンバーに、1組の男女が加わる。
「は、初めまして? シンさん」
「孤児院が大変お世話になっているようで……」
2人とも、年齢は16才と聞いている。
この世界では15才から成人と見なされて
いるようで、彼らは去年から冒険者ギルドに
所属している。
いわば成人と同時に冒険者になったようなもので―――
あの孤児院の『卒業生』でもあった。
そして、レイド君とミリアさんの後輩でもある。
男性の方はギル君。
身長はレイド君とそう変わらないが、細身の短髪で
褐色肌のレイド君と比べると、失礼だが不健康そうに
見えてしまう。
女性の方はルーチェさんといい、亜麻色の髪を後ろで
三つ編みにした少女だ。
レイド君はもともと背は私より高いが、180cm
近くの彼と同等のギル君と比べると、その低さがより
際立って、年齢より幼く見える。
ちなみに、レイド君が21才、ミリアさんが
24才で、『卒業生』の力関係の中では現状
ミリアさんがトップ……
という事をギルド長から聞いた。
「あの、それでお話というのは?」
「自分ら、ブロンズクラスですから……
たいした事は出来ませんよ?」
おずおずと話す彼らに、私から話を切り出す。
孤児院からの依頼―――という事にして、
やってもらいたい事がある、と。
「……え? 孤児院の警備……ですか?」
「こう言っちゃなんですけど、何か盗むような物
ありましたっけ、あそこ」
彼らがかつて知る孤児院ならば、価値のある物は
無いだろうが―――
ジャンさんは頭をガシガシとかきながら事情を
説明し始めた。
「まあ話を聞け。
孤児院のチビたちが、足踏み踊りのサービスを
始めたというのは知っているな?」
「一応、話は聞いてますけど」
「確か『ジャイアント・ボーア殺し』……
そこにいるシンさんの村でやっていたって
行事ですよね?
自分も一度やってもらおうかなーって」
人口500人程度の町だからか、昨夜の事なのに
すでに情報は知れ渡っているようだ。
「単刀直入に言うが―――
あれでチビたちは稼げるようになるだろう。
有名になるのも時間の問題だ。
当然、
・・・・・・・・
目を付けるヤツらは出てくる」
奴隷にしろ人身売買にしろ、弱い個体=女子供を
狙うのは基本だからな……
ギルド長の言葉で全てを察したのか、ギル君と
ルーチェさんの表情は固くなる。
「同じ孤児院出身のお前らを呼んだのは、それが
理由だ」
「アタシとギルド長とレイドが信用出来る人と
なると……
ギルちゃんとルーちゃんしかいなかったんです」
補足するように、レイド君とミリアさんが追加で
説明する。
実際、この冒険者ギルド支部に登録しているのは
50人弱だという話だが―――
信頼出来る人間というのは限られているのだ。
ゴールドクラスはギルド長ただ一人。
過去に何人か輩出したようだが、そういう人は
全員王都に上がってしまい、今はいない。
シルバークラスはレイド君と私(予定)、他数人
いるみたいだが、合計しても5人ほど。
またシルバークラスには毎月金貨10枚ほどが
ギルドから支給されており、犯罪に手を染める
メリットはほとんど無いと言っていいだろう。
そして、残りの40人ほどが全てブロンズクラスで
あり―――
その半数がこの町の出身者ではなく、当然郷土愛とか
そんなものはないわけで……
「自分が提案した手前―――
後味が悪い結果にしたくありません。
実は、この事についてはこのサービスを
始める前から、ジャンさんとは話し合って
おりまして……
警備と言っても、夜、孤児院に泊まってもらえれば
それで結構です」
私の話に、ギル君とルーチェさんは顔を見合わせる。
「泊まるだけ、ですか?」
「そりゃ自分らはかつて知ったるところですので、
問題無いですけど」
すると、座っていたギルド長がぐいっと
顔を突き出し、
「依頼料は、1日に付き銀貨1枚だ」
「えっ!?」
「い、いやいくら何でもそりゃー……」
安過ぎる報酬に怯む彼らに、先輩2人が口を開く。
「今回、孤児院からの依頼という事にして
あるんですが―――
ブロンズクラス相手に特定の指名依頼は
出せないんです。
あなたたち以外に引き受けてもらっては困るから、
銀貨1枚にしたので」
「もちろん、それについての特典はあるぜ。
そうッスよね、シンさん?」
私に話が振られ、ギル君とルーチェさんの視線は
そのままこちらへスライドする。
「はい。というかどちらかというと本命は
こちらで……
私の狩猟や魚獲りを手伝って欲しいのです。
こちらは1人1日、金貨1枚出します。
手伝いと言っても荷物持ちで、
週4日だけですけど。
お2人とも身体強化は使えますよね?」
その話に、2人の顔はパァッと明るくなって、
「金貨1枚!? 1日でですか?」
「ブロンズクラスの自分らには願ってもない
話ですが、でも……」
先ほどミリアさんから、
『特定の指名依頼は出せない』
と言われていたのもあるのだろう。
その疑問がそのまま視線になってジャンさんへと
向かわせる。
「あー……
何だ、この件はシンのシルバークラス昇進も
かかっているからな。
それに『協力的』な人間に対して、シンが個人的に
優先的に仕事を頼むのは、別に規則違反でも何でも
ないぞ?
持ちつ持たれつってヤツだ」
その説明に、彼らは安堵したような表情を見せる。
「まあそんなに気負う事はねーよ。
あくまでも念のため、
警戒しておくってだけの話だ。
あと言っておくけど、今の孤児院ってかなり
改装されたからな?
下手な宿屋より豪華になってるぜ」
「ここと同じトイレもありますし、来週には
お風呂も出来るんですよ~♪」
先輩2人の言葉に、後輩たちは『何だそれー』、
『ずるいー』、『自分らが出ていった後にー』、
と口々に不満を口にし―――
男女2組ずつが部屋を後にした。
後に残されたのは、私とギルド長の2人―――
「……これで良かったのか?」
「はい、助かりました」
私のお礼に、ジャンさんはフーッと長く息を吐いて、
「警備と言っていたが、本当に泊まるだけで
いいのか?
そりゃ確かに女子供しかいない状況に比べりゃ、
若者2人がいた方がいいが」
一応、事情は説明したはずなのだが、不安は
残るらしい。
「何でもそうですが―――
『準備』が必要になります。
女性と子供だけなら一人でも、と思うでしょうが、
若者がいればそれなりに人数を揃えなければ
いけません。
悪事を働くにも信頼関係が必要です。
そう簡単に組める仲間はいないでしょうし―――
下手をすればギルドに報告されてしまう。
とにかく、今、この町でバカな考えを起こすのを
ためらわせる事が出来ればいいんです」
フム、とギルド長はアゴに手を当てて、
「確かにな……
チビ一人連れて行くにも、一番近い別の村まで
歩いて1日はかかる。
子供の足ならもっとかかるだろうし、発覚すりゃ
追い付かれるのは目に見えている。
となると―――
要注意はそれなりの運搬手段を持ってるヤツか」
さすがに治安責任者でもあるためか、そのあたりの
計算と推測は早い。
「ドーン伯爵の御用商人は馬車を持っていますが、
あれだけ脅したんです。
こちらは対象外にしても大丈夫でしょう」
トントン、とジャンさんは人差し指でテーブルを
叩くと、
「つまり、外部から馬車で入ってくる連中に
目を光らせておけばいいのか。
わかった、そっちは俺の方で何とかしよう」
彼はようやく納得した表情になると、
こちらに向き直り、
「そういやお前、御用商人とはどうなってんだ?」
結局、一応は鳥や魚を納める事にしたのだが―――
言い値で構わないという破格の取引になったものの、
あまり追い詰めるのは良くないので……
今のところ、自分が町で販売しているのは
・魚(生きたまま)=1匹銅貨3枚
・一夜干し=1匹銅貨5枚
・鳥=1羽銀貨3枚
という値段になっているが、伯爵家に卸すのは―――
「今のところ、魚は一夜干し限定で1匹銀貨5枚、
鳥は1羽金貨1枚で卸してますね。
魚は1週間で20匹、鳥は10羽といった
ところでしょうか」
「相場より高いっちゃ高いが……
もっとブン取ってやりゃよかったのに」
私はポリポリと頭をかいて、
「あまり恨みを買うのも何なので。
それに週金貨15枚でも十分ですよ。
あと、もし大量の塩か氷魔法が使える人が
いるのなら、一夜干しを王都で売ってみたら
どうですか? とも言ってありますが……」
「お人好しにもほどがあんだろ」
そうは言われてもこちらは根っからの小市民なのだ。
お偉いさんと友好関係が築けるのなら、それに越した
事はない。
「ま、まあ要は、敵に回すよりも味方にしておいた
方が、得だと思わせておく事です。
それに、そう言っておけば王都の情報も
持ってきてくれるかも知れないでしょ?」
私の答えに、彼は腕を組んで座り直し、
「そっちはお前さんがやる事だから
文句は言えんがな。
それに、そのおかげで―――
肉や魚が食える機会も増えたし。
そこでちょっと相談なんだが」
「何でしょう?」
ジャンさんはこちらに顔を近付けて、小声で
話すように、
「鳥や魚を、個人的にこっちに回してもらえんか?
少しでいい」
その要求に、私は少し考えた後で―――
「……孤児院に回す分ですか?」
その答えに、彼はギョッとした表情になる。
「ど、どうしてそれを?
まさか読心魔法を使えるのか?」
私は首を左右に振って苦笑いしながら、
「私が魔法を使えないのは知っているでしょう。
少し前に、レイド君とミリアさんからも同じ相談を
受けていたんですよ。
今後手伝ってもらうギル君とルーチェさんに、
その都度お土産として渡すつもりですので、
ご心配なく」
「そ、そうか」
人の事をお人好しと言いながら、ギルド長も
似たようなところがあるからなあ……
そう思いつつ、私は支部長室を後にした。
―――翌日。
孤児院の宿泊警備の依頼を出したところ、
当然引き受ける者はなく―――
無事、ギル君とルーチェさんが正式にその依頼を
受注した。
銀貨1枚という安さにだけ目が行きがちだが……
逆に考えれば宿泊代が浮くという事でもある。
正直、それに気付かれないか心配だったのだが、
杞憂だったようで、私は2人と一緒に孤児院へ。
彼らは去年まで孤児院で暮らしていたせいか、
子供たちが顔を見た途端、
「あれー? ギル兄、やり直しに来たの?」
「ああやり直してーよ!!
チキショー、俺たちが出ていった後、
こんなに立派に建て直しやがって」
というやり取りを見て、仲良いんだなあ、と
改めて実感した。
それこそ苦楽を共にしてきた関係だし、本当に
『家族』なのだろう。
院長先生のリベラさんに依頼内容と事情を説明し、
宿泊の許可をもらうと、そのまま町の外へ彼らと
共に向かう事にした。
今日は自分に取ってまだ休日だが、仕事内容を
知ってもらうためだ。
彼らは身体強化が使えるため、荷物運びは
苦にならないらしく―――
2人だけ、それぞれ1回の行き来で、
魚は50匹ほど、鳥は10羽ほど運べる事が
わかった。
現状のペースだと、伯爵家に納める分も含めて―――
週に魚120匹・鳥40羽くらいの収穫量になって
いるのだが、この分だと1日でこの量を上回る事に
なるかも……
いくら自分しか獲ってないとはいえ、生態系とかは
大丈夫なのだろうか。
取り敢えず、週に魚200匹、鳥50羽ほどに抑えて
様子を見ておく事にしよう。
仕事の事を教え終わったら、いったん宿屋へ戻り、
臨時の収穫として女将さんに魚30匹と鳥5羽を
渡して、残りはギル君とルーチェさんにそのまま
孤児院へ持っていってもらう事にした。
こうして―――
孤児院の警備を兼ねた労働力を確保して、
新たなサイクルがスタートする事になった。
―――そして2週間ほどが経過した。
「……という事でして、ドーン伯爵様は
取り分についてお話ししたいと仰られて
おりまして……」
私は、町の北門近くの伯爵の御用商人の
ところにいた。
『もし保存手段があるのなら、
王都で売ってみれば?』
そう、一夜干しについて伯爵にアドバイスしたのは
確かに自分である。
そして実際に王都で売ってみたところ―――
珍味として一尾金貨5枚ほどで売れ、高級な
贈答品として認知されつつあるらしい。
そして、御用商人であるカーマンさん―――
白髪混じりの60代ほどの老紳士から伯爵の言葉を
伝えられ、私は困惑していた。
「う~ん……
でも売った物ですし、それを伯爵様がどう使おうが
こちらは口出しする権利は無いと思うのですが」
輸送代もあるのだろうが、結構高値で売れたんだな、
と、別段それ以上の感想は出てこない。
しかし、私の答えに彼は首を左右に振り、
「シンさんならそう言うだろうと思って
おりましたが……
何も要求しないとなると、伯爵様も要らぬ不安を
抱くかも知れません。
ここは何か適当に要求した方がよろしいかと」
「ん~……」
カーマンさんの言う事ももっともだと思う一方、
今のところお金には困ってないし、すぐに何が
欲しい、という要求も思いつかない。
「あの、ところでどうしてそんなに高値で
売れたんでしょうか?
王都でも、魚は食べますよね?」
すると、彼の表情が一瞬驚きに変わり、
「いえ、あのような調理法は見た事がありませんよ。
この町に拠点を構えておりますので、シンさんの
魚をわたくしも食べさせて頂いておりますが……
魚を開いて塩水に漬け、風で乾かす?
でしたっけ。
味も劇的に変わりますし、何より美味です!」
ただの一夜干しをそこまで褒められると照れ臭い
一方で―――
確かに、調理というか致命的な調味料の無さは
私も実感していた。
やはりというか、この世界では食に対するこだわりが
圧倒的に弱い。
無いわけではないが、それは金を持て余すくらいの
有力者に限られるようだ。
味付けも、塩は比較的大量かつ安価にあるのだが、
醤油や味噌はもちろん、砂糖すら見た事が無い。
というか、この世界にあるかどうかすら不明だ。
ならば、と自分で調味料を作ろうと思った事はある。
魚醤ならば作り方は簡単。塩と魚があれば出来る。
生魚を大量の塩に漬けて―――
1 年 待 て ば い い だ け だ。
そ し て 匂 い も 強 烈。
という理由で結局、断念していた。
「そういえば、味付けというか調味料って
ありませんか?
料理に使う道具とかも……
伯爵様にそれを融通してもらえると
有難いのですが」
「! という事は―――
何か新しい料理が?」
カーマンさんが好奇心全開の顔付きになり、
私の話に食い付く。
「い、いえ。
私は料理人でも何でもないので……
ただ村で食べた事のある物なら、材料さえあれば
作れるかなあ、と」
「あ、これは失礼を。
シンさんは『ジャイアント・ボーア殺し』
でしたな。
気さくに話して頂けるので、時々それを忘れて
しまいます、ハハハ……」
職業のように言われても困るんだが……
取り敢えず、これでもしかしたら調味料の種類が
増えるかもしれない。
「あと、公衆浴場で行われている足踏み踊り?
でしたっけ。
あの機会をもっと増やして頂く事は出来ませんか?
わたくし、もうアレが無ければ体の調子が
おかしくてホント」
「う~ん……でも子供たちの体力とか具合を
考えますと……
ちょっとその辺りは相談してみましょう」
子供たちの人数はもちろん有限であり、今のところ
週4日、夕方の2時間限定でやっている。
それをこれ以上となると……
とにかくこうして、伯爵への要求をまとめ、
またカーマンさん個人の要望を受け取ると、
私は御用商人の店を後にした。
「シンさん! こちらです!」
「今日は自分ら、やってみせますよ!」
次は、ギルド支部内にある訓練施設へとやって来た。
ギル君・ルーチェさんと約束していたからである。
「……何をしようってんだ?
お前ら、シンと模擬戦でもやるのか?」
出てきたギルド長の言葉に、2人はブンブンと首を
横に振る。
「まあ、ジャンさんにも見てもらおうと思いまして」
「何をだ?」
「見てのお楽しみです」
そして―――訓練場の壁際に人型の木製の的が
並べられる。
それらに、防具としての金属製の前掛けのような
物も装備され、その様子を見て、ギャラリーも
集まってきた。
「あのガキども、何してんだ?」
「ギルの坊やはまだわかるが、ルーチェは戦闘なんざ
出来ねえだろ」
他のブロンズクラスのギルドメンバーが、口々に
彼らを批評する。
この2週間、あの2人と一緒に行動して―――
いろいろとわかった事があった。
ギル君は石弾という土魔法を使える。
が、威力はたいした物では無いらしく―――
ギルド長のジャンさんが使う武器防具強化の
破壊力にはとうてい及ばない。
ジャンさんが投げる石はちょっとした木の幹を
貫通するが、ギル君の石弾は当たった部分を
へこませる程度だ。
自分に取ってはそれだけでも十分すごい事
なんだけど。
そしてルーチェさんの使う魔法は火。
10メートルまでの距離なら正確にいくつでも
出現させる事が出来るらしいが―――
ぶつける、発射するのではなく、ただそこに
『出現』させるのみで……
それもジャンさんが見せてくれた『苦手な』
火魔法よりも少し大きい程度のもの。
この程度なら、ちょっとした身体強化が使える
相手であれば、問題にすらならないとの事だ。
努力次第で威力を上げる事は可能―――
しかし、元から持っている魔法がこの程度では、
一生ブロンズクラスだと、彼らは半ば諦めていた。
最初から持っている魔法の才とは、それくらい
人生を左右するもので……
それはこの世界に生まれた2人ならば、本能レベルで
理解している事なのだろう。
余談ではあるが、魚取りや狩猟トラップについて、
出来れば彼らが独立してやってもらう事を期待して
説明した事があるが―――
魚がいったん入ったら出てこれない仕組みや、
鳥をエサでおびき寄せる・警戒はするが自然界には
無いものなので引っかかるという事をどう説明しても
わかってもらえないのでそういう魔法ですと言ったら
納得してもらえたのでもういいや。
それはともかくとして―――
壁際に設置された的から30メートルほど離れ、
2人が並んで立つ。
的は5体。
これが何を目的としているのかは説明の必要も無い。
それを前にしてギル君とルーチェさんが―――
そして10メートルほど後方に私が遠ざかりながら、
声をかける。
「大丈夫ですよ、練習通りにやれば。
あれよりもっと遠い的だって当てた事が
あるでしょう?」
それが合図であるかのように、2人は抱き合うように
互いを密着させる。
「ギル、あなたにかかっているんだから
失敗しないでよね」
「わかってるよ!」
それを見たギャラリーから、下品なヤジが飛ぶ。
「おーおー、熱いねーお2人さん!」
「ここで結婚式挙げるのかあ!?」
それに動揺する事なく、ルーチェさんが
詠唱を始め―――
彼女の手から小さな火の輪が連続で10個ほど、
さながら火の筒のように地面に水平に並んで
出現した。
長さは5メートルほどだろうか。
その照準は、まず中心の的へ向けられる。
「んん?」
ギルド長が『何だありゃ?』と疑問に思うと同時に、
ルーチェさんが叫ぶ。
「ギル! やって!」
「……っらあっ!!」
そして、彼女の声に呼応するように―――
ギル君の手元から石弾が放たれた。
それは連続した火の輪の中心を綺麗に貫通するように
すり抜け、その先にある的へ向かい……
結果として、人型の的は―――
爆発でもしたかのように、轟音を残して四散した。
「はあ!?」
「何だよありゃ!?
あのガキの石弾、あんな威力あったか!?」
どよめくギャラリーを横目に、私は2人に
指示を出す。
「手を止めないでください!
焦る必要はありません、1つ1つ確実に……!」
「「は、はいっ!」」
ギル君とルーチェさんは被るように返事をし、
火魔法の筒が出現すると同時に、次々と石弾が
的に向かって放たれる。
10秒とかからないうちに―――
的は全て破壊され、後には……的『だった物』が
原型を留めない形で残された。
もう誰も驚きの声すら上げず、静寂の中を、
ジャンさんがこちらに向かって歩いてくる。
「おい、ギル、ルーチェ。
すぐに俺の部屋まで来い。
シンにも付き合ってもらうぞ。
手の空いているヤツは、ここを片付けてくれ!」
彼の号令の元、周囲は一斉に動き始め―――
私たちはそのまま、支部長室へと連れて行かれた。
「説明してもらうぞ。
ギル、お前の石弾……
どう考えても、あんな威力は無かったはずだ」
2人は並んで席に座り―――
私は彼らの後ろに立ちながら話を聞く。
ジャンさんににらまれるように詰問され、
2人はおどおどしながら困惑を隠せないでいた。
「そ、それは、その……」
「わ、わたしも信じられなくて……
何が何だか」
と、ここで私が助け船として割って入る。
「ギル君の石弾は『いつも通り』ですよ。
どちらかというとキモは、ルーチェさんの
魔法です」
「む?」
ギルド長の視線の方向が私にスライドし―――
ようやく2人はホッとした表情になる。
「ルーチェさんの魔法も魔力を帯びています。
連続した魔法は、効果も増すはずです。
ただ、ルーチェさんの魔法はその場に出現させる
だけでしたので、それが出来なかった。
そこを、ギル君の魔法と組み合わせてみたんです」
「ううむ……
確かに、連発・連射出来るのであれば、
当然それに比例して効果は上がるが」
アゴに手を当てて、それでも納得しない彼に
さらに説明を追加する。
「誰でも、という訳にはいかないでしょうね。
よほど魔力の相性がいいか、お互いを知って
いないと。
聞けば、お2人はそれこそ双子のきょうだいの
ように育ったとか―――
それがあってこその結果だと思います」
その言葉に、ギル君とルーチェさんは顔を赤らめて
下を向いたままになる。
「フー……ったく、それにしても綺麗さっぱり
破壊してくれたもんだ。
おい、ギル、ルーチェ」
「「は、はいっ!!」」
ギルド長の言葉に、ブロンズクラスの2人は
同時に声を揃えて返事をする。
「もう一度、シンがいない状況でアレをやってみせろ。
シンが何かしたかと疑う連中も出てくるだろうからな。
それで成功すれば―――
ギルド長権限で、お前らをシルバークラスに
昇格させる。
あくまでも2人一組での特例で、だが」
「ほ、本当ですか!?」
「あ、ありがとうございますっ!!」
2人は立ち上がると、深々と頭を下げる。
「礼なら俺じゃなくシンに、だろ?」
すると彼らは今度はこちらに振り返って頭を下げる。
「い、いえ。いいですよ。
私は助言しただけに過ぎないですから」
そんな彼らに、ジャンさんは後ろから声をかけ、
「2人とも、正式に試験する日は追って伝える。
あとシンはもうちょい残れ。
町から、公衆浴場の運営について相談があってな」
そして、ギル君とルーチェさんは
スキップせんばかりに喜びながら部屋を後にし、
「……さて、シン。
種明かしをしてもらうぞ」
「デスヨネー」
こうして私は、今回の件について説明に追われる
事になった。
「空気が薄くなる、だと?」
怪訝な顔をして、ギルド長は聞き返してきた。
今回の種明かし―――というより、地球に取っては
常識だが、火を燃やせば当然、周囲の酸素は減る。
真空とまではいかなくとも、空気抵抗は減り……
連続した火の輪の中を貫通させる事で、速度は
通常よりも増す。
また、ギル君は『いつも通り』と言ったが、
彼の石弾についても助言した。
飛ばす石弾は握りこぶしくらいの
大きさだったのだが……
それをもっと小さく出来ないかと言ってみたのだ。
大きくするのは難しいらしいが、小さくする分には
問題無かったようで―――
さらに形も変え、先端をへこませた銃弾のような
状態にしてもらった。
先端の形状を変えるのは結構苦労したみたいだが、
いわゆるホロー弾と呼ばれるもので……
日本の戦国時代の矢じりにも使われた事が
あるくらい、効果は実証済みである。
さらに小さくなった事で、速度と制御の正確さが
増し、あれだけの威力を生むに至った。
その説明を一通り聞くと、ジャンさんは大きく
ため息をつき―――
「……じゃあ、その原理を知っていれば、誰にでも
可能ってわけか?」
「理論上はそうなります。
ですがあれは、ギル君とルーチェさんの
正確な操作と制御、息がピッタリ合っての
事かと思います」
これはお世辞でも何でもなく、本心からの意見だ。
それを聞くと彼はうなるようにうつむき―――
「どちらにしろ、これは秘密にしておけ。
お前さんの知識は、こちらの世界の常識を
上書きしてしまうくらいのものだ。
話はこれで終わりだ。
手数をかけて済まなかったな。
あと……」
「何ですか?」
「ギルとルーチェの事だ。
俺からも礼を言わせてもらう。
……ありがとう」
深々と頭を下げるじゃんさんに、こちらも慌てて、
「い、いいですよそんな。
あ、それと―――
浴場について相談があったのですが」
「ん? あれはシンを呼び止めるための方便で、
別に本当に相談する事は……」
「いえ、そうじゃなくてですね。
実はカーマンさんに言われた事がありまして」
そして私とギルド長は、しばらくその事について
話し合った。