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#日常組
tagu2026226
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第14話:その名を、呼ぶまで
「……必ず、お前を取り戻す」
リンデンの言葉が、静まり返った執務室に響いた。
「近衛騎士を集めろ。ルカが最後に目撃された場所を中心に捜索を開始する。宮殿の出入り記録も、今すぐすべて確認しろ」
「承知いたしました!」
命令を受けた騎士たちが、一斉に動き出す。
普段ならば、皇太子の命令は落ち着いた声で告げられる。だが今夜のリンデンには、一刻たりとも無駄にできないという切迫感があった。
ルカが帰ってこない。
それだけの事実が、彼の胸を締めつけていた。
「殿下、私も捜索に加わります」
側近の一人が申し出ると、リンデンは短く頷いた。
「頼む。ルカの行き先につながる情報があれば、どんなに小さなことでも報告しろ」
「はっ!」
人々が去ったあと、リンデンは一人、机の前に立ち尽くした。
つい先ほどまで、ここにはルカがいた。
明日も図書室へ行こうと誘ってくれた。自分から会いに来てもいいかと、少し照れながら尋ねてくれた。
その笑顔が、脳裏から離れない。
『……また、僕から誘ってもいいですか?』
『……ああ。何度でも誘ってくれ』
あのときのルカは、確かに笑っていた。
まさか、それが最後になるなどと思いもしなかった。
「……なぜ、気づかなかった」
低く呟き、リンデンは目を伏せた。
ルカは、誰かに助けを求めることが得意ではない。
自分が我慢すればいいと考え、苦しいことさえ胸の内にしまい込んでしまう。
そんな彼が、今どこかで一人、不安に震えているのだとしたら。
想像するだけで、胸の奥が焼けつくようだった。
けれど、今は後悔している場合ではない。
リンデンは顔を上げた。
「……待っていろ、ルカ」
今度こそ、必ず見つけ出す。
***
それから間もなく、最初の報告が届いた。
「殿下。ルカ様は夕刻、宮殿の外れで馬車に乗られたという目撃情報がございます」
「馬車だと?」
「はい。黒塗りの馬車で、宮殿の紋章はなかったとのことです。御者の男性は、ルカ様にエース家からの使いだと名乗っていたそうです」
リンデンの表情が険しくなった。
「エース家……」
その名を口にした途端、ルカが以前語っていた言葉がよみがえる。
魔法が使えないという理由で、家族から価値のない人間だと言われたこと。
家を追い出され、帰る場所を失ったこと。
ルカはその過去を、決して大げさに語らなかった。
むしろ、リンデンに心配をかけまいとするように、いつも淡々と話していた。
だからこそ、彼がどれほど傷ついていたのか、すべてを理解できているとは言い切れない。
「……ルカが、自分から馬車に乗ったのか」
「そのように見えたと、門番は証言しております。無理に連れ込まれた様子はなかったそうですが、詳しい状況はまだ分かっておりません」
リンデンは目を細めた。
ルカが自分の意思で乗ったのなら、何か理由があったはずだ。
家族から呼び出されたと聞かされたのかもしれない。
それとも、何か大切な話があると告げられたのか。
ルカの性格を考えれば、相手を疑いながらも、話を聞こうとした可能性は十分にある。
「……あの者は、ルカの過去を利用したのか」
静かな声だった。
だが、その一言には、抑えきれない怒りが滲んでいた。
「馬車の特徴を各関所へ送れ。黒塗りの車体、二頭立て。御者の服装も含めて、目撃情報を集めるんだ」
「承知いたしました」
「それから、エース家にも使者を送れ。ルカを呼び出したという事実があるのなら、説明を求める」
「エース家が関与していた場合はいかがいたしましょう」
リンデンは、わずかに沈黙した。
「証拠を集めろ。相手の身分に関係なく、事実を明らかにする」
そして、冷たく言い添えた。
「……ルカを傷つけた者を、見逃すつもりはない」
***
同じ頃。
見知らぬ建物の一室で、ルカは扉の前に立っていた。
「……すみません。誰かいませんか?」
返事はない。
先ほどから何度呼びかけても、廊下を通る足音さえ聞こえなかった。
部屋には窓が一つあるものの、外側には鍵がかかっている。扉も、内側からは開けられなかった。
ルカはゆっくりと後ずさり、椅子に腰を下ろした。
何が起きているのだろう。
家族が自分に話をしたがっていると聞かされ、馬車に乗った。
けれど、連れてこられたのは家ではなく、見知らぬ屋敷だった。
そして、事情を尋ねても、誰もまともに答えてくれない。
「……どうして、こんなことに」
声がかすれた。
家族に会うことを、少しだけ期待してしまった自分がいた。
もう自分を必要としていないのだと分かっていても、もしかしたら何か変わったのかもしれないと、心のどこかで思っていたのだ。
けれど、今はそんな期待をした自分が、ひどく愚かに思えた。
ルカは左手を見つめた。
薬指には、リンデンから贈られた指輪がある。
銀細工に囲まれた淡い青色の宝石。
一度は失いかけたものを、リンデンは自分の手で探し出し、もう一度指にはめてくれた。
『お前は、私の大切な側近だ。それだけでは、足りないくらいに』
あの言葉を思い出す。
胸の奥が、じんわりと温かくなった。
「……殿下」
今、リンデンはどうしているだろう。
きっと、自分が帰らないことを心配している。
それを考えると、申し訳なさで胸がいっぱいになった。
「……ごめんなさい。殿下……」
ルカは指輪をそっと握りしめた。
けれど、その手を離すことはなかった。
リンデンが自分を大切にしてくれたこと。
自分の気持ちを、否定せずに受け止めてくれたこと。
そのすべてが、今のルカを支えていた。
「……帰りたいです」
涙がこぼれそうになるのをこらえ、ルカは小さく呟いた。
「殿下のところへ……帰りたい」
その願いは、静かな部屋の中に消えていった。
***
深夜。
エース家からの返答は、まだ届いていなかった。
リンデンは、報告を待ちながら地図を広げていた。
宮殿から外へ出る街道は複数ある。
馬車の速度や出発した時刻を考えれば、すでにかなりの距離を移動している可能性があった。
「殿下。西側の関所から連絡がございました」
近衛騎士が、急ぎ足で入室する。
リンデンはすぐに顔を上げた。
「何か分かったのか」
「はい。夕刻、黒塗りの馬車を見たという証言がありました。馬車の左側の扉に傷があり、御者は濃い色の外套を着ていたとのことです」
リンデンの瞳に、鋭い光が宿った。
「間違いないのか」
「特徴は一致しております。ただ、関所を通過した記録は残っておらず、どこへ向かったのかはまだ分かっておりません」
「……そうか」
わずかな手がかりだった。
それでも、何も分からなかった状況からは一歩進んでいる。
リンデンは地図に視線を落とし、街道を指でなぞった。
関所を通過していないのなら、途中で別の道へ入ったのかもしれない。
あるいは、関所を避ける必要がある場所へ向かった可能性もある。
「この街道沿いにある屋敷や別邸を調べろ。特に、近頃になって人の出入りが増えた場所だ」
「承知いたしました」
「ただし、まだ断定はするな。ルカの安全を最優先に、慎重に動け」
「はっ!」
騎士が去ると、リンデンは再び地図を見つめた。
焦りは消えない。
今すぐにでも、すべてを投げ出して探しに行きたい。
だが、手がかりが曖昧なまま動けば、ルカを見つける機会を逃すかもしれない。
それだけは、避けなければならなかった。
「……ルカ」
リンデンは、机の端に置かれた小さな箱へ目を向けた。
ルカに指輪を贈ったときのことを思い出す。
あのとき、彼は驚きながらも、何度も「大切にします」と言ってくれた。
その指輪が、今も彼の手にあることを願う。
そして、再びその手を握ることができたなら。
もう一度、伝えたい。
お前が帰ってきてくれるだけでいい。
無事でいてくれるだけでいい。
自分にとって、どれほど大切な存在なのかを。
リンデンはゆっくりと目を閉じ、息を整えた。
やがて目を開いたとき、その瞳には確かな決意が宿っていた。
「……夜が明ける前に、必ず手がかりをつかむ」
窓の外では、静かに夜が更けていく。
ルカはまだ見つからない。
黒い馬車の行き先も、彼を連れ去った者の正体も、完全には分かっていない。
けれど、リンデンは諦めなかった。
ルカが自分を信じてくれたように。
今度は、自分がルカを信じる番だった。
必ず、再び会えると。
そしてそのときは、もう二度と一人にしないと。
――その名を、もう一度呼ぶために。
リンデンは、夜明けを待たずに次の捜索へと動き出した。
コメント
1件
ああっ第14話…もう胸がぎゅうぎゅうしすぎて無理なんだけど!!😭💕 リンデンの「待っていろ、ルカ」のところからもうダメだった…彼の焦りと後悔と決意が重なって、一瞬たりとも目が離せなかったよ!!✨ それにルカが指輪握りしめて「殿下のところへ帰りたい」って呟くシーン、マジで涙腺崩壊した…😢💍 二人ともめっちゃ想い合ってるのに離れ離れになってて、早く再会させてあげてほしいよおお!! 黒い馬車の行方も気になるし、エース家の真意もまだ謎だし…次話を待ちきれない!!cielさんこの熱量やばいです、続き絶対読みます🔥📖