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第13話「必ず、お前を取り戻す」
「――あの子を、殿下のもとから消してくださいませ」
セレスティアの声が、静かな部屋に響いた。
その言葉を受けたエース家の人間は、しばらく黙り込んでいた。
かつて自分たちが家から追い出した少年。
魔法の才がないという理由で、家族として扱うことをやめた少年。
それが今では、帝国の第一皇子であるリンデンの側近として、皇宮で大切にされているという。
「……本当に、そこまでなさるおつもりなのですか」
「ええ」
セレスティアは微笑んだ。
「殿下のお気持ちを変えるには、あの子がいなくなるのが一番ですもの」
「しかし、もし殿下に知られれば……」
「知られなければよいのです」
彼女の声から、先ほどまでの優雅さが消えた。
「失敗は許しませんわ」
エース家の人間は、やがてゆっくりと頭を下げた。
「……承知いたしました」
その返事を聞き、セレスティアは満足そうに目を細めた。
「よろしくお願いいたしますわ」
そのとき、彼女はまだ知らなかった。
自分が軽い気持ちで始めた計画が、リンデンの逆鱗に触れることになるとは。
そして、ルカを失いかけた皇太子が、どれほど恐ろしいほどの執念を見せることになるのかも。
*
翌朝。
「殿下、おはようございます」
いつもと変わらない声が、執務室に響いた。
リンデンは書類から顔を上げた。
「……おはよう、ルカ」
そこに立っていたのは、きちんと身支度を整えた、いつもの側近だった。
黒髪は丁寧に整えられ、淡い桃色の瞳には、穏やかな光が宿っている。
リンデンはその姿を見ると、自然と表情を和らげた。
「今日は少し早いな」
「はい。昨日、殿下とお約束しましたから」
「約束?」
「……また、僕から誘いますって」
ルカは少し照れくさそうに笑った。
「ですから、今日はお仕事が落ち着いたら、一緒に図書室へ行きませんか?」
リンデンは一瞬、目を見開いた。
それから、ゆっくりと口元を緩める。
「……ああ。楽しみにしている」
「本当ですか?」
「お前からの誘いを、断る理由などないだろう」
「……っ」
ルカの頬が赤く染まった。
「そ、そういうことを、さらっとおっしゃらないでください……!」
「事実だが?」
「もう……!」
恥ずかしそうに俯くルカを見て、リンデンは小さく笑った。
その姿を、周囲の侍従たちはそっと見守っていた。
普段の皇太子を知る者なら、誰もが驚くだろう。
誰に対しても厳しく、決して隙を見せない第一皇子。
その彼が、たった一人の側近の前では、こんなにも穏やかな顔をするのだから。
「……殿下」
「何だ?」
「今日も、おそばにいてもよろしいですか?」
その問いに、リンデンはすぐに答えた。
「ああ。もちろんだ」
そして、誰にも聞こえないほど小さな声で付け加える。
「……私も、お前にそばにいてほしい」
ルカは嬉しそうに微笑んだ。
このときの二人は、まだ何も知らなかった。
今日という日が、二人の運命を大きく変えることになるなど。
*
午後。
約束どおり、二人は図書室で書類の整理をしていた。
昨日、ここで交わした口づけを思い出すたび、ルカの頬は熱くなった。
それでも、今日は目を逸らしてばかりではいけないと思っていた。
「……殿下」
「どうした?」
「昨日のことなのですが……」
リンデンの手が止まった。
「昨日?」
「……その、僕から口づけをしたことです」
言い終えるなり、ルカは真っ赤になった。
リンデンはしばらく彼を見つめたあと、穏やかに答えた。
「覚えている。忘れるはずがないだろう」
「……っ」
「どうした? 後悔しているのか?」
「ち、違います!」
ルカは慌てて首を振った。
「後悔なんて、していません……!」
その言葉に、リンデンの表情が優しくなる。
「……そうか」
彼はそっと手を差し出した。
「ならば、またいつでも伝えてくれ」
ルカはその手を見つめ、やがて自分の手を重ねた。
「……はい」
二人は静かに微笑み合った。
その穏やかな時間を、少し離れた廊下から見つめる影があった。
セレスティアだった。
彼女は、皇宮を訪れた帰り際、図書室の前を通りかかったのだ。
そして、開いた扉の向こうに、仲睦まじく手を重ねる二人を見つけた。
「…………」
セレスティアの顔から、笑みが消えた。
昨日の光景が、再び脳裏によみがえる。
ルカから口づけを受け、幸せそうに微笑むリンデン。
あの表情は、自分には一度も向けられなかったものだ。
「……まだ、あんな顔をしているのね」
彼女は小さく呟き、踵を返した。
もう、待つ必要はない。
計画を実行するのは、今日だ。
*
夕刻。
ルカは、いつものようにリンデンの執務を手伝っていた。
「殿下、こちらの書類は整理が終わりました」
「ご苦労。残りは明日で構わない」
「かしこまりました」
ルカは書類を片づけると、ほっと息をついた。
「……では、殿下。今日はこれで失礼いたします」
「ああ」
リンデンは書類から顔を上げた。
「明日も、図書室へ行くのか?」
ルカは少し考え、それから微笑んだ。
「はい。……また、僕から誘ってもいいですか?」
リンデンは一瞬、言葉を失った。
そして、優しく頷く。
「……ああ。何度でも誘ってくれ」
「……約束ですよ?」
「約束だ」
ルカは嬉しそうに笑い、丁寧に一礼して執務室を出ていった。
リンデンは、その後ろ姿が見えなくなるまで視線を向けていた。
胸の奥に、温かなものが広がっている。
ルカが自分から近づいてきてくれる。
自分と一緒にいたいと、言葉にしてくれる。
それが、どれほど幸せなことなのか。
リンデンは、まだうまく言葉にできなかった。
ただ、願っていた。
明日も、その先も。
彼が自分の隣で笑っていてくれることを。
*
その頃、皇宮の外れ。
ルカは、帰り道へ向かう途中で足を止めた。
「……あれ?」
見覚えのある馬車が、通路の脇に停まっていた。
近づいてきた男が、丁寧に頭を下げる。
「ルカ様でいらっしゃいますね」
「……はい。どちら様でしょうか?」
「エース家からの使いでございます。ご家族が、あなたにお話があるとのことです」
その言葉に、ルカの表情が曇った。
エース家。
自分がかつて追放された場所。
もう、戻ることなどないと思っていた場所だった。
「……僕に、ですか?」
「はい。どうしても、直接お伝えしたいことがあるそうです」
ルカは戸惑った。
家を追い出されたときのことを思い出すと、今でも胸が苦しくなる。
それでも、何か事情があるのかもしれない。
そう考えたルカは、少しだけ迷ったあと、馬車へ視線を向けた。
「……お話を聞くだけなら」
「ありがとうございます。こちらへどうぞ」
男が扉を開ける。
ルカは、ためらいながらも馬車に乗り込んだ。
扉が閉まる。
その直後、馬車は静かに走り出した。
「……あの、どこへ向かっているのですか?」
ルカが尋ねても、男は答えなかった。
不安が、胸の奥にじわじわと広がっていく。
「……すみません。僕、やはり皇宮へ戻らないと……」
ルカが立ち上がろうとした瞬間、馬車が大きく揺れた。
扉の外から、別の男の声が聞こえる。
「着いたぞ」
馬車が止まった。
扉が開くと、そこには見知らぬ建物があった。
「……ここは?」
ルカが問いかけても、返事はない。
代わりに、男たちが彼の腕を取り、馬車から降ろした。
「ちょ、ちょっと……! 何をするんですか!」
「静かにしていただきましょう」
「離してください……!」
ルカは抵抗したが、男たちは聞く耳を持たなかった。
そのまま建物の中へ連れていかれ、扉の閉まる音が響いた。
ルカは立ち尽くした。
何が起きているのか、分からなかった。
ただ、ここが自分の知っている場所ではないことだけは確かだった。
「……どうして……」
声が震える。
リンデンに、明日も会いたいと伝えたばかりなのに。
また誘うと、約束したばかりなのに。
「……殿下……」
ルカは、指にはめられた銀の指輪をぎゅっと握りしめた。
淡い青色の宝石が、暗い室内でかすかに光っていた。
「……助けて……」
その声は、誰にも届かなかった。
*
夜。
執務室で最後の書類に目を通していたリンデンは、ふと顔を上げた。
いつもなら、とっくに届いているはずの報告がない。
ルカは、仕事を終えたら必ず一言伝えてから帰る。
それなのに、今日はまだ姿を見せていなかった。
「……遅いな」
リンデンは時計を見た。
嫌な予感が、胸の奥をよぎる。
そのとき、扉が勢いよく開いた。
「殿下!」
駆け込んできたのは、ルカの仕事を手伝っていた侍従だった。
顔色が悪く、息も乱れている。
「……何事だ」
「ルカ様が……!」
その一言に、リンデンの表情が変わった。
「ルカが、どうした」
「帰宅された記録がなく、皇宮の外でも姿が確認できないのです。捜索を始めましたが、行き先が分からず……」
一瞬、室内が静まり返った。
リンデンは、ゆっくりと立ち上がった。
「……最後に確認された場所は?」
「皇宮の外れです。馬車に乗ったという目撃情報がございます」
リンデンの瞳が、冷たく細められた。
ルカは、自分から会いに来ると約束してくれた。
明日も、その先も。
そう言って、笑ってくれた。
そのルカが、突然姿を消した。
「……捜索隊を集めろ」
静かな声だった。
けれど、その場にいた者は誰もが息を呑んだ。
「皇宮の出入り記録をすべて確認しろ。馬車の行き先も、関係者も、ひとり残らず調べるのだ」
「はっ!」
「……必ず見つけ出せ」
リンデンは机の上に置かれた指輪の箱を見つめた。
ルカに贈ったものと同じ、淡い青色の宝石が入った箱。
今、ルカの指にも、同じ指輪があるはずだった。
「……ルカ」
リンデンは、拳を強く握りしめた。
どうか、無事でいてくれ。
どうか、まだ間に合うように。
「……待っていろ」
その声には、皇太子としての威厳ではなく、ただ一人の大切な人を想う切実さが滲んでいた。
「必ず、お前を取り戻す」
窓の外では、夜の闇が深くなっていた。
けれどリンデンの目には、迷いなどなかった。
どれほど遠くに連れていかれようと。
どれほど困難な道が待ち受けていようと。
ルカを見つけ出す。
そして、もう一度この手で抱きしめる。
そのためなら、何を失っても構わない。
帝国の第一皇子は、愛する側近を取り戻すために動き出した。
#とどひゅ
炭酸アレルギー
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コメント
1件
うわ……第13話、めっちゃ重い……でもその重さがたまらない🥀 二人が図書室で手を重ねて、やっと幸せな時間を掴みかけた矢先の連れ去り。心臓がギュッてなった。セレスティアの「知られなければよいのです」って台詞、めっちゃ寒気したよ……裏で動く悪意、怖すぎる。 そして最後のリンデンの「必ず、お前を取り戻す」。あの執念、本当好き。ちゃんと闇も覚悟も背負ってる王子様、最高です。続きが気になって仕方ない……😢