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まなこ〜友
117
#ますしき
T
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「嫉妬……ですよね、それ」
定食屋に入り、先ほどの電話の内容をこぼすと、堤くんは苦笑いしながらそう言った。
言われた私は、なおも信じられずに首を傾げる。
学生の頃ならまだしも、今の雅がそんな子供じみた真似をするとは思えない。独占欲が強い方だけれど、考えれば考えるほど現実味がなくて、思わず笑いが漏れた。
「いや、ないな」
「嫉妬しない人ならきっと異性かどうかも確認しないですよ。僕がそれなので、彼氏さんの気持ちわかります」
「堤くんも嫉妬するの?」
「……彼女は凄く社交性が高い人で、同性、異性関係無く仲良くなって、飲みに行ったりもするんです。だけど、僕はそれどちらかと言えば嫌で。話し合っても僕の考えは理解してもらえないんですけどね」
彼には長く付き合っている彼女がいる。
心配性の堤くんに対し、彼女は随分とさっぱりした性格のようだった。以前、それが少し寂しいとこぼしながらも「そんなところが好きなんです」と、自分を納得させるように笑っていたのを思い出す。
「そもそも彼氏さんの気持ちが分かるなんて言ってしまいましたが、分かるなら朝比奈さんとこうして食事に行くの良くなかったですね」
「やめてよ。堤くんは私に親切に接してくれただけなのに、それを悪いだなんて否定したくない」
「そう言ってくださるのは嬉しいんですけどね。これは朝比奈さんを責めるわけじゃないのですが、もし僕が朝比奈さんの彼氏の立場であれば、遠距離中の彼女がその先で異性と二人で食事をしていると聞けばきっと不安になります」
「でも私達は会社だけの付き合いで、そんな間違いある?」
「そりゃ、朝比奈さん目線はそうでしょうけど。彼氏さんは僕に彼女がいる事も朝比奈さんとどういう感じで関係を築いているのかも知らないでしょうし、不安になって当然です」
堤くんの言葉が、ゆっくりと染み込んでいく。
私は私の視点でしか話をしていなかった。雅からすれば、堤くんがどんな人物なのかも、私達が普段どんな風に関わっているのかも、何も分からないのだ。
もし逆の立場だったら。雅が知らない女性と二人で食事に行き、ただの友達と一言告げられたら、私はすんなりと納得して、それを認められるのだろうか。
私の配慮が、足りていなかったと、突きつけられた現実に、手元の料理が少しだけ味を失ったような気がした。
「堤くんありがとう。相談出来て良かった。あの男の態度には今も腹が立っているのは間違いないけれど、私も悪かったってちゃんとわかった」
「話を聞いていると彼氏さんも不器用な方ですね」
「……そうかも」
器用そうに見えて、実はそうでもないのかもしれない。素直になれず、あんな言い方でしか不安をぶつけられないのだから。
だけど、不器用の一言で許してやるつもりはない。今日はさっさと仕事を片付けて、あの男に電話をかけて文句を言ってやると決めた。
文句をぶつけて、言い返してくる言葉を全部受け止めて、いつも通り派手に喧嘩して、……そうやって、仲直りがしたい。
いつまでも誤解させたまま、あの男を一人で不安にさせておくのは嫌だった。
「ちゃんと話さなきゃ。今日くらいは早く帰っても許されるかしらね」
「そんなの当然ですよ。むしろ働きすぎなので彼氏さんと喧嘩しなくても休んでください」
「ありがとう」
残業する気満々だったことを見透かされ、少し呆れたような視線を送られる。
仕事よりも、誰かとの話し合いを優先する日が自分に来るなんて、以前の私なら想像もできなかった。
「というか、どう話し合うつもりですか?」
「正直に話すわよ。きっと喧嘩はするでしょうけどね」
私が笑って返すと、堤くんは理解に苦しむといった表情を浮かべた。
「喧嘩するって分かっているのに話し合い…ですか?それで別れる危険性とか考えたら怖くないですか?」
「大丈夫よ。喧嘩なんかで別れないから」
迷いなく言い切って、お昼を食べ進める。
何度もぶつかってきたし、むしろ私達はこういう不器用な触れ合い方しか知らない。本当に怖いのは、何も話せないまま、互いの存在がぼやけて遠ざかっていくことだ。
私の言葉を聞いて、堤くんが少しだけ目を細めた。
「……僕も、どうせ分かり合えないって決めてきたけど、もっとちゃんと話せばよかったのかなって、思います。だから、朝比奈さんすごく格好良いです」
「……ありがとう。格好良いって言われるの凄く嬉しい」
人から格好良いと言われるのは、素直に嬉しかった。
綺麗だとか可愛いだとか、そんな言葉はあいつ一人から言われれば十分だから。
デスクに戻ると、私はひたすらキーボードを叩いた。
いつもなら同僚たちと緩やかな空気で仕事を進めるけれど、今日ばかりは脇目も振らずにモニターを見つめ、手を動かし続ける。心地よく響いていたはずの雑談も、今の私の耳には届かない。
「……もう秋なのにまだ暑くない?」
「もう暖房入れたのかしら」
背後でそんな声が微かに聞こえる。
(今日は絶対定時!!!!!!!!!!!)
けれど、極限まで高めたはずの集中力も、時折ふっと途切れては私用のスマートフォンへと視線が流れる。いつもなら何気ないメッセージを送ってくる雅から、あの電話以来、何の音沙汰もない。
もしかしたら本気で、怒っているのかもしれない。
ランチの時は話せばいい、なんて格好をつけたけれど、いざとなればやはり気は重い。
仕事に明け暮れる私に、彼はもう愛想を尽かしてしまったのではないか。
物理的な距離が、普段は抑え込んでいる不安を容赦なく煽っていく。
コメント
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堤くんの「彼女が社交的で理解してもらえない」という告白がじわっと刺さりました。彼が自分の立場を棚に上げず、朝比奈さんに寄り添いながらも彼氏の気持ちを代弁する立ち回り、すごく自然でリアルだった。「喧嘩なんかで別れない」と言い切る強さも、この二人の関係性がちゃんと築かれているからこそ出る台詞ですね。最後の「物理的な距離が不安を煽る」一文、遠距離のリアルすぎて胸が痛みました。