だんだん寒くなり白い息も濃くなる頃。
彼は俺に別れを告げた。
理由は言うまでもない。
…というか言いたくもない。
忘れたいのに忘れられない彼の顔に腹が立つ。それはきっと八つ当たりと呼ばれるものなんだろう。夜寝る時はいつもベッドで彼を探してしまうし風呂上がりにはいつも声をかけてしまう。彼が居なくなってから物が減ったからか俺の声も響くようになってより一層”別れ”を実感させられた。
ピピピピッ……ピピピピッ……
アラームの無機質な音が部屋に鳴り響く。彼の為にかけた朝8時のアラーム。今はもう必要ないとわかっていても何故か消すのに躊躇ってしまう。そんな自分には”面倒臭いから後回しにしているだけ”とかなんとか言い聞かせていたが胸の内では理由は明白だった。何とも拗らせすぎている。こんな自分に呆れたんだろうと言うのは痛いほど分かっていた。別れる数週間、彼は目を泳がせることが多かった。視線を逸らすことが多かった。プライベートの話をしてくれなくなった。きっとこの時点で他に恋人が居たんだろう。ぎゅう、と心が苦しくなるのを感じた。未練タラタラすぎてもはや笑える。自分への呆れなのか、涙を隠す為なのか…眉間を押えては大きく息を吐いた。
気晴らしに人気の多いショッピングモール近くを歩いていた。その付近で買った暖かい珈琲を飲んでは至福から溜息を吐く。吐いた息は白くなって空気中に溶け込んだ。手が冷たくなったのを感じて無意識に手を下げる。下げた手は空を切っただけで何にも触れなかった。隣に彼奴が居ると思って、彼奴が手を握ってくれると思って、自分より体温が少し高い彼奴の温もりを感じられると思って…。虚空を空振った手はポケットに仕舞われ、足早にその場を後にした。
辿り着いたのは公園のベンチ。
ゆっくり腰を下ろして珈琲が入ったコップを呷った。
( 残り少ないな…、もうひとつ買えばよかったかも。 )
なんとなくそう考えては横を見る。誰も居ない空間をただじっと見詰めた。彼奴も此方を見てくれると思った。可愛い顔で「なぁに?」って首を傾げてくれると思った。冬の寒さに鼻を赤らめて手に息を吹き掛けてると思った。そんな景色を見せてくれる肝心の彼奴はもう居ない。分かっているのに、頭では理解しているのに身体はどうも理解してくれなかった。
( 気晴らしに来たのに。なんか地雷踏んだかも。 )
そう思いながら飲み干した珈琲のコップをゴミ箱に捨て、行先を決めずに歩き始めた。ふとスマホを見るとディスプレイには俺と彼奴のツーショットの壁紙と
Friday , January 16
︎ ︎︎︎︎︎ 19:33
の表示があった。
金曜日か、なんて思いながらLINEを開く。
「キヨ:2件の新着メッセージ」
…別れたあの日……1週間程前から此奴との個人チャットは開いていなかった。メッセージの内容は長押しで確認出来たため気になることは無かったが、既読を付けてしまえば肯定してしまうような気がして見たくなかったのだ。そこで思い出した。此奴はもう待ち合わせには来ないという事を。金曜日の20時にいつも俺はキヨの家に遊びに行っていた。その時の待ち合わせ場所は冬になると光り輝くクリスマスツリーが設置される広場だった。無意識に動かしていた足は何故かそこへ向かい、キヨに「もう着いたよ」と連絡を入れようとしていた。キヨが「早いって、まだ30分あるじゃん。」なんて返信してくれるような気がして。今は俺が既読を付けずにキヨからの連絡を無視し続けている。追いLINEが来ない辺り、きっともうブロックしたんだろう。グループLINEやdiscordは繋がっているので別に生活に支障はきたさない。活動にもなんの影響もない。ただ、どこか寂しかった。彼奴との個人的な話し合い場所がひとつ潰れたような気がしてとてつもない寂しさを感じた。孤独を感じた途端乾いた風が吹いた。寒さで耳が痛くなるのを感じる。限界かな、なんて思っては家へ帰るために足を向け直した。
「ただいま。」
誰も居ない家の玄関に俺の声が響く。いつもならキヨがバタバタと出てきてくれるのに出て来なかった。ひょっとしてひなたと遊び疲れて寝てるのかもしれない、なんて淡い期待を持つも土に還る羽目になった。ひなたが俺を見つけてはぴょこぴょことアピールをする。腹が減ったのだろう、キヨも居なかったし放ったらかしになってしまっていた。
「ごめんなぁ、ひなたぁ。」
猫撫で声で軽い謝罪を伝わるかも分からない相手に零せば餌を与えた。もしゃもしゃと食べるその姿は唯一の癒しだった。
その時スマホのディスプレイが光った。
反射的に目を向けては着信の通知が。
レトルト
とだけ表示されている。何だと思って電話を取ればあの愉快そうな鼻声が聞こえてきた。
「もしもしぃ?」
「どうしたァ?」
「いやぁ、TOP4で食べに行こかなって思ってさぁ。」
「急だな、今から?」
「そうそう、もう俺らは集まってんねんけどぉー。」
「はぁ??俺だけハブかよ!」
「違う違う!一人一人許可取って集まってもらってんって!」
「あぁー、なるほど?んで、場所は?」
「𓏸𓏸駅近くの焼き鳥屋さん。」
「彼処ね。分かった、すぐいく。」
食べに行くと言うよりかは飲みだろ。
あの愉快そうな鼻声に口角を引き攣らせると帰ってきてそのままだった服装に鞄を持って駅まで向かった。
𓏸𓏸駅近くの焼き鳥屋__
扉を開けると客と焼き鳥の炭の熱気と肉の焼ける美味そうな香りが身体を包んだ。店員が何名様ですか?と伺いに来たのでレトルトの名前をあげると部屋に案内された。
「やっほぉうっしー。」
「へいへい、」
「もう何本か来てるから遠慮なく食べて〜」
「ん、さんきゅー。」
ガッチさんの隣に腰を下ろしてはレトルトが焼き鳥の皿を押し寄せた。俺の斜め前に座るキヨは黙々と枝豆を食いながらパソコンと睨めっこをしていた。
「相変わらずやろぉ?みんなと来てんのにパソコンばっか見てんの。」
「きっとレトルト達の相手に疲れたんだろ。」
ははっ、と鼻で笑えばおしぼりで手を拭き焼き鳥を頬張った。まだ微かに残る温もりに冷えた心が温まる感覚がした。美味いものを食う時が1番幸せとはこの事か…。
「ガッチさんもう飲んだの?」
「飲んだぁ。ちょー眠い。」
「俺が来たばっかなのに寝んなよー?」
「無理無理、おじさん限界。」
「まだおじさんじゃないから、ほら頑張って。」
ガッチさんの肩を掴んでは揺らす。ガッチさんは首が座ってない赤子のように頭を垂れさせていた。
「うっしーも飲む?」
「俺はいいかな、なんかそんな気分じゃねぇわ。」
「のもぉよぉうっしぃー」
「べろっべろじゃん、」
ガッチさんの泥酔っぷりに思わず顔を引き攣らせては横にならせた。途端に規則正しい寝息を立てて寝た。…どんだけ眠かったんだこの人。半分呆れながらガッチさんを眺めていれば俺が頼んでいたももが届いた。結局ももがいちばん美味い。
「あ、俺ちょっとトイレ。」
「はいよー。」
レトルトがトイレに向かっては眠るガッチマンとPC睨めっこマンと3人きりになった。…眠るガッチマンは眠ってるから除外か。そう思った途端気まづさが芽生えた。
「…もも貰っていい?」
キヨがパソコンを閉じては目を擦りながら指を指した。
「…いいよ。」
ん、と皿ごと押し寄せてはキヨがさんきゅー。と短く礼を言って串を1本取った。
「枝豆飽きた?」
「…そうね。飽きちった。」
「お前らしいな。」
「ふは、そう?」
ギスギスし始めてから初めて笑顔を見た。
なんとなく嬉しくなった。焼き鳥から得た暖かさとは別の暖かさで心が温もった。じん、と目の奥が熱くなる。
「明日は今日より冷え込むらしいね。」
キヨがコップを遊ばせながらそう言った。
「あ、そうなの?部屋温めとかなきゃ。」
キヨの空になったコップを見てはいつもの癖で店員さんに烏龍茶を頼んだ。
キヨが目を丸める。
「…」
「……あ、ごめん、つい。」
「んーん、まだ覚えてたんだって嬉しい。」
「…そ、なら良かった。」
まだ大好きなのに、まだキヨのことを愛してるのに。何故か素っ気ない態度で返事をしてしまった。本当は今すぐにでもキヨに抱きついて告白し直したいのに、キヨにキスをしたいのに、そう思えば思うほど素っ気ない態度になっていく自分が恨めしかった。
「…どう最近?」
何気なく俺はキヨにそう聞いた。
相も変わらず素っ気ない態度には我ながら腹立ったけど。
「うわでた……。」
「…特に何も無いよ。強いて言うなら寒い。 」
「寒い…ねぇ、暖房付けろ。」
「付けてるよ。付けて ないわけないじゃん。」
「まぁ、そっか。」
「うっしーこそどう最近?」
「それで返されるの初めてだな。」
「俺も何も無い。強いて言うなら寒いかな。」
「俺と同じかよ。」
「残念ながら。」
キヨのために頼んだ烏龍茶が届いた。それと同時に残り1本のももをキヨにあげた。
「ま、当たり前が無くなったってのもあるかな。」
「…気まづ。」
「はは、嫌がらせ。」
「趣味悪……。」
キヨがももを頬張りながら睨む。
…と言っても猫で言う甘噛みくらい痛くも痒くも無いものだったが。
「ただいまー。」
「おかえり、長かったな。」
「お腹痛くてさー、ジュース飲みすぎたかも。」
「自業自得だね。」
「あっ、キヨくんパソコン卒業!?」
「卒業も何も依存してないわ。」
「あんなにパソコンとラブラブしてたのにー。」
「気持ち悪い言い方すんな!w」
キヨがももをひとつ残して皿に置いた。
「…もう要らんの?貰っていい?」
「ダメー。取ってんの。」
「ひとつだけぇ?なんで?」
「んー、何となく?」
首を傾げながら目を細めて俺の方を見た。
そのまま見てるときっと勘違いをしてしまう、そう思って顔を背けた。
「ふぅん、まぁ、ガッチさんも送らなあかんしそろそろ帰るから早めに食べてね。」
「分かってる分かってる。」
キヨは生返事をしてはスマホを開く。誰かに連絡しているようだった。そしてタイミング良く俺のスマホのディスプレイが光った…のにはその時気付かなかった。
時刻は10時を迎えようとしている時、解散になった。
レトルトがガッチさんを頑張って担いでいる。そしてサポートとしてキヨも支えていた。
レトルトの車にガッチさんを放り込むとレトルトはあれやこれやと忙しなく動き始めた。
「……楽しかったね。」
「…そうだな。楽しかった。」
「また集まりてぇー!」
「実況で集まってんだろ。」
「違うよ、またみんなで食べたいの。」
「…皆で、ねぇ?」
「キヨくんとうっしーも乗る?」
「俺は歩きで帰るわ。」
「俺は車乗ってきたからいい。」
「ちぇー、ガッチさんと二人きりかー。」
「…仕方ねぇな、俺もレトルトの車乗るわ。」
「さすがうっしー!どっかの背高のっぽとは違うね!」
「轢き殺すぞ。」
「じゃ、キヨくんまたねー」
「ん、またね。」
「じゃ、キヨ。ばいばい。」
「……ばいばい。」
キヨが悲しげに目を細めた。俺を振ったのはキヨなのに、俺を置いていったのはキヨなのに。何処までも自分勝手なキヨに少し腹を立てつつもスマホを開きLINEを見た。
「キヨ:3件の新着メッセージ」
( 増え……てる? )
長押しで確認したキヨのメッセージに思わず既読をつけた。
「ごめん」と「別れよう」を今認めた。もう二度と付き合えないんだな、俺たち。でもお前の言葉を信じようと思うんだ。お前がきっと焼き鳥屋で送ったメッセージを信じたい。その言葉が本当なら、俺まだ頑張ろうと思えるんだ。
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︎ ︎︎︎︎︎ 「またね」
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コメント
1件
またね だって(´;ω;`)切ない…… けどこういうの大ッ好きだ!!!!!!!!!!!!!!!!