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こぶし大ほどの小型サイズに設えたモニターを眺めていたイチルは、「そんなものを見ていて楽しいか」と不意に声を掛けられた。
声の主はムザイだった。
しかし元来、イチルは横槍を入れられるのが好きではなかった。
「こっちにはこっちの事情があんだよ。お前はお前の心配だけしてろ」
魔獣の咆哮が続く崖の中腹に専用の魔道具を挿し込み作られた急造の休憩スペースは、周囲から身を隠せるよう設計された代物だった。
語るまでもなく、低ランクのモンスターでは、そこに人がいることすら感づくこともできないイチル自慢の一品だった。
「それにしても、これほど容易いものなのか。かの有名な『メルカバー深淵』という場所は……」
吸い込まれそうな闇だけが延々と続く竪穴の終着点は、どれだけ目を凝らしたところで見えることはない。通称『永遠に続く穴』と呼ばれる《メルカバー深淵》は、穴の中に数多存在するダンジョンの複合体として知られていた。
中でも崖の最終階層とされる瓦礫深淵は、S~Eランクまでのダンジョンが入り乱れるカオス領域として知られ、レアなモンスターが現れることでも有名だった。
「メルカバー最大の問題は、ダンジョンの終着点を誰ひとり知らないってとこだ。エターナルと比較すれば、モンスターランク、難易度的に雲泥の差はあるものの、難攻不落という意味ではこちらも同じ。あまりに無秩序に、かつ混沌と絡みつくダンジョンの最終到達点を、何百年もの間、誰一人見つけられないんだから、カオスと呼ぶに相応しいなまったく」
答えにならないイチルの言葉に呆れたムザイは、休憩はこれまでだと挿していた魔道具を勝手に引き抜いてしまった。途端に足場が消え、壁に張り付いたムザイに対し、モニター片手に90度傾いたまま崖に対し垂直に立ったイチルは、「まだ見てる途中でしょうが!」と不機嫌な声を漏らした。
「もう少し集中してくれ。いくら楽勝とはいえ、ここは瓦礫深淵の一歩手前なんだ。いくら貴様でも、舐めていると痛い目を見るぞ」
説教するムザイに、イチルは不貞腐れながら頭上を指さした。
なんだよとムザイが上を向くと、これまでの余裕が嘘だったかのように、途端にぎょっとした青白い表情に変貌した。
「お前がいきなりソイツを抜いちまうからバレちまったよ。俺がどんな苦労をして、弱っちぃお前を奴らから隠してやってると思ってる。少しは人の苦労というものをだな……」
などとイチルが言っている間にも、頭上高くから滑降する巨大な二首の竜は、畳んでいた両腕を開き、巨大すぎる翼を矢のように形作った。
「巨大双竜?!」
「ここはクリフドラゴンの縄張りだからな。ほれ、ぼーっとしてると食い千切られるぞ」
崖にしがみつくムザイの腕をイチルが引っ張ったところで、巨大な緑色の影が崖をえぐりながら真横を通過していった。
一瞬遅ければ、ムザイの身体は今頃ドラゴンの腹の中だったに違いない。
クリフドラゴンは、二つの首を振り乱しながら、谷底方向へそのまま落下していった。しかし真緑色の鱗に覆われた胴体と、怪鳥の羽によく似た黒ずんだ分厚い骨をガチガチ鳴らして羽ばたけば、再び錐揉み状に回転し、壁を蹴って旋回した。
今度は谷底から吹き上がる風にのって、頭上に待ち構える二人を狙い襲いかかった。
「油断していたのはどちらかね。確認しとくけど、このまま瓦礫深淵まで下るか。それとも、コイツと一度手合わせしておくか?」
イチルの挑発に乗り、一度は戦うと言いかけたムザイだが、自分で頭をゴツと叩いてから、大きく首を横に振った。
「いや、やり過ごす。無駄な力を使っている余裕はない」
ホエザルのように口を開いたイチルは、ウムウムと頷いてから「意外に冷静じゃないの」と指を立てた。
イチルは一旦ムザイを壁へ投げ捨ててから、二度襲いかかるクリフドラゴンに目標を見定めた。
「俺の仕事はアライバル~♪ 趣味はぶっちぎって逃げること~♪ そらそらこんなふうに~♪」
重力感なく壁に垂直に立つイチルは、腰に装着した道具入れから畳まれた紙を出すと、魔力を込め元の形へと復元させた。
ソフトボール大に膨らんだ玉状のアイテムを手にしたイチルは、ポイとドラゴンの進行方向へ投げ捨てた。
「ここは深い深~い海の底。崖っぷちしか知らない君に、しばしの間、海の底を体験していただきましょう」
スピードを上げ二つの口を大きく開けて迫るドラゴンの目前で、投げたアイテムがボンッと爆ぜた。
怪しげな水色の煙が辺りを包み、煙に突っ込んだドラゴンの身体がモヤに覆われて消えていく。
「なんだ、あの煙。貴様一体何をした?!」
「すこ~し煙の中でモガモガしてもらってるだけ。この隙に進むぞ、グズグズすんな」
ドラゴンの声は聞こえてくるものの、一向に煙の中から姿を現さない異常さに眉をひそめたムザイは、イチルに煽られるまま仕方なく崖を下り始めた。しかし我慢できず、欠伸しながら垂直に歩くイチルに横付けするなり、激しく詰め寄った。
「何がどうなっているのかさっぱりわからん、ちゃんと説明しろ!」
「あぁアレ? 水没玉。簡単に言うと、幻惑性のある魔法の成分をぎゅっと押し込めた煙で、海中を疑似体験できる魔道具だな。もちろん俺の特製品だぞ」
軽く自慢を終え大きく両手を広げたイチルは、ムザイによって消された魔封じの結界を改めて張り直した。瓦礫深淵までの道すがら程度ならば、それだけでモンスターに見つかる可能性はほぼ0だった。
コイツに常識はないのかという半ば呆れ気味なムザイをそのままに、ポケットからモニターを取り出したイチルは、映し出される《怪しいキノコの形をしたバカ》を眺めてクククと笑った。
「チビ二人のお次は、怪しいキノコ男か。滝壺のダンジョンでまともに魔力が制御できない中、どう力を発揮するかな。追い込まれなきゃ力を発揮できんおバカな冒険者さん♪」
怪しげな小箱を眺め不敵に笑うイチルを見つめ、ムザイはドン引きしながら青褪めていた。
間抜け面をしていられるのもここまでだぞと心の中で呟いたイチルは、モニターをしまい、ヨシと腰を二度叩いた。