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春の温かさも終わり、蝉が活発に鳴きはじめた。1学期も残りわずか。俺の頭の中は、夏休みのことでいっぱいだった。
あれから俺とうみにゃはよく話すようになった。好きなゲームの話や、勉強のこと。くだらないことも含め、自然と一緒に帰ることが多くなった。今日もその帰り道だった。
「はぁぁぁ」
急に、うみにゃが大きなため息をついた。
「どうした?いきなり」
「いや!だってさ!負けちゃったじゃん!」
すっかり忘れていた。こないだの引退試合のことだ。結局、俺も観に行った。
梅雨の時期の体育館は蒸し暑く、汗拭きシートやシーブリーズの匂いが入り混じっていた。試合は前半こそ優勢だったが、後半で逆転され、惜しくも2点差で負けてしまった。
「やっぱりDDが入部しないから〜」
「俺関係ないだろ」
たしかに、と笑い合う。この時間がなんだか特別で、俺はすごく好きだった。
「てかさ、前から思ってたんだけど…」
「なに?」
「俺が一応、先輩だってわかってるよね?」
「まぁ、うん」
「いや、先輩なら敬語使うでしょ!?」
あー、そんなことか。俺にとって、うみにゃは先輩というより友達に近いから、あまり意識してなかった。
「別によくない?うみにゃ先輩」
わざとらしく言うと、うみにゃはちょっと引いた顔をして「いつものにして」と返した。
くだらない会話をしながら帰るのが、いつしか俺たちの日課になっていた。
「……DDは夏どっか行く?」
そう聞かれ、俺はうみにゃを見た。汗が首筋を伝っていた。なんか妙に意識してしまう。
「えー、暑いし家にいると思う」
「俺もだわ」
そう言って笑い合う。このだらけた感じが、なんか俺たちらしい。
「じゃあさ、お祭り行こうよ!」
「……祭り?人多いだろ」
暑いの嫌だって言ってたのに。そう思ったが、うみにゃは「別に暇でしょ?」と挑発するように言ってきた。
「えーーー」
俺がわざと怠そうにすると、
「いいじゃん!俺ラスト高校生だよ?最後に夏の思い出くらい作らせてよ!」
少し上目遣いで迫ってくる。ずるい。俺はこういう頼み方に弱い。
「そういうのは彼女と行くもんだろ」
「んー、まぁ確かに。でも!俺はDDと行きたい!」
胸の奥が跳ねた。こいつはほんと、ずるい。
当日。案の定、祭は人で溢れていた。
やっと待ち合わせ場所にたどり着くと、うみにゃはもう来ていた。
「お待たせ。待った?」
「んー、そこまで。でも人多すぎて酔いそうだった…」
そういえば、うみにゃは人混みが苦手だった。なのに俺を祭に誘うなんて。考える間もなく、腕を掴まれて引っ張られる。
射的で対決したり、焼きそばを食べたり、かき氷で舌を見せ合って笑ったり。最初は面倒だと思っていたけど、気づけば夢中で楽しんでいた。こんな風にはしゃげるのは、うみにゃとだからだ。
祭りも終わりが近づき、屋台が片付けを始めていた。ふと、前を歩くカップルの会話が耳に入る。
「花火あったらもっとよくない?」
「じゃあコンビニで買う?」
花火。今は祭りでやらなくなったらしい。
「なぁ、うみにゃ」
「ん?なに?」
「花火しよ」
「DDからそういうの言うの珍しいね」
確かに。いつも誘うのはうみにゃの方だ。俺から言い出すのは初めてかもしれない。
「いいじゃん、やろ!」
花火を買い、公園で始めた。豪華な種類を一通り遊んで、最後に残ったのは線香花火。
「どっちが長く持つか勝負な」
小さな火花がパチパチと弾ける。さっきまでの派手さとは違い、儚い光に見入ってしまう。
——落ちてほしくない。そう思っていると、俺の火がふっと消えた。
「あっ」
「DDの負けだね」
そう笑った直後、うみにゃの火も落ちた。
「あっ!」
悔しそうに顔をしかめる。その横顔を見て、少しだけ愛おしいと思った。
辺りにはまだ煙の匂いが残っていて、胸の奥が妙に切なくなった。
「じゃあ、そろそろ帰ろっか」
片付けながら、俺は心の中で願う。
——できることなら、この時間がずっと続けばいいのに。
そう思いながら、手に残った線香花火を水に沈めた。