テラーノベル
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定時と同時に、滑り込みで業務を終えた。
周囲では週末の飲みの誘い声が響き、一方で週明けの締め切りに追われ、まだ手を動かしている人もいる。
まだ頑張っている部下を残して帰るのは、少しだけ心苦しい。
「ごめんね、今日は先に帰らせてもらってもいいかな?」
恐る恐る声をかけると、「お疲れ様です!」と明るい返事が戻ってきた。 快い反応に救われる思いで「ありがとう、お疲れ様」と返し、急いで会社を後にした。
家路を急ぐ頭の中は、あいつに叩きつける文句でいっぱいだった。
そんな時に、マンションの入り口まで辿り着くと、男女が話し込んでいて足が止まる。通り抜けるのをためらい、外の非常階段を使おうか迷った瞬間、男の横顔に見覚えがあることに気づいた。
(いやいや、文句言いたすぎて幻覚でも見たのね)
一度は首を振って否定した。けれど、あの整った顔立ちを見間違えるはずがない。もう一度視線を向けると、そこには紛れもなく雅がいた。彼は穏やかな笑みを浮かべ、女性に手を振っている。
「な、何であんたここに居るの!?」
絞り出した声に、雅がようやくこちらを向いた。
「あ、やっときた。おせぇよ」
「おせぇよって……!」
絶句する私を余所に、彼は女性に向き直ると「ね、嘘じゃないでしょ。だからごめんね」と何かを断っている。
去り際、その女性から何故か鋭い視線を向けられたが、今の私にはそんなことを気にする余裕なんてなかった。
「今日は定時上がりだったんだ? 珍しい」
壁に預けていた背を離し、こちらへ歩み寄ると「驚いた?」と雅が笑う。
驚いた、なんて言葉では言い表せない。会えるはずのない場所になぜこの男がいる。
今もまだ、夢を見ているのではないかという感覚が拭えなかった。
「ま、待って……。仕事は?それに、私達お昼喧嘩して……」
「仕事は休んできた。直接会って喧嘩して負け顔拝んでやろうと思って」
そう言って笑う彼に、いつもなら即座に言い返せるのに、今は言葉が出てこない。
それよりも会いたかったという感情が溢れ、人目も構わずその胸に飛び込んだ。
一瞬、雅の体が強張ったけれどすぐに、優しい手つきで、それでいて力強く抱き締め返される。その腕の強さに、ようやく胸の奥が温かな安堵で満たされた。
「……負け顔拝むって、何言ってんだか。負けるのはあんただし、それを口実に会いたかっただけなんじゃないの」
自分だって素直に言えないくせに、相手には挑発的な言葉を向けてしまう。どこまでも面倒な性格だと、自分でも思った。
「そう言ってんじゃん」
「……言ってない。わかりづら過ぎる」
「そうだっけ?」
相変わらず適当な返事。だけど今は、その響きさえ心地がいい。
「会いたかったよ」
不意に落とされたその声と、覗き込んできた瞳があまりに優しくて、ぎゅうっと胸が締め付けられる。
電話越しに聞く声も好きだけれど、こうして直接届く声は、比べるまでもなく特別だった。
どれほど腹を立てても、結局こうして好きだと自覚させられる。そんな相手は、世界中でこの男しかいない。
「で? 俺というものがありながら、他の男と一緒に飯に行ってる事に対して言い訳ある?聞いてやらないこともないけど」
「……あの子彼女いるんだから。変な事考えないでよ」
「恋愛なんてお互い恋人がいても関係無い奴関係無いだろ」
「だとしても! きちんとこの指輪着けてアピールしてるから、少しは信用して」
私は右手をかざして指輪を見せ、そのままふい、と顔を逸らした。
雅が今、どんな顔で私を見ているのかは分からないけれど、職場でも一時も外さずこれを着けている意味を、この男なら理解ができると思った。
すると、雅の手が私の頬を捉えて強引に向かせたかと思うと、額に柔らかな感触が落ちた。
いい歳をした大人、ましてや三十歳目前のアラサー二人がマンションの前で何をしてるんだ、恥ずかしい。
「ちょっと、ここ外だし私が住んでるマンション前なの!」
「大丈夫、誰も気にしてねぇって」
「あんたはここで暮らしてないからそんなこと言えるのよ!」
呆れてツッコミを入れると、雅は楽しそうに笑った。そのまま私の肩を抱き寄せ、マンションの中へと促す。
自分の家のように遠慮なく上がり込もうとする図々しさには相変わらず呆れるけれど、今の私に、この男を追い返して一人で過ごすなんて選択肢は微塵もなかった。
⋆⸜
玄関に入った途端、理性が外れたようだった。雅は私の手首を掴んで壁へと押し込むと、抗う暇も与えず強引に唇を奪ってきた。
不意を突かれた衝撃に、反射的に身をよじって抵抗しようとしたけれど、男性の力には到底敵わない。
久しぶりの再会だし、どうせこの男は止めないと諦め、私は強張らせていた体の力を抜いた。
下唇を軽く吸った後、雅の舌が私の唇を突き、侵入してくる。艶めかしい水音が聞こえてくる度に、頭がくらりと揺れた。
手首を縛り付けていた力が不意に解け、今度は優しく指を絡ませるようにして私の手を握りしめてきた。
さっきまでの強引さが嘘のような、とびきり甘く、優しい触れ方。
しばらく重なり合ったあと、ようやく顔を離して見つめ合う。雅は火照った私の頬を、ゆっくりとなぞった。
「……玄関先でやめてよ。がっつくほど若くもないくせに」
「久しぶりに会って我慢とか無理。てか、まだ20代だろ、いけるって」
「バカじゃないの」
軽く胸を押し返すと、奴はようやく靴を脱いだ。
この街で暮らし始めてから、この部屋に誰かを上げるのは、雅が初めてだ。
「というか、仕事は大丈夫だったの?」
「玲には呆れられたけど、ムカついたまま仕事なんてしたら店の評判落とすかもって脅してきた」
「バカじゃないの、子供ね」
玲くんに甘えすぎていて、相変わらず極端な理屈をこねて押し通してくる雅に呆れた。
雅は少しだけ笑って私の頬を撫でると「それだけ、話さなきゃダメだと思った」と静かに告げた。仕事より、私を優先したのだという事実が伝わってくる。
「……私も話さなきゃだめだって思ってた」
彼の手を引き、並んでソファに腰を下ろす。決めていたはずなのに、いざ向き合うと指先がわずかに強張る。
「まずは、何も考えず不安にさせたこと、ごめんなさい」
珍しく素直に頭を下げる私に、彼は一瞬だけ目を見開いたけれどすぐに表情を戻し、落ち着いたトーンで話し始めた。
「俺だって夏帆が浮気してるとか、そんな風に思ってるわけじゃないし、夏帆を信用してない訳でもない。俺が信用してないのはむしろ、夏帆の周りの人間の方」
「それは、雅が知らないからって事?」
「いや、知ってても単純に男と2人で何かされるのよく思ってない」
「……嫉妬ってこと?」
嫉妬なんて大人になってから見たこともなく手、まさかと思っていたけど、間違いではなかった様で雅は真顔で「悪い?」と開き直っていた。
かつては、嫉妬なんてするのもされるのも面倒だと言っていたはずなのに、今ではそんな男が堂々と認めている。
「今は特に遠距離中なのもあって、何で俺が我慢して他の誰かが簡単に夏帆との時間を過ごせるんだろうって思う。仕方ないのは理解しててもムカつかない訳が無い」
吐き出すようにそう言って、繋いだ私の手を持ち上げ、指先に唇を落とす。
以前の私達なら、喧嘩をして不安になっても、こうして会いに来たり素直に思いをぶつけ合ったりはできなかった。
だけど、今回は彼が大人になって、迷わず行動に移してくれたから、私もこうして逃げずに彼と向き合えている。
「……会えたらどうでも良くなんな。喧嘩してた事なんて」
「仲直りしてあげなくもないけど」
「うざすぎ」
軽口で返すと、雅は少し楽しそうに笑っていた。それから合意を求めるように、そっと肩を抱き寄せ、優しく唇を重ねてくる。
素直になれなくて、いつも一言多い私だけれど、いざという時に一歩踏み込んで、最後には大人になって包み込んでくれるのは、いつだって雅の方だった。
そんな彼に、私はいつも救われている。
コメント
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ちょっと待ってまじで最高すぎるんだけど!!🥺💕 雅が仕事休んでまで夏帆のとこに会いに来るとか、まじで男の中の男すぎるでしょ…!「負け顔拝む」って言い訳しながら、ほんとは会いたくて仕方なかったんだろうなって思うと、もう胸がきゅんきゅん言ってるよ😭❤️ しかも「俺が信用してないのは周りの人間の方」って、嫉妬を認めるところが大人でかっこよすぎる!昔は嫉妬なんて面倒って言ってたはずなのに、遠距離になって変わったんだね…キャラの成長が尊い…! 最後のキスのシーンも、大人の雰囲気漂っててドキドキしちゃった。続きめっちゃ気になる!次も絶対読むね!📖✨
まなこ〜友
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#ますしき
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