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「「「「「かんぱーいっ!!」」」」」
ギル君・ルーチェさんコンビの『新魔法』の
お披露目から一週間後―――
正式にギルド長からの試験を受け、無事あの日の
再現に成功した2人は、晴れてシルバークラスと
なった。
ちなみに、その少し前に私もシルバークラスの
仲間入りを、正式に果たしている。
「いやーあのちっちゃかった2人がねえ。
おねーちゃんは嬉しいよ♪」
「ミリアさん、もう出来上がっているッスか?」
宿屋『クラン』でささやかな祝杯を挙げ―――
ミリアさんを注意するレイド君も、本当に
嬉しそうだ。
「にしてもあんたたちねえ。
全然顔見せてくれないって、院長先生も
心配してたんだからね」
「それはカンベンしてよ、ミリ姉」
「自分ら、ブロンズクラスだったし……
レイドの兄貴やミリ姉みたいに、仕送りも
出来なかったんだからさ」
2人はバツが悪そうに応える。
「それで結局心配かけてちゃ、世話ねーだろ」
まあまあ、と私が場をなだめ、話の方向を
変えるために、孤児院の近況などに話を振る。
「そういえば子供たちは、仲良くやってますか?」
その質問に、ギル君とルーチェさんはこちらへ
視線を変え―――
「そうですね、最初は戸惑っていたと思いますけど」
「今じゃあの衣装は―――
この町の子供たちの憧れですからね」
カーマンさんから、足踏みマッサージの拡充を
求められた後、ギルド長・町長代理・孤児院で
改めて話し合い……
日にちと時間を延長するため、低所得の家庭の
子供を優先に、人員を増やしたのである。
一週間を区切りとし、それまで1・2・4・5日目を
足踏みマッサージの日として営業していたのだが、
休日の3・6・7日目を新たに来た子供たちの
営業日として加えた。
子供もこの世界では労働力として扱われる。
また、いくら貧乏とはいえ孤児院の子供と一緒の
仕事を我が子にさせるのは、抵抗のある親もいた。
そこで、子供たちは公衆浴場へ行く前にいったん
孤児院に集め、一緒に食事をさせた。
これにより、子供たちに肉や魚を食べさせる事が
出来るという事、そしてその子供たちを通じて、
清潔できちんとした施設だという情報が親にも
共有され、
今では院長先生が、新たなスタッフとなった
子供たちの親の相談にも乗っているそうだ。
ただ結果として、孤児院へお土産として渡す
鳥や魚の量を増やすハメになったのだが……
これは仕方ないだろう。
「でも、未だに信じられないです。
自分らがシルバークラスなんて……」
「ギルったら、院長先生に泣きながら報告
してたもんねー」
リベラさんは彼らにとって母親同然だろうし、
目に浮かぶようだ。
「しかしその、2人は私と同じシルバークラスに
なったんですよね?
今も私の荷物持ちをやってもらっていますが……
いえ、してもらう分には助かるんですが、それは
大丈夫なんですか?」
さすがに、シルバークラスに昇格した2人に、
引き続き鳥や魚の運搬を手伝ってもらうのは
気が引けるのだが……と思っていると、
「でも、自分らは特例なんで」
「2人で、という条件ですから、支給される分も
2人で1人分なんです」
あー……と恥ずかしそうに説明する男女に、
私も悪い事を聞いてしまったと気付く。
シルバークラスには、ギルドから月に金貨10枚が
支給されるのだが―――
彼らは2人で1組と見なされ、5枚ずつの支給と
なっていたのだ。
それなら週4で金貨4枚、1ヶ月で金貨16枚の
私の依頼はまだまだ魅力的なのだろう。
「それにその、『ジャイアント・ボーア殺し』と
一緒の依頼ですし……」
「これ以上安心かつ安全なお仕事は
ないってゆーかー?」
「あんたたち、目が泳いでいるわよ」
視線があさっての方向へ行き来する2人を、
先輩の女性がたしなめる。
「ま、何にせよ出世したんだ。
早くくっついて院長先生を安心させてやりな」
レイド君の言葉に、ギル君とルーチェさんは
ブーッと飲んでいたお酒を吹き出す。
「な、何言ってんですか兄貴!?」
「わわわ、私がギルとなんて……!?」
それを見て、ミリアさんも参戦する。
「あらぁ~?
レイドは別に、誰と誰が、とは
言ってないじゃない?」
ミリアさん、完全に悪酔いしているなあ……
いいぞもっとやれ。
こうして、彼らへの冷やかしを肴に―――
酒宴は盛り上がった。
「じゃあ、自分とルーチェは孤児院へ戻りますんで」
「シンさん、またお仕事の日に……
ミリ姉、レイド兄ちゃん、お休みなさい」
しばらくして、まずは『後輩』2名が席を立ち、
「じゃ、アタシもギルドで残した
仕事があるから……」
そしてミリアさんも、宿屋を後にした。
残されたのはレイド君と私の2人で―――
しばらくは近況や、シルバークラスになったあの
2人の事を話題に酒を酌み交わしていたが……
ふと、頭に湧いた疑問を彼にぶつけてみた。
「そういえばレイド君は―――
ミリアさんとはどうなんですか?」
その言葉に、レイド君はピタッと固まった。
しまった、酒の席とはいえ調子に乗り過ぎたか―――
と思っていると、彼はグイッと手にしていた酒を
一気にあおり、
「よくぞ聞いてくれたッス……!
実はそれで、シンさんに相談したい事が
あったッスよ……!」
「わ、私にですか?」
目が座ったレイド君に気圧され、否応なく彼の相談に
乗る事になった。
「わ、わかりました。
そういう事でしたら……
取り敢えず何か考えておきましょう。
夕方には仕事が終わりますから―――
それからなら付き合いますよ。
では、明日からで」
「約束ッスよ!」
小一時間ほどして、やっと相談から解放された
私は、取り敢えず水をもらいに女将さんのいる
厨房へと声をかけた。
「レイドは帰ったのかい。
しかし、ミリアはともかく、あの子がこんなに
お酒を飲むなんて珍しいねえ」
宴会の残骸を見ながら、クレアージュさんは
呆れたように苦笑しながらため息をつく。
弟妹同然の2人がシルバークラスに昇格したのが
よほど嬉しかった事もあるのだろうが……
そしてやはり飲ん兵衛なのかミリアさん。
「でも、まさかこんなに鳥や魚を料理する事に
なるなんてねえ。
王都の料理人にでもなった気分だよ」
皿を片付けながら、女将さんは私に独り言のように
話しかけてきた。
「そういえば―――
鳥や魚は珍しいという話でしたけど、
それにしては処理の仕方を知っていますし……
もしかして、私がこの町に来る前に誰か、
獲ってきてくれる人とかいたんですか?」
その人が町から去ってしまった後なら、
今の状況もうなずける。
しかし、彼女は顔の目の間で手を垂直に立てて
左右に振り、
「違う違う。
この町からそういう魔法が使える人が出てくる
事もあるけど、そいつらはすぐ王都に上がって
しまうし。
たまーに獲れるヤツが外から来るんだよ。
王都へ上がる途中だったり、領主に会う前に
この町で一休みしたり……
で、そいつらが気まぐれで獲ってきて、
町で売ってくれるのさ。
そんな機会は年に3回あるか無いか、
だけどね。
だからあんたみたいなのは、すごく珍しいんだよ」
なるほど。
考えてみれば、孤児院のリベラさんも普通に
受け取っていたし―――
機会そのものはあったという事か。
「ま、さすがに冬になったら鳥も魚も
獲れなくなると思うから、今のうちに
いっぱい獲ってきておくれよ」
その言葉に固まる私。
そして吹き出す汗と焦燥感。
「エ? ココ、冬アルンデスカ?」
「あるに決まっているじゃないか。
いっつも思うんだけど、アンタ本当に
どこから来たんだい?
今はまだ夏にもなっていないから、まだまだ
先の話だけどね」
呆れ果てたようにテーブルからお皿やコップを
片付けると、それを持って厨房へ戻っていった。
しまったな……
自分にも宿題が出来てしまったか。
とにかく、今はレイド君の件だ。
それが片付いてから、冬の事は考えよう。
私は酔った足を何とか動かしながら、自室の
ベッドへと向かった。
―――はじめての ぶき―――
―――それから、10日ほど経ったある日の事。
冒険者ギルドの支部、その訓練場で、褐色肌の
若い男と、白髪交じりではあるが筋肉質の初老の男が
対峙していた。
2人とも身長は同じくらいだが―――
その体格は、見た目だけでも戦力の違いを
わからせる。
「レイド! あんた本気なの!?
アタシと同じで戦闘タイプでも無いのに……!」
遠巻きに、ミリアさんが心配そうに叫ぶ。
一緒にいるギル君とルーチェさんも、不安そうに
その光景を見つめている。
「レイド、最後の忠告だ。
本当に俺と模擬戦をやるのか?
お前は戦闘タイプじゃない。
だが、それを補って余りある魔法を使える。
目には目、耳には耳の役割があるんだ―――
バカな真似は止せ。
恥をかくだけだぞ?」
ジャンさんは、諭すようにレイド君へ話しかける。
それに対する彼の答えは―――
「……お手合わせ願います、ギルド長」
フゥ、と軽く息を吐くと、ジャンさんは得物である
長剣を構える。
呼応するかのように、目の前のレイド君も構え、
場内はざわつく。
「オイ、レイドの持ってるヤツ、ありゃ何だ?」
「木製のようだが……」
目ざといギャラリーが、彼の武器に気付く。
ミリアさんもそれに気付いたようで―――
「アレが―――
シンさんが、レイドに教えた武器ですか?
でもギルド長は戦闘タイプ……!
それも特化型ともいえる人です。
武器や魔法を少々変えたくらいでは……」
別に、ギルド長とて大怪我を負わせるつもりは
ないだろう。
だが、それを差し引いても―――
彼らの常識からすれば、戦う事自体が
思いもよらない、絶望的な組み合わせなのだ。
「おい、どう思う?」
「いやわかんねーぞ。
また『ジャイアント・ボーア殺し』が絡んでいたと
したら……」
「しかし、いくら何でもよぉ……」
ギル君やルーチェさんの例を知ってなお、
ギャラリーの反応はそれを裏付ける。
「ミリアさんの不安もわかりますが、ここは
彼を信じてください」
そして、訓練場の2人はお互いに距離を取り始め、
様子を伺う。
「シンさん……!
話は聞いてますけど、レイドの兄貴に
勝算はあるんですか?」
「私たちはまだ攻撃用の魔法がありましたが、
レイド兄ちゃんは……」
彼の使える魔法は、移動速度強化と範囲索敵・
それに隠密―――
しかも今回は身を隠すところなど完全に無い平地。
最初から隠密は封じられていると言っていい。
「レイド君は風魔法も使えます―――
今回はそれを利用して」
「そんな!?」
と、説明が終わる前に、ミリアさんが
悲鳴のような声を上げる。
ギル君とルーチェさんも、不安そうな表情を
隠そうともしない。
確かに彼は風魔法も使えたが―――
それはギルド長が火・風・水も『使える』という
程度のものより、さらに弱く……
せいぜい、そよ風のような弱風を吹かせるだけ。
「まあ見ていてください。
風魔法はあくまでも補助です。
あとはどこまでギルド長に通用するか、ですね」
もちろん私だって、その風魔法そのものに
期待しているわけではない。
ただ、『魔法を使用する』という前提認識に
必要だっただけだ。
と、レイド君が移動速度を上げ始めた。
それは距離を詰めるためのものではなく―――
ギルド長の周囲を回るようにして駆ける。
そして、走りながらジャンさんに向かって、
左右の手から1つずつ、例の武器が投げられた。
「速い機動性を利用しての、
中距離からの飛び道具か。
だが―――」
弾くでも防ぐでもなく、ギルド長は難なく避ける。
それは彼の目前で左右へ、別々の方向へ交差して
抜けていった。
外れた武器は回転しながら、そのままカーブを
描いて上空へと飛んでいく。
「レイド君、足を止めないで!
そのまま動き続けるんです!」
「わかってるッス!!」
アドバイスを聞きながら、腰に巻いたベルト―――
そこに差し込むようにして装備していた次の武器を、
両手にまた装備する。
「一定距離を保ちつつ、自身を止めずに飛び道具……
悪くはない戦法だ」
レイド君もただ、一定方向へ回っているわけでは
なく―――
距離を保ちつつ緩急をつけて、攻撃機会を伺う。
「しかし、俺はゴールドクラスだ。
この程度の攻撃、何発撃ってこようが無駄だぞ?」
「……同時ならどうッスか?」
再び、レイド君の手から2発同時に、あの武器が
投げられる。
「だから2発くらいじゃ……
―――ッ!?」
先程、体を最小限だけ動かしてかわしたのとは
異なり、大きく身を沈めて、タックルのように
地面を蹴って前に出る。
「えっ?」
ミリアさんが驚きの声を小さく発するのと同時に―――
最初に投げた武器が、ギルド長が一瞬前までいた
地面にぶつかった。
それと交代するかのように、今投げた武器がまた
上空へと回転しながら飛んでいく。
「な、何で!?」
「シンさん! あれがレイド兄ちゃんに教えた
風魔法ですか!?」
続けて、ギル君とルーチェさんも驚きの声を上げる。
そう―――
魔法、という事にしてあるが……
地球にいた人間ならたいてい知っている武器。
ブーメランだ。
くの字型に曲がった木製のそれを、レイド君に
練習させた。
『風魔法が使える人なら出来ます』と納得させて。
精度は、一応投げた場所へ向かって戻ってくる
程度のものだが、初めて見る人間からすればまさに
『魔法』だろう。
ギルド長も、表情から余裕が消えたのがわかる。
「お、おい! ウソだろ!?」
「あいつ、誘導弾なんて使えたのか!?」
ギャラリーからも驚き、ざわめきの声が聞こえ―――
レイド君の負け一色の空気が変わっていく。
その間も駆け回るレイド君から2発ずつ、
二度三度とブーメランが投げられるが、
体術を駆使してギルド長はかわし続ける。
レイド君は自分が投げている事、そして
範囲索敵が使えるので、常にブーメランの位置を
把握出来るが……
ジャンさんは恐らく、風の音や気配、そして長年の
戦闘経験で対応しているのだろう。
「すげぇぞ……
あのギルド長が防戦一方だ!」
「オイ、これ―――もしかするともしかするぞ!」
ブーメランの数は有限だが、移動速度なら
ジャンさんよりはるかに速いレイド君は、
回収しつつ継続する事が出来る。
しかし、レイド君の移動速度アップに使う魔力も
有限だ。
一発でも当たれば風向きは変わるだろうが、そこは
やはりゴールドクラス。
簡単に勝たせてはくれないようだ。
しかし、攻勢を続けていればいつか活路は
見いだせるはず―――
そう思った瞬間だった。
「あ、兄貴?」
「レイド兄ちゃん!?」
不意にレイド君の足が止まり―――
時間が止まったかのように、ギルド長とにらみ合う。
それを見て弟妹同様の2人が驚き、声を上げる。
「レイド!? 何で止まっ―――」
言葉の途中で、ミリアさんの目が大きく見開かれる。
その視線の先は……
「……やられましたねえ」
自分も思わず声に出てしまう。
さすがに百戦錬磨というべきか―――
訓練場のあちこちに、木片が散乱していた。
ブーメラン『だった』物、だ。
回収して再利用出来ないよう、あの攻撃を
避け続けながら、落ちていたブーメランを
破壊していたのか……
さすがというか何というか。
しかし、ギルド長も疲労の色が濃い。
思ったよりも善戦したのは確かだろう。
「いくらシンの手ほどきを受けたとはいえ―――
正直、ここまでやるとはな……
もういいだろう。
戦闘タイプでもないお前がここまでやったんだ。
誰もお前を責めん、降参しろ」
ギャラリーも静まり返る。
異論は無い、と認めるように。
「レイド! もういい、あなたはよくやったわ。
ギルド長の言う通り、降参しなさい!」
ミリアさんは健闘を称えて、これ以上の戦闘を
止めるように叫ぶが、レイド君は黙して答えない。
「レイド!
アタシの言う事が聞けないの!?」
「……レイド、わかっているはずだ。
お前は、身体強化を防御に回せない。
変に意地を張らずに、止めるんだ。
誰もお前を臆病者とは言わん」
ジャンさんの言葉に、訓練場はさらに静まり返る。
ただの『模擬戦』に―――
ミリアさんを始め、ギル君、ルーチェさんが
悲壮的で否定的なのは、これが理由だった。
この世界の人間は身体強化を多かれ少なかれ使える。
ただ、レイド君やミリアさんのような、いわゆる
支援・間接といった特殊タイプは、その代償とでも
言うように―――
何らかの制限を受ける場合が多いのだという。
特にレイド君は防御強化が一切出来ず……
これは戦闘において致命的だと言ってもいい。
命を賭けるとまでは言わずとも、常に大怪我を負う
リスクを承知しなければならない、という事だ。
そんな人間が戦闘する事―――
それ自体が、この世界では非常識なのだ。
ギルド長もそれを承知で手加減はして
くれるだろうが、事故が起きないとも限らない。
心配が極限に達しているであろうミリアさんの
見る前で―――
レイド君はフトコロから、ブーメランをゆっくりと
取り出した。
「……シンさん。
『奥の手』、使わせてもらうッス……!」
それは、他のブーメランとは異なり、真っ黒に
塗られていた。
出来れば、ギャラリーのいる前では使わせたく
なかったのだが……
彼が戦闘続行を決意した事を察したのか、周囲が
困惑と混乱でどよめく。
「―――バカがっ!」
と、ギルド長が一気に距離を詰めた。
恐らく、勝負を早急に終わらせるためだろう。
ミリアさんは両手で顔をおおい、ルーチェさんは
ギル君の胸に顔をうずめる。
しかし、逃げると思われたレイド君は―――
ジャンさんの突進に合わせるかのように、彼もまた
急接近した。
そして、訓練場の中央で砂埃が舞い―――
動きが消え、音も無く、やがて状況が
見えてくると……
「…………」
ミリアさんは両手でおおった指の間から、その光景を
確認する。
そこには―――
顔面の前で、黒いブーメランを握った手、それを
その上からガッシリとつかむギルド長の姿があった。
状況を確認したギャラリーから、口々に疑問と同時に
声があがる。
「な、何だ?
レイドは最後に何をしたんだ?」
「いや、多分……
それをやる前に、ギルド長に止められたんだろう」
「って事は……」
その拳を握ったまま、ジャンさんがレイド君に
顔を近付けて話し掛ける。
「どうだ? まだやるか?」
「……降参……するッス」
勝負が決まり、ギャラリーからワッと歓声が上がる。
しかし、その賞賛のほとんどは―――
「よくやったぞ、レイドー!!」
「戦闘タイプじゃねえクセに、やるじゃねえか!!」
「次のギルド長はお前だー!!」
勝者よりも、大健闘と言っていい戦いを見せた
レイド君へ拍手喝采が送られる。
「『奥の手』でもダメでしたか……
さすがはギルド長……ん?」
横を見ると、ミリアさんの姿が見えない。
視線を下に落とすと、涙目で放心しながらへたり込む
彼女の姿があった。
ギル君とルーチェさんが両側からミリアさんを
支えて立たせると―――
休ませるために、施設内へと連れていく。
そして自分は2人を迎えに、訓練場へ入っていった。
「さて、と……
シン君、今回も我が冒険者ギルドの戦力の底上げに
協力して頂き、ありがとうございます」
訓練場の跡片付けが一段落して、ミリアさんも
落ち着いた頃―――
支部長室で、イジワルそうにジャンさんが挨拶する。
ギルド長の前には、レイド君とミリアさんが
隣り合わせで座り……
その両側に、ギル君&ルーチェさん、そして私が
腰をかけていた。
「まあなんだ。
今回ばかりは心底驚いたぞ」
「驚くだけじゃなく、少しは当たって
欲しかったッスよ。
もう……」
勝者の余裕を見せるジャンさんに、レイド君がグチる。
「でも、兄貴が誘導を使えるなんて」
「あーあ、シルバークラスに昇格した
ばかりなのに……
レイド兄ちゃんの背中は遠いよー」
弟妹同然の2人が、それぞれ自分の言葉でレイド君に
尊敬を伝える。
「……シンさん」
「はっはい!」
ジトっとした目付きで私をにらむミリアさんに、
思わず上ずった声で返事する。
「シンさんにはお世話になってますけどもぉ~?
このバカに危ない事を教えないでくれません
かねぇ~?」
「違うって!
コレは俺から無理言ってシンさんに頼んで……あ」
「あ」
いやそこで自分でバラしてどうするんだレイド君。
そして矛先はそのまま彼へと向かう。
「ど~ゆ~事?
説明しなさいよ、レイド」
あわあわ、となっている彼はさすがに気の毒で―――
「あーその……
前に、グランツとやらが町を襲撃した事が
ありましたよね?」
「あ、あれでさ……
俺にも何か、戦えるとまではいかなくとも、
時間稼ぎ出来るくらいの手段があればいいと
思って……
それでシンさんに、ギルやルーチェに教えた
みたいに、何かあればと思って」
私とレイド君の説明を聞いて、ミリアさんは
眉間にシワが寄るくらいに目を閉じ―――
そこへギルド長が会話に割って入る。
「そう目くじらを立てるな、ミリア。
この町の事を考えてくれての事だろう。
それで、シン―――
あの武器……いや、魔法もお前の村に
あったものか?」
「そ、そうですね。
風魔法が多少なりとも使える人は、よく
使っていました。
魔法弾そのものではなく、ギルド長のように
実物を媒体としているのと同じでしょう」
フン、と鼻息を鳴らして、ギルド長は分析に入る。
「そもそもなあ、あんなのは1対1で戦うモンじゃ
ないだろう。
いくら誘導弾とはいえ、そんなのは対象者を
倒せば終わりだからな。
レイドだからこそ俺から逃げ続けられただけだ」
「すいません。
そこはレイド君への試験というか仕上げで……
ジャンさんに一度でも当てられたら、
自信も付くかと思いまして、その」
そこへミリアさんから鋭い眼光が飛んでくる。
たしなめるように、ギルド長が口を開き、
「まあ何だ、ミリア。
いい機会だから、これを機にこのバカの手綱を
ちゃんと握っとけ」
「言われなくてもそーしますよ!
ちゃんとシツケ直しておきます!
ホラ行くわよ!」
と、レイド君の首根っこをつかむと、
女性とは思えない腕力で、部屋の外へと
引きずっていく。
「じゃ、じゃあシンさん、オッサン。
ご迷惑おかけしました……」
引きずられながら手を振り、レイド君の姿は
扉の閉まる音と共に消えた。
「孤児院にいた頃から変わってないねー、兄貴」
「レイド兄ちゃん、ミリア姉には勝てないからなー」
すると、ギルド長はすっと立ち上がって彼らの頭を
ガシガシと撫でて、
「お前らもさっさと孤児院へ帰れ。
この事がリベラの耳に入ったら、要らん心配を
するかも知れないから、ちゃんと説明するんだぞ」
「わかったー」
「あ、じゃあ鳥もらっていきますー」
父親に何かを言いつけられた子供のように、彼らは
部屋を出て行った。
そういえば、今日は鳥の日だったなあ、と思って
いると―――
「しかし、またとんでもないシロモノを
持ってきたもんだな……
後戻りする武器、か。
動きさえわかっていれば対処は難しくないが―――
魔力を全く感じない戦いが、こうもやりにくいとは
思わなかったぞ」
「あ、やっぱりわかってました?」
さすがはゴールドクラス。
初見でほぼ見抜かれていたのか。
「わからんのはレイドが最後にやろうとした事だ。
あの黒いヤツは、他の物とは何がどう違うんだ?」
「あれはですね……」
そこで、レイド君の『奥の手』について説明した。
実はあのブーメランは特別でも何でもない。
ただ色が違うだけの物。
相手に警戒を持たせる事と―――
ある特別な方法で使用する。
それは、
・・・・・・・・・・
持った手で直接殴る事。
「……は?」
「意外とまあ、引っ掛かるんですよ。
本当に最後の最後に使う手段ですけど。
現にジャンさん、戸惑ったんじゃないですか?」
意表をつく、という言葉があるが、接近格闘において
『いきなり武器を握ったままでパンチを放つ』
というのは、かなり有効な手段なのだ。
こんな事は、地球でも『普通』は教わらないが……
「確かにそうだ……
投げるか、それとも直接あれで攻撃してくるかと
判断がつかなかったが……
ウム、なるほど、う~む……」
しかし、結局はそれを素手で防いだわけで―――
「まあそこは、秘密にしておいてあげてください」
「わかった。
しかし―――また世話になっちまったようだな」
「い、いえそんな」
「あとな。どうせレイドに、
『ミリアを守る力が欲しいッス!』
とか言われたんじゃねえのか?」
うわあ……
一言一句違えずに言われると、さすがに驚きを
通り越して感心する。
ただ、それが彼に協力した最大の理由でもある。
これが『誰かをブチのめしたい』とかなら協力しては
いなかっただろう。
「そういえば、ミリアさんもレイド君と同じ、
非戦闘タイプなんですよね?
それにしては、レイド君を力ずくで引っ張って
いきましたけど……
彼女は身体強化が出来るんですか?」
「いや、アイツはレイドよりも身体強化が
使えねえはずなんだが……」
しかし、恐らく身長160cmそこそこの彼女が、
180cm超のレイド君を腕力で引きずっていくのを
この目で見ているわけで。
「アイツ……
昔からレイドに対して『だけ』は無敵というか、
無類の強さを誇ってんだよな」
その言葉を合図のようにして、アラフィフと
アラフォーの男2名は考え込み―――
「不思議ですねえ(棒)」
「不思議だよなあ(棒)」
と、どちらからともなく、軽くため息が漏れた。